万葉集の作歌年代と歌風

　集中の歌で作歌年代の記された最も古いものは、仁徳天皇（四世紀）の磐姫皇后の作と伝えられる歌です。更に雄略天皇・聖徳太子など推古朝（５９３～６２８年）以前の歌も少数収められていますが、これらは作者についての疑問点も多くあります。それで文学史的には、舒明天皇（冶世６２９～６４１年）から奈良時代中期、天平宝字３年（７５９年）ころまでの約１３０年間を万葉時代とみるのが適当です。欽明天皇以前の伝誦された歌は記紀歌謡と同じ段階に扱って、『万葉集』の萌芽時代とみるのがよいでしょう。さて相当の長期にわたり複雑な展開を遂げてきた万葉時代は、作品や歌風の背景となる政治的・社会的情勢や有力歌人の活動時期などを考慮し、通常四期に分けて展開成長をたどることにしています。まず奈良還都の和銅３年（７１０年）を境に、前期・後記に分けています前期は壬申の乱（６７２年）までを第１期、それ以後を第２期とします。後期は聖武天皇の天平５年（７３３年）までが第３期、以後を第４期に扱っています。天平５年を区切りとしたのは、山上憶良がこの年に死去、大伴旅人もその前々年に亡くなり、一つの時期が終わったとみられるからです。
　第１期（欽明天皇の治世からから壬申の乱までの約４０年）
　大化の改新（６４５年）を経て皇室を中心とする中央集権国家の建設事業が強力に推進されていた時期です。中大兄皇子、後の天智天皇が指導する中で海外ともかかわりが深く、開明的風潮ではありましたが、旧文化の伝統との摩擦も生じますた。このように揺れ動く時代でしたが、建設を目指して希望の輝く、いわば黎明の時でありました。和歌の展開の上でも、上代歌謡の性格を抜け出て、創作的な和歌が生まれました。歌謡の影響をかなり残してはいますが、歌謡のように大まかでなく、緊密で集中的な表現をそなえ、個性味を加いています。初期万葉と呼ばれるこの時期の歌には、清らかで豊かな、そして力強い調べの中にみずみずしい香気があふれる古代的な美しさが感じ取れます。新しい開化の雰囲気をそなえながら、野性的な生命力やおおらかさを強く残しています。この期の主な歌人には、欽明天皇・天智天皇・中皇命・倭大后・有間皇子・額田王らが挙げられますが、中でも額田王は初期万葉を代表するすぐれた女流歌人です。このように第１期では、質量ともに皇室歌人がぬきんでた活躍を示していますが、それは創造的な時代の空気や時代の文化をになう皇族たちの意気を反映したものと言えます。　　つづく