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ホイッスルバード あいざわぶん

社会のあらゆる事象にホイッスルを吹く

泉房雄君の国会復帰

2025-03-22 17:07:07 | 日記
先ず、TBSニュース記事から気になったことを話題とする。

15歳~39歳の人たち約4.000名に訊いたところ52%の
人が「子供を育てたくない」と回答したそうな。
理由は年収額及びワークバランスだそうで、年収299万円
以下の人たちとなると60%が「子供を育てたくない」と回答
したそうな。

じゃあ、私の計算(時給1.500円なら夫婦で年収600万円
だから出生数は少し増える筈)は完全に間違えで、現在の
70万人の出生数すら覚束なくなりそうだ。
「ああ、そうですか、私の単純過ぎる計算方法が間違って
ました」と先ずは謝って、暗~い未来を嗤うことにする。
どうやら若者は年収が500万円無いと不安らしい。
ということは、結婚からして難しいだろうね。

ところで、「子育て」とは、子供が産まれてからの話でしょ。
子供が産まれるには、基本的に吾が国では結婚が前提に
なるのだが、どうして質問が「子育てしたいか」なのだろう。
最近、質問事態がなんか変なんだよね。
訊かれた方だって「あなたは子育てしたいですか」と唐突に
言われたって面食らうのではなかろうか。
先ずは「結婚したいですか」から始まるべきだろうに。
日本大学の教授らが調べたのだから、質問の質からして
間抜け臭い、と私は結論する。

さて、(オッ!)と思ったニュースも飛び込んできた。
元衆議院議員で元明石市長の泉房穂君が夏の参院選で
兵庫選挙区から無所属で出馬するようだ。
立憲民主と国民民主から推薦の話が出ているようだから、
名乗りを挙げた時点で当確が打てる候補者である。

昨年5月18日の千葉駅切符売り場で、切符を買って振り
向いたら、真後ろに口を開けて地図を見上げていたのが
泉房穂君だった。(やっぱりピンクのシャツでした)
私の思考も彼と同じなので、立候補を喜んでいる。
それで兵庫県が少しでも良い方向に変化できたらいいの
になぁ、と他県民の私だって期待するのである。


1等米の適正価格

2025-03-21 16:54:21 | 日記
今朝、目覚めたら、既に8時を過ぎていた(笑)
深夜2時まで全国高校柔道・個人戦を観ていたからだ。
観たいと思ったら観るのを優先するので、予定をしていた
一泊二日の小旅はあっさりやめることにした。

では、本日の話題を・・・。

YAHOOニュースで「米の適正価格は幾らか」という文章を
読んだ。

三菱総合研究所・研究理事の稲垣公雄君を専門家として、
米5キロの適正価格を判断してもらう企画のようである。
とても興味深いので目を通したのだが、(はっ???不親切で
全く解らないんだけど・・・)と憮然とした。

稲垣君の結論は、米5キロの価格を3.300円とした。
その理由の大方は、「パン価格との兼ね合い」だった。
米がパンよりも高過ぎると米離れが起きるから3.300円が
上限だろう、と判断したようである。

でも、3.300円にすると現在と同じで、パンの方が安いの
だから、米離れは起きてしまうのではなかろうか。
それほどに家計が切実な家が少なくないのである。
変な話をすれば、米を3.300円にしたいなら、パンを高く
売らなきゃならないみたいな・・・。笑えるでしょ。

私は昨年12月、あきたこまち1等米の玄米10キロを秋田
県で生産・販売をしている会社から購入した。
正確に書くと、送料・税込で6.480円だった。
あれだけ高値になっていた時期でも、5キロなら3.240円。
でも、米文化を守りたい私の感覚でも高いと思うよ。
だから、次に買う場合は税込み上限6.000円で買いたいと
当ブログで書いたばかりである。
だもの、少し値上げしただけでヒステリックになる日本人が
多いのだから、5キロ3.300円なんて確実に拒否される。

もう一つ、大事なことを指摘したい。
5キロ3.300円の米の等級に何故一言も触れてないのか。
そして、税込みなのか税抜きなのかも触れてない。
専門家のくせに・・・と私は思うし、訊く方も訊く方だと思う。
つまり、お金に困らず、米も洗わない連中の戯言だと私は
嗤うのである。

今秋に収穫する米も安くはならないのは周知の事実。
問題は、来秋に収穫される1等米の販売価格である。
既に高騰していた12月に10キロ6.480円だったのだから、
私は6.000円以下を予想し、希望し、それを買いたい。
でも、世の中には「別に1等米じゃなくてもいい。贅沢は言わ
ないから安い米もあったらいいのに」と言う人も確実に居るの
であり、日本はもう、そこまで落ちぶれているのである。
それを外国産米ではなく国産米にせよ、と私は言いたい。
それこそが国民と農民と主食を守ることではなかろうか。


道後の春便り

2025-03-20 17:00:11 | 日記
ボブ・ディランが田舎からニューヨークに出てきて世界的に
知られるまでの伝記的映画が昨日まで上映されていた。
予告を観て、ディランを演じた青年の歌い方や話し方まで
そっくりな演技に感心したのだが、ディラン(82歳)は
現役なのだから、映画を観る気にはなれなかった。
65歳以上の私は安く観られるのですが・・・。

松山市は先週の月曜から春本番を迎えている。
散歩に出掛ける度に季節の移ろいが日捲りカレンダーの
ように目に飛び込んでくるのが新鮮で楽しい。
まぁ、そういう齢になったということなのだろう。

そういう陽気なので、昨日はカメラを持って出掛けた。
先ずは近所に一本だけある桜桃(おうとう)の木。
13年間、毎年観察しているので、今では自分の木のような
存在になっている。6月になれば見事な実もつけるのだが、
いくらなんでも取って食べるわけにはいかない(笑)
その桜桃の花が、満開と言っていい。(写真1・写真2)
メジロの番(つがい)が蜜を吸いに来ていたので、今年も
沢山の実をつけること間違いないね。





他に赤十字病院の河津桜や寒緋桜も満開だが、人通りが
多いとカメラを出すのが億劫になり、撮影はしない。
吾が家の隣りのマンションには既に花の盛りのミモザがあり、
こちらは撮影したいのだが自転車置き場の屋根が確実に
写真内に入るので諦めざるを得なかった。写真を撮ろうと
思うまで、私の脳には、あの自転車置き場の屋根は無いに
等しかったのだから、全く不思議である。

道後公園は、「松山城」の他にもう一つある城「湯築城」の
跡地。市民の憩いの場になっていて、子供たちが元気に
遊び回れる場所でもある。正岡子規記念館がある場所と
言えば、更にランクが上がるだろう。

で、このようなシャッターチャンスに恵まれた。(写真3)
北海道で見られる枝に連なった小鳥「シマエナガ」を連想
したので、可愛さ10倍になった。
「こう置こう」と提案した園児たちの先生に、座布団10枚!


【お知らせ】
もしかしたら、明日は出掛けるかもしれません。
もしも出掛けたら、一泊二日になる予定です。
なので明日・明後日(金・土)はブロクは休む予定です。
出掛けなければ、いつものように午後5時頃に更新します。


農業政策に興味を持とう その2

2025-03-19 17:06:17 | 日記
終戦後(昭和20年秋)の農地解放政策で、地主の農地が
小作人にただ同然の金額で分け与えられた。
「水飲み百姓」という言葉があるように、小作人のままでは
暮らしが大変だったから、「農地解放は良い政策」として
学校でも教えられた。(現在の教育内容は知らない)

しかし、農地解放には極めて政治的な策略も秘められていた
ことも、私たちは知っておく必要があろう。ちょっとだけ
横道に逸れて、先ずは、その点に就いて書いてみよう。

小作人の子だって頭のいい子は沢山居るのである。
そういう子たちが理不尽な小作農生活に不満を持つのも
当然で、共産主義者に走る傾向が強くなる。
それをGHQ(米国進駐軍)は絶対に阻止したい。
だから日本国民の共産化を阻止するため農地解放政策を
GHQも促進したのである。
そういう裏事情まで学校では教えてくれないから、自分で
勉強しなければ一生知らぬままで死ぬことになる。
頭が良かったわけでもない私でも、社会の授業でソビエト
連邦の「ソフォーズ・コルフォーズ政策」を習った際には、
(日本もそうなったらいいのになぁ)と本気で思ったからね。
 ・・・ はい、これで回り道はお仕舞い ・・・

私は30歳を過ぎた頃から吾が国の農政に対して不信感を
抱くようになった。
中学で習った農家の味方である筈の農協(現在のJA)は、
本当に農家の味方なのだろうか、と思うようになったのだ。
味方どころか、(農家をがんじがらめにしているのでは)と
疑い、飼い馴らされてしまっている農民側にも反感を持つ
ようになった。(おかしいと気付けよ)と思ったのだ。

失業した48歳の時から、中学校の後輩(米農家)から米を
買うようになった。で、不思議に思っていた農政に就いて
色々と質問をするようになり、とても勉強になった。
数々のやりとりから、ちょっと例を挙げてみよう。

私 「コンバインとか田植え機とか、農機は高いんだろ」
彼 「コンバインなんか800万円もした 笑」
私 「一・二日しか使わないから農協が貸せばいいのに」
彼 「う~ん、・・・、結局、、、欲しくなるのよね~」
私 「農協の策略だな。一家に一台じゃ~、コスパがね」
私 「農薬なんかは全部農協から買うの?」
彼 「いや、農協は高いから、ホームセンターで買う 」

ああ、私はやっぱり、「農協は要らない」と思っているから、
そっちの方に話が行くので、ここで軌道修正を・・・。

地主から小作人に田圃を分けたので田圃は細かくなった。
一人の米農家が、「休耕田で私が作ります」と頑張っても、
あっちの田圃こっちの田圃ではコスパもタイパも悪過ぎる。
つまり、戦後の農地解放が今となっては裏目になっている。
それを解決するのが政治なのだが、期待できそうにない。
JAが巨大過ぎて、どうにか出来るものではないからだ。

で、結局、「だからお米を食べましょう」という結論になる。
米価安定のためにも、食料自給率のためにも。
そして私の一番の関心事は、「研究を重ね、野菜を工場で
作ってね」ということ。その意味、わかりますよね。


農業政策に興味を持とう その1

2025-03-18 17:11:10 | 日記
爪が汚れるから土いじりが嫌いな私。
蛙が天敵なので、刈り取った後の乾いた田圃にしか入った
ことがない私。それも60年ぐらい昔のことである。
食欲まで失くすので、蛙の鳴き声が聞こえる民宿になんか
絶対に泊りたくない(汗)

だが農政に興味がないわけではなく、むしろ世間の人たち
よりも関心が強かったのではないか、と思っている。
おそらく、中学校社会科の先生たちの話(教え方)が上手
だったからでは、と思っている。それは政治に関心が強い
点に就いても言えることだろう。

では、本日もお米の話を。

日本の米を語る時、どうしても太平洋戦争直後の農政から
話を始める必要がある。
なので簡単に、時系列で農業政策の大変革を書こう。
それを読んで頂ければ、現在の吾が国の農政に何が必要
なのか、又、何が不必要なのか、が浮かび上がるだろう。

昭和20年 
10月・農林大臣が「農地制度の基本は自作農をたくさん
作ること」と発言。GHQ(注1)は、農地改革案に「異議な
し」と回答。12月・GHQは「農民を奴隷化してきた経済的
桎梏(注2・しっこく)を打破する」と指示。

昭和22年 
3月・193万町歩の農地が、237万人の地主から国に
買われ、475万人の小作人にただ同然の金額で売られた。

昭和25年 
7月・農地売買が完了。その結果、戦前日本の農村を特徴
づけていた「地主・小作人体制」体制は完全崩壊し、日本
の農村は自作農が殆どとなった。
(注1・進駐軍の略 最高司令官はマッカーサー)
(注2・しっこく 手かせ足かせのこと。がんじがらめ。)

上記の農政改革に就いては、中学生の私も素晴らしいと
思ったのだった。
ところが、それから15年ぐらい経過して「米価」の問題が
出てくるようになると、様々な問題が私の頭の中にも去来
するようになる。

一番大きな問題は「JA」、つまり農業協同組合の存在だ。
農家の味方「農協」が、いつのまにか「農家の桎梏的存在」
になっているのではないか、と思えてきたのだ。 
実際、農家の農協離れは顕著であり、厄介な問題である。
厄介なのは、政治家(農政族)は農協とお友達だからだ。

その問題は今回は棚上げし、私が頭に浮かんだ米農家が
抱えている問題に就いて書くことにする。

米農家が米で食べるには、たくさん作って高く売ること。
ところが、戦後の農地解放で、田圃は細切れになった。
だから品種改良で生産量は多くなっても、米だけで一家を
養うのは無理がある。だから、農家は「三チャン農業」が
多くなった。「爺ちゃん・婆ちゃん・母ちゃん」が農作業
をし、父ちゃんは外に働きに行く。だから「三ちゃん農業」。
それで暮らしが成り立つようになったのである。
でも、それでも、「食えない農業のまま」に変りはない。
小作人から解放はされたけど、食えなくては駄目でしょ。

あっ、長くなりそうなので、続きは明日にしましょ。