かながわ いーとこ

神奈川県にはいろいろな景色があり、魅力に溢れています。ぶらぶら散策して見た風景・いいところを少しずつ紹介します。

関東ふれあいの道 神奈川県コース9「弘法大師と桜のみち」その3・新善波トンネルから坪ノ内バス停まで

2014年09月16日 | 神奈川のいいところ
関東ふれあいの道 神奈川県コース9「弘法大師と桜のみち」の紹介です。
関東ふれあいの道 神奈川県コースについては、神奈川県のホームページをご覧ください。

長い道のりですので、3回に分けて紹介します。
今回は3回目です。
その1の様子はこちらをご覧ください。
その2の様子はこちらをご覧ください。

今回は、新善波トンネルからを紹介します。

新善波トンネルを抜け、すぐに右に曲がる道があります。
その先にホテルがたくさんある道ですが、指導標識が見当たりません。
しかたなく、直進。

歩道の横には柵があり、道らしきものはしばらくありませんでした。
400メートルほど先に、右側に下る道がありましたが、指導標識が見当たりません。

ただ、矢倉沢往還の看板があったので、右折して下って行きます。

くねくね下った先に、やはり、矢倉沢往還の看板。

その先に、木の看板が見えたので、近寄ってみると、関東ふれあいの道の指導標識でした。

後ろに見える道が、246号線から下ってきた道です。
上の街頭が246号線のものです。

本来のルートは、こんな感じでした。

指導標識の指し示す方角を振り返ってみています。

迷子になるところでした。
実は少しウロウロ探してしまいました。
※実際のルートは、ホテルたくさん見える道から、100メートルほど伊勢原寄りの、
ガードレールが少し切れるところにある、草が茂った細い道を下って行くようです。
ストリートビューでも確認できます。

ともあれ、矢倉沢往還に取り付きましたので、吾妻山方面に進みます。

とても雰囲気の良い散歩道です。

矢倉沢往還は、奈良時代に開かれ、東海道ができるまでは、官道の役割を担っていたようです。
江戸時代は、東海道の裏街道として利用され、大山街道とも呼ばれたようです。
矢倉沢往還といえば、以前に訪問した大井町の篠窪にある富士見塚もそのルートに入っています。
人に出会いませんので、今は農道として利用されているようです。


途中に、夜泣石がありました。

昔旅人がこの付近で人知れず倒れており、以来夜になると助けを求める声がが聞こえてくるとか。

しばらくのどかな道を進むと、やがて、吾妻山への分岐となります。

右が来た道で、左の登りが吾妻山方面。

登って行きます。


急な1本道です。


道端には、ツユクサが咲いています。


10分ほどで尾根道に出ます。


ここからは、尾根道でなだらかです。


5分ほどで吾妻山山頂に到着。

(※二宮町にある吾妻山とは別の山です。)
山頂には吾妻神社の石碑があります。


吾妻山の名前の由来は、日本武尊が走水(横須賀)から房総に渡る際に海が荒れていたため、
妻・弟橘比売(媛)(おとたちばなひめ)が海に身を投じて静まった。
日本武尊がこの地から三浦半島を眺め、「あずま・はや」と読んだことから名づけられたという
言い伝えがあるようです。
(※二宮町にある吾妻山も、日本武尊と妻・弟橘比売の言い伝えからきているようです。)

木々の間から、市街地が見えます。

黄色い大きな屋根が、東海大学のようです。

ここからは、東に向かって下って行きます。


鶴巻温泉方面との分岐です。

直進します。

すぐに団地の裏手に出ます。


住宅街の中をあるき、堀ノ内バス停に到着。

国道246号線に面してなく、少し入ったところにあります。

関東ふれあいの道の看板は、その先の国道246号線を渡ったところ、
道に面してありました。


ここで、関東ふれあいの道 神奈川県コース9「弘法大師と桜のみち」は終点です。
すぐ近くにあった三宅坂まで59Kmの看板。



ここから鶴巻温泉まで約2Kmを歩いて移動しました。