空飛ぶ!気まぐれ雑記帳

The Flying Capricious Notebook
気分次第で 気ままに書き込むつもりの『雑記帳』です。

2005(H17)/08/31(水)の放送

2005-08-31 22:42:14 | 落語 演芸/放送後記
ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/31(水) 12:10-12:35
横山やすし・西川きよし 漫才「自動車教習所」  1980(S55)/11/ 収録 とのこと(詳細アナウンスなし)
横山やすし・西川きよし 漫才「タクシー」  京都花月 での収録 とのこと(詳細アナウンスなし)
席亭:玉置宏 ゲスト:澤田隆治(メディア・プロデューサー)


「残しておきたい上方情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
さて本年度も 毎週水曜日は寄席のお彩りには欠く事のできない「漫才」をお送り致します
そして「お笑い番組のオーソリティー」 メディア・プロデューサーの澤田隆治さんと御一緒に進めてまいります

◆席亭・ゲスト 解説(前半 演目放送前)
玉置:よろしくお願い致します
澤田:こちらこそ よろしくお願い致します
玉置:え~ 「新年お初の漫才」と こう云う事になります
澤田:もう~あの~正月になるとね 僕はいつも その やすし・きよしさんの事を思い出すんですけどね
玉置:うん
澤田:と云うのは 大相撲の初場所があって....
玉置:はい
澤田:で 平成8年(1996)の初場所の千秋楽の日に 横山やすしさんが亡くなったんですね
玉置:あっ そ~でしたかぁ~
澤田:ええ ええ 日曜日のちょうど深夜でしたけどねぇ
玉置:ああ~
澤田:ええ その通知があってね 「ああ~」って思って 次の日から大騒ぎになって
玉置:なるほど~
澤田:ええ スポーツ誌の一面に「ド~ン」と出て
玉置:はい
澤田:それが まぁ きっかけで ある種「横山やすしを思い出した」っていうか そういう事で
   やすし・きよしの漫才っていうのを また見直してまぁ 20世紀の 漫才の「ある種の頂点」
玉置:はい
澤田:何人もいますけどね 名人は だけど皆の記憶にある所は やっぱり やすし・きよし
玉置:そしてまた 「素材」があった と云う事もございましょうね?
澤田:そ~ですねぇ
玉置:こ~んなに「追悼番組」を沢山やってもらった漫才さんはいませんわね
澤田:ちょっと無いでしょうねぇ~
玉置:例が無いですね
澤田:ええ それは それだけ まず「沢山良い漫才をしてた」って云う事にも依るでしょうけど
   そこはねぇ あの~ まぁ「やすさん」ついては非常に あの~「ラッキー」まぁまぁ 色んな不運は
   ありましたけども 最後にラッキーな あの~運命を まぁ持った という漫才だったんでしょうねぇ
玉置:なるほど 従って 21世紀 最初の漫才は「やっさん・きよしさん」と こういう事になる訳ですね?
澤田:そう もうぜひ 聞いて頂きたいと思うんですけどもねぇ
玉置:はい
澤田:あの~ まぁ 二人 考えるとですねぇ 非常に あの~ 順調なコンビ運でスタートしたんですねぇ
   もう コンビ組んで1年ちょっとで あの 「上方漫才大賞」の新人賞に選ばれたという事がありましてねぇ
玉置:ほぉ~
澤田:まぁ その頃 ライバルいっぱいいたんですけどねぇ だけど その「若さ」「スピード」「テンポ」
   まっ そういう物で 横山やすしさんが リードした漫才だったんですけどね
玉置:なるほど
澤田:その頃のテープは無いんですよ 実は 無いんですけども あの 昭和55年(1980)の11月にね
   あの 芸術祭に参加して その時 優秀賞を貰った その時の高座でね あの~「アンコール」って云うのを
   まぁ やったんですね お客さんが「アンコール」っていう事があってねぇ
玉置:はぁ~~ もう一度 聞きたいよ 見たいよ って
澤田:で「何やろうか?」っていう時に「デビューの時のネタやろうか? 思い出しながらでもやろうか?」って
   やったのがありますんでね
玉置:ほぉ~
澤田:「あっ デビューの時は こういう漫才だったんだ?」ってのが それで分かりますので
玉置:ああ そうですか
澤田:それを まず聞いて貰おうかと
玉置:題名は?
澤田:「自動車教習所」
玉置:はい
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭・ゲスト 解説(前半 演目放送後)
澤田:やっぱり あの~なんて云うかスピードねっ
玉置:う~ん
澤田:スピードがもう 信条だったですねぇ それと 横山やすしさんがネタを運んでるっていうのが
   良く分かりますよねぇ
玉置:そうですね それと きよしさんが こう「ハンドルを持ってるポーズ」が浮かんできますねっ
澤田:ええ ええ それで~ こういう まぁ状態の漫才をずっとやりながらですね 3年後には その
   いよいよ「漫才大賞」を取ってしまう
玉置:ほぉ~
澤田:それ迄にね 取ってた人ってのは 「かしまし娘」「お浜・小浜」「ダイマル・ラケット」
   「いとし・こいし」この...
玉置:ほぉ~ すると大変なキャリアの方ばっかり
澤田:その次に貰った訳ですからねぇ
玉置:はぁ~
澤田:いかに本人達がねぇ 嬉しかったか....
玉置:そうですねぇ
澤田:と云うのが ありますねぇ もう その後仕事もドンドンドンドン増えますしねぇ
玉置:うん
澤田:そしたら その年の暮れに 横山やすしさんがタクシーの運転手さんとトラブルになる
玉置:あぁ~
澤田:もう放送も 舞台はもちろんの事 放送も無期限 出演停止 って云う事になりましたんでねぇ
玉置:う~ん
澤田:これ まぁ~ 二人はどん底に落ちる訳ですよ
玉置:う~ん
澤田:で あの 西川きよしさんの方は まぁ 真面目そのものでしたからねぇ みんな「可哀相だ」って
玉置:伝わって来ますねっ
澤田:「可哀相だ」って云うんで 一人だけ仕事が残った まぁ やすしさんは まぁ 謹慎中
玉置:いわゆる「司会者」って形でなさいましたね
澤田:ええ だから色んな人とコンビ組んで 司会をやっている内にですね やっぱり鍛えられますよねぇ
玉置:う~ん
澤田:やすしさんと一緒に ねぇ 出てるのと
玉置:はい
澤田:全く一人で出るのと 違いますからねぇ
玉置:違いますねぇ~
澤田:風当たりも きつかったろうし それから 本番の中で やっぱり自分が一生懸命頑張るっていう事に
   なってましたからねぇ
玉置:漫才さんが 一人になって漫談風になさると ネタは3倍いる って言いますね えへへへ(笑)
澤田:そうですね だから漫談だったら漫談で 覚悟決めて行くんでしょうから 良いんですけどね
   この場合は そうじゃなくて
玉置:そうじゃない
澤田:「謹慎してる間 待ってる」っていう立場取ったもんですから
玉置:う~んうん
澤田:でも 一生懸命やつてるうちにですね カムバックして舞台で初めて あの~漫才をする事を許された
   その その時にねぇ 僕はたまたま行って見てたんですけども
玉置:はい
澤田:う~ 漫才が変わったんですね
玉置:変わった? ほぉほぉ
澤田:つまり 西川きよしさんが どっちかと云えばリードを出来る...
玉置:はぁ~~ なるほど~
澤田:で やすさんの軽妙さが 今度逆に浮き立ってきた ってところで
玉置:う~~ん 良い結果がで出た訳ですね?
澤田:どっちもが どうでも出来る様な漫才になった
玉置:はぁ~~
澤田:これはねぇ その 良くまぁ「厄を転じて....」って云いますけどね...
玉置:はいはい
澤田:この二人の場合は あの事件が無かったら こんな漫才にならなかったと思いますね
玉置:とても良く分かりますね じゃぁ もう一席
澤田:はい ぜひ あの「タクシー」を話題にしたと云うネタがありますから
玉置:うひっひっひっ(笑)
澤田:では まいりましょう はい
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭・ゲスト 解説(後半 演目放送後)
澤田:まぁ こういうスタイルの漫才をね ず~っと続けて行くんですけどね
玉置:うん
澤田:まぁ だから そのまま もう 漫才界のトップスターとしてね 人気のある 実力も人気もある
   リーダーになって行く訳ですけども
玉置:うん
澤田:その まぁ やすさんの場合は 要するに「漫才について俺は天才だ」と
玉置:うん
澤田:自分も思ってるし 人も認める あの~ 客観性も持ってますしね「漫才に関してだけは」
玉置:はい うへっへっへっへ(笑)
澤田:きよしさんの方は まぁ「努力の人」っていうかね 積み重ね? まぁ 選挙のスローガンに
   「コツコツと」っていう様に ほんとに「積み重ねの人」なんですよ
玉置:うん
澤田:だから だんだん だんだん こう 亀裂が生じてきますよねぇ
玉置:うん
澤田:で 遂に その色んな まぁ あの~事件がまた 色んな形で出て来るもんですから
玉置:うん
澤田:それでもう その度事に コンビ 相方ですから コンビで相方だから やっぱり自分にも影響がある
   訳ですねぇ
玉置:そう~ですよぉ
澤田:それを人一倍考える きよしさんは到頭ね もう 覚悟をして で もう参議院に出馬する という事に
   なる訳ですよ
玉置:う~ん
澤田:それを機会に もう二人の漫才コンビとしては もう 終わっちゃう訳ですね
玉置:ああ そうですか
澤田:つまり道が違ってきた まぁそれからも何回かやりますけどねぇ
玉置:ええ
澤田:だけど その時のスタイルってのは また また変わっちゃうんです
玉置:そうでしょうねぇ~
澤田:ええ そういうもんですね 芸ってのは面白いもんでね あの~ ずーっと子供の時から見てた
   あの~二人の漫才ですから
玉置:うん
澤田:そうして見ると まっ そんな事って 滅多にありませんよねぇ
玉置:ありませんねぇ
澤田:だけど そういえば はっきり やすし・きよしの漫才の場合は分かる ええ まぁ しかし20世紀の
   やっぱり最後を飾る 素晴らしい漫才師コンビだったと思いますねぇ
玉置:そうでしたね
   本年も水曜日 澤田さん宜しくお願い致します
澤田:こちらこそ宜しくお願い致します

お相手は 席亭のわたくし玉置宏でございました
本日も「ラジオ名人寄席」への御来場 誠に有り難う存じました


*2001(H13)/01/10 2004(H16)/09/01再放送


*「漫才の水曜日」の解説は 玉置宏と澤田隆治の掛合いの為 「文字起こし」が難しい
今回は暫定的に公開しました

2005(H17)/08/30(火)の放送

2005-08-30 23:59:59 | 落語 演芸/放送後記
演芸特選/NHK-FM(NHKラジオ第1)(「ラジオ深夜便」内)
2005(H17)/08/30(火) 01:05-02:00
五代目 一龍斎貞丈 講談「亀甲縞大売出し」  (音源データ アナウンスなし)
四代目 邑井貞吉 講談「孝女秋色」(コウジョシュウシキ)  (音源データ アナウンスなし)
司会:遠藤ふき子

*次回「演芸特選/NHK-FM(NHKラジオ第1)」は 09/06(火)深夜
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ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/30(火) 12:10-12:35
五代目 春風亭柳朝 「井戸の茶碗」(2)  1978(S53)/03/05 東京 池袋演芸場 収録 とのこと
席亭:玉置宏

「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(演目放送前)
今席は前回に引き続きまして 五代目春風亭柳朝さんの「井戸の茶碗」 今日は その2 でございます
麻布に住まい致します 屑屋の清兵衛さん 人呼んで「正直 清兵衛」
この人が西応寺前の裏長屋で 身なりは大変に粗末でございますが とても器量の良い 18~9の娘さんに
呼び込まれます
この娘の父親 「千代田卜斎(ちよだ ぼくさい)」という浪人 余程暮らし向きに困っていたんでございましょう
家に伝わる仏像を「二百文で買ってくれ」という事になります しかし清兵衛さん「私は紙屑しか扱わない」と
一旦は断わるんでございますが たってと頼まれました そこで「儲けが出たら 半々」という約束で この仏像を
預かって帰ります
白金の細川屋敷のお窓下を通り掛かりますと 声が掛かりました
高木作左衛門 という若い武士 この仏像をなんと三百文で買ってくれました
買い取った 高木作左衛門が ぬるま湯で仏像を磨きに掛かっている所から 「井戸の茶碗」 2回目でございます
五代目春風亭柳朝さん「井戸の茶碗」 その2 です
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◆席亭解説(演目放送後)
昭和53年(1978)3月5日の池袋演芸場の高座から 2回に別けてお送りした 五代目春風亭柳朝さんの
「井戸の茶碗」でございました
江戸の昔 「紙」というのは 相当高価な物であった様です
え~ 一般が使っておりましたのは「浅草紙」という あのう 灰色掛かった「再生紙」でございますね
今で言いますと その再生紙の原料を買い集める為に 大きな鉄砲ザルを担いだ 屑屋さんが頻繁に町を歩いて
おりました 定期的にお得意さんを回りまして 屑を買い集めていた訳でございます
この柳朝さんが非常に丁寧に「井戸の茶碗」を演じておられました
え~ この柳朝さん 師承の彦六の正蔵さん この方が五代目の蝶花楼馬楽から八代目の林家正蔵を襲名致し
ました 昭和25年(1950)に もう色~々な仕事を転々とした後 噺家になる決心をして入門をしております
従いまして八代目正蔵さんの「総領弟子」と こういう事になりますね
前座の名前が 小照 「小さく てる」と云う字です で 前座に成ったんですが 一旦「廃業」致します
そして 昭和27年(1952)に再び 正蔵さんの元に入門しなおしまして 林家正太 昭和28年(1953)5月に
林家照蔵 で二つ目 で 昭和37年(1962)5月 五代目春風亭柳朝と改名して 真打になっております
まぁ 師承の正蔵さんに負けない「一本気な江戸っ子気質」と申しましょうか 一見 豪放に見えるんでございま
すが 「小粋に纏める洒落たセンスの持ち主」でございまして グングン人気を上げました
当時「四天王」と云われた一人でございます 「談志 圓楽 志ん朝 柳朝」
で 最高潮に芸が達した 「これからが楽しみですねぇ~」という頃に 糖尿病に取り憑かれます
で これが悪化致しまして闘病生活のまま 高座に復帰する事無く 平成3年(1991)2月7日 61歳で亡くなって
おります
柳朝さんのお弟子さんには 一朝さん 正朝さん 小朝さん 勢朝さんと まぁ~ それぞれのカラーで柳朝さん
の芸風は受け継がれております 特に今は小朝さんがグ~ンと飛び出した恰好で 柳朝一門をまとめております
これからが楽しみな若手も大勢「孫弟子」と云う恰好で それぞれの師承の元におります

今席は2度に渡りまして 五代目柳朝さんの「井戸の茶碗」をお楽しみ頂きました

お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした それでは次回をお楽しみに
本日も「ラジオ名人寄席」への 御来場誠に有り難う存じました


*2003(H15)/03/11 2004(H16)/08/31再放送
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*「真打ち競演/NHKラジオ第1」
関東地方は 衆議院議員総選挙の立候補者紹介の為 放送なし

他地域では 2005(H17)/05/31(火)の再放送 とのこと
漫才:すず風にゃん子・金魚
尺八漫談:はたのぼる
落語:三代目 三遊亭圓歌 「三道~鉄道・芸道・仏道」
2005(H17)/04/22(金) 沖縄県・宮古平良市 マティダ市民劇場 収録分

2005(H17)/08/29(月)の放送

2005-08-29 22:19:31 | 落語 演芸/放送後記
ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/29(月) 12:10-12:35
五代目 春風亭柳朝 「井戸の茶碗」(1)  1978(S53)/03/05 東京 池袋演芸場 収録 とのこと
席亭:玉置宏

「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(演目放送前)
今席は二度に別けまして 五代目春風亭柳朝さんの「井戸の茶碗」をお届け致します
この一席は「細川の茶碗屋敷」と云う 講釈を「人情噺」に仕立てた物でございます
え~ 出て参ります人物がそれぞれ個性的な好い人ばっかり オチもすっきりとした 大変気持ちの良いお噺で
ございます
貧乏のどん底に追い込まれ 場末の町の裏店で辛うじて暮している 老いて病気持ちの浪人
それに 正義感の強い若侍に 「超」の字を付けたいような 正直者の紙屑屋さん この3人が金銭に無益な
やり取りを致します
この辺りが このお噺の醍醐味でございます
それでは 昭和53年(1978)3月5日 東京 池袋演芸場で収録を致しました
五代目春風亭柳朝さんの「井戸の茶碗」 今日は その1 でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭解説(演目放送後)
お時間でございます 続きは次回に譲って頂きます
お侍とは申しましても「一戸建て」に住んでいるのは「重臣」だけでございまして 中級のお侍は「表長屋」に
下級のお侍は「屋敷内の長屋」で暮していたそうでございます
今の柳朝さんのお噺からいきますと 「高木作左衛門」という方は 若いんですが中級のお侍 こう見て
よろしいでございましょう
当時の大名屋敷 正門がございます で この正門の左右にかなり高い石垣がず~っと ございまして
で その石垣の前には溝があるんですね
で その石垣の上に長屋が建っていたんだそうでございます 平屋の長屋もありましたし 二階建ても
あったそうでございます
で~ 窓が往来に面した方には有るだけでして 出入口はお屋敷の中から という恰好でございます
ですから 門を通りませんと この表長屋に住んでいる方には 会う事ができなかった という形でございます
「棒手振り(ぼてふり)」から物を買ったりという場合ですと あの~「石返し」なんて云うお噺を
いつぞやお送り致しましたけれども
窓から こう ザルを吊り下げましてね で そこへお金を入れておいて 買いたい品物をそこへ入れて貰って
上から こう 吊り上げると こういう事だった様でございます
麻布の御屋敷と云いますと 細川越中守と細川山城守の下屋敷が在ったところで 大名屋敷には「上屋敷」
「中屋敷」「下屋敷」これがございました で お殿様は大抵「上屋敷」にお住いになっていた と 
云う事でございます
どうやら お噺の状況からいくと 高木作左衛門は中級のお侍 表長屋に暮していた と こういう事になります
「武士は喰わねど 高楊枝」 そう云う言葉が生きていた時代 これが 侍の本分とされていた訳でございますが
さぁ これから 仏像から なんと五十両のお金が出たところから 様々に展開して参ります 次回をお楽しみに
本日は「井戸の茶碗」柳朝さん 1回目でございました

お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした
本日も「ラジオ名人寄席」への 御来場誠に有り難う存じました


2003(H15)/03/10 2004(H16)/08/30再放送
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BSふれあいホール お楽しみ寄席/NHK-BS2
2005(H17)/08/29(月) 18:00-18:45
漫才:新山ひでや・やすこ 「お笑い海外旅行」
浪曲漫談:さがみ三太 「笑えば天国」  曲師:沢村豊子
落語:三代目 三遊亭小圓右 「豆屋」
2005(H17)/07/21 東京渋谷NHK みんなの広場ふれあいホール 収録
司会:土居裕子

プロフィール(演目前に司会者が紹介)
●新山ひでや・やすこ
以前コンビを組んでいた えつやさんが急病で倒れてしまいまして
11年前に 夫婦漫才「新山ひでや・やすこ」が誕生しました
毎日 寄席や演芸場で漫才を披露するお二人 今日は夫婦ならではの どんな漫才を見せてくれるのでしょうか?
それでは 新山ひでや・やすこさん どうぞ~

*演目後 短いインタビュー
やすこは 漫才をする迄は素人で専業主婦 漫才の経験はなし 40歳で初舞台
夫婦共稼ぎなので 家事を手伝って欲しい とのこと

●さがみ三太
16歳で浪曲の世界に入り 昨年 浪曲漫談家となり 浪曲の中に笑いを織り交ぜて
人情味のある ほのぼのさと 哀愁を誘う 舞台を日夜届けております
三味線を弾いているのは 沢村豊子さんです
それでは さがみ三太さん お願い致しま~す

*演目後「演芸ふれあい講座 この人に聞く」
浪曲~漫才~浪曲漫談  相模太郎の内弟子だったので 掃除洗濯は 今でも上手いよ とのこと
漫才をしていたが「晩年はお互いに 自由に生きようじゃないか のんびりやろうぜ」と云うことで
別れたとのこと
浪曲は 今で云う「ラップ」みたいなものだよ リズムで遊ぶって事だよ とのこと

●三代目 三遊亭小圓右
18歳で落語の世界に入門 真打昇進した年に 日本の豪華客船で落語を披露したのがきっかけとなり
その後 毎年の様に豪華客船の中で落語を披露してきました
これまで日本の主な客船に全て乗船したと云う 落語界きってのクルーズ通です
それでは三遊亭小圓右さん お願い致しま~す

*演目後 短いインタビュー
揺れたので 船に乗っている感じだった(番組収録中に地震があった模様)
会場の雰囲気も広さ 客層は今日と同じ感じ
船での落語は逃げる所が無いので 皆集まってくれるから 良かったですね(笑)

◎ふれあいメッセージ(出演者の1人にメッセージを書いて貰う)
「だんだん」 新山ひでや・やすこ 
*「だんだん」~になる と云う意味 とのこと
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浅草お茶の間寄席/千葉テレビ
2005(H17)/08/29(月) 19:00-19:55
三笑亭茶楽 「紙入れ」
二代目 古今亭寿輔 「名人への道」
三代目 三遊亭遊三 「お見立て」
収録日時? 浅草演芸ホール 収録

2005(H17)/08/28(日)の放送

2005-08-28 22:21:42 | 落語 演芸/放送後記
笑いがいちばん/NHK総合テレビ
2005(H17)/08/28(日) 13:05-13:35
漫才:飛石連休
コント:BOOMER
漫才:Wヤング
落語:古今亭菊之丞 「寄合酒」
漫才:青空球児・好児
収録日? 東京・渋谷NHK放送センター スタジオ 収録?
ナレーション:笠原留美 テーマ音楽:国本武春
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ラジオ名人寄席/NHKラジオ第1
2005(H17)/08/28(日) 19:20-19:58
五代目 桂文枝 「稽古屋」  (音源データ アナウンスなし)
六代目 笑福亭松鶴 「犬の目」  1974(S49)/09/14 収録 とのこと
席亭:玉置宏

「残しておきたい上方情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(前半 演目放送前)
今席は「上方落語」二席でお楽しみ頂きます
この「ラジオ名人寄席」に登場して頂くと云う事は「故人」にお成りになったと云う事に繋がってしまう訳で
ございます
え~ 今席は「初登場」 大変残念ながら「初登場」という事になりました 五代目桂文枝さんと
六代目笑福亭松鶴さん 落語二席でお楽しみ頂きます
「大阪落語」と「東京落語」 これが生まれましたのは 共に 江戸時代の元禄時代と云われております
しかし その発生の仕方は大分違っとおります
「江戸の落語」と申しますのは「洒落~た お話を聞かせる芸」でした で お客様も「文化人」あるいは
「通人」なんと云われる方が中心でございまして 初めっから「話を聞こう」と云う為に 集まって下すった
お客様と こういう事です
でぇ~ 「大阪落語の始まりは」と云いますと 「神社の境内なんかで 野天の芸」として始った訳ですねっ
通りすがりの人を引き止めて「とにかく聞いてもらわなぁ あかん」と その為に「お囃子」をジャンジャン
入れまして 大きな声を出して「見台」をバンバンバンバン叩きながら演じていた
「まずは 笑わさんと お客はどっかへ行ってしまいます」 こういう精神でお客様と取っ組んでいた訳で
ございます
「東西の芸風の違い」 これはその辺から すでにあったと云って よろしいかと思います
まぁ ちょっと大袈裟に云いますと 東京の落語は「粋を重んじて ストーリーを追う」 こういう傾向ですね
大阪は「まず 笑いありき」 こういう事でございました
東京のお客さんは大変辛抱強いんです 「最後迄 聞いてみよう」と こういうお客様が沢山いらっしゃいました
大阪のお客さんは「おもろなかったら 金返せ」と こう来る訳でございますねっ
「厳しいけれども 実に正直な分 有り難い」と云ってよろしいと思います
それだけに 大阪の芸人さんの方が「頑張らな あか~ん」と云う気持ちが表面に出て来るんではないか?
それが今日に至っている 私はそう理解をしております
では 初登場 これはまだ 文枝さんが三代目小文枝時代の音でございます
本当に短く(みじっかく)「稽古屋」を実に見事におやりになった 懐かしい音源でございます
では小文枝時代の「稽古屋」でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭解説(前半 演目放送後)
まずは 小文枝時代の五代目桂文枝さんの「稽古屋」でございました
これは 普通にやりますと22~3分は掛かる噺なんでござますが 何と11分半に 実に見事に凝縮して
らっしゃいます
「聞かせ所」「笑いをバチ~ッと取る所」これはちゃ~んと ちりばめてございました
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◆席亭解説(後半 演目放送前)
さぁ もう一席  六代目の笑福亭松鶴さんでございます
もう松鶴さんの高座は何度も御紹介して参りましたが まぁ~ 明治の頃 これはもう う~ん本当に 東京でも
大阪でも盛んな落語だった訳でございますが さぁ~ そういう最後の時代を引き継いで 今の若手に繋いで
くれた松鶴さん
昭和49年(1974)9月14日の収録でございます 「犬の目」でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭解説(後半 演目放送後)
六代目笑福亭松鶴さん 「犬の目」でございました
戦前は初代桂春團治という方が人気者でございました で 昭和10年(1935)に初代が亡くなってからの上方落語
二代目春團治 四代目米團治 そして五代目松鶴 こう云った方々が なんとか「落語の灯」を消さずに
奮闘してまいりました
ところが 戦後 昭和20年代の半ばに その方達も次々に亡くなっていきます
それで残ったのが 当時の若手で 後に「上方落語四天王」と云われる 桂米朝さん 六代目松鶴さん
三代目春團治さん そして 五代目の文枝さん と こう云う方々でございました
松鶴さん文枝さんは もう亡くなりました 米朝さん 三代目春團治さんは今 若手の育成に力を注いで
いらっしゃいます
次の世代が出て参りますのが 昭和40年代になってからでございます
その次の世代を担って行く中心であった枝雀さんも もういらっしゃらない と云う事で 今 それこそ
新しい寄席も 出来ると云う位 現在の上方落語協会が新しい出発をしてらっしゃるのに 私達も沢山の拍手を
送りたいと思っております

今日は 文枝さんの小文枝時代の「稽古屋」 そして 六代目松鶴さんの「犬の目」 上方落語二席でございました


お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした 御来場誠に有り難う存じました
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*未チェック
落語研究会/BS-i
2005(H17)/08/28(日) 00:00-01:30
橘家圓太郎 「五人廻し」
2003(H15)/09/25(木) 第423回 TBS落語研究会 東京・三宅坂 国立劇場小劇場 収録
出囃し:圓太郎囃子
柳家さん喬 「唐茄子屋政談」
2004(H16)/06/30(金) 第432回 TBS落語研究会 東京・三宅坂 国立劇場小劇場 収録
出囃し:鞍馬囃子

2005(H17)/08/27(土)の放送

2005-08-27 23:59:59 | 落語 演芸/放送後記
志の輔特選落語/文化放送(志の輔ラジオ「土曜がいい!」内)
2005(H17)/08/27(土) 12:05-12:30
五代目 古今亭志ん生  「お化け長屋」(リレー落語 後半)
1959(S34)/07/24放送 NHKラジオ「納涼演芸会」 とのこと
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日本の話芸/NHK教育テレビ
2005(H17)/08/27(土) 13:45-14:15
九代目 春風亭小柳枝 「崇徳院」
収録日? 東京・霞が関 イイノホール 収録

2005(H17)/08/26(金)の放送

2005-08-26 21:35:00 | 落語 演芸/放送後記
上方演芸ホール/NHK-BS2
2005(H17)/08/26(金) 16:45-18:00
音もの大集合!

タップ:J-CLICK
三味線漫才:姉様キングス
ギター漫才:平和ラッパ・梅乃ハッパ
女道楽:内海英華
ノコギリ演奏:サキタハヂメ「蘇州夜曲」(ピアノ伴奏と競演)
ロック浪曲:国本武春
ボーイズ:東京ボーイズ
歌謡漫才:横山ホットブラザーズ「リズムで楽しく」
クイズ:「ノコギリで遊ぼう」(ノコギリで何と言っているか?当てるクイズ 曲当てクイズ)
 クイズ出題者:サキタハヂメ アキラ(横山ホットブラザーズ)
 解答者:内海英華 桂あやめ 国本武春 堀越のり
音楽演奏:サキタハヂメ 横山ホットブラザーズ ノコギリオーケストラ
 「ベサメ・ムーチョ」「六甲おろし」「お前はあほか」
司会:石田靖 堀越のり
2005(H17)/05/20(金) NHK大阪ホール 収録


*姉様キングス=落語家の桂あやめ 林家染雀 が結成した三味線漫才のユニット
  林家染雀も顔を白く化粧して 女物の着物で三味線を奏でる
*「女道楽」とは? 「三味線漫談」の様なもの
*サキタハヂメ 「上方演芸ホール」のテーマ音楽「今夜はカレー」を演奏
  アメリカで開催のノコギリ演奏者の世界大会で2回 優勝した経歴の持ち主 とのこと
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上方演芸会/NHKラジオ第1
2005(H17)/08/26(金) 21:35-22:00
漫才:まるむし商店 「ロードサービス奮闘記」 【作】片山良文
漫才:Wヤング 「有名税は払いましょう」 【作】村上太
2005(H17)/07/01(金)高知県・室戸市保健福祉センター やすらぎ 収録
司会:井上善夫(元NHKアナウンサー)

*プロ野球中継 中日VS広島 ナゴヤドーム 放送延長の為 放送時間変更

2005(H17)/08/24(水)の放送

2005-08-24 20:41:16 | 落語 演芸/放送後記
ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/24(水) 12:10-12:35
京唄子・鳳啓助 漫才「怪談」  1969(S44)/08/10放送より とのこと (番組名 アナウンスなし)
京唄子・鳳啓助 漫才「ふたりの秋」  1970(S45)/09/27放送より とのこと (番組名 アナウンスなし)
席亭:玉置宏 ゲスト:澤田隆治(メディア・プロデューサー)


「残しておきたい上方情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 本日も御来場 誠にありがとう存じます
「ラジオ名人寄席」毎週水曜日は 寄席のお彩りに欠く事のできない「漫才」をお送りしております
「漫才の水曜日」は いつもの通り「お笑い番組のオーソリティー」 メディア・プロデューサーの
澤田隆治さんと御一緒に進めてまいります

◆席亭・ゲスト 解説(前半 演目放送前)
玉置:よろしくお願いします
澤田:こちらこそ よろしくお願いします
玉置:今日は 京唄子さん・鳳啓助さんで二席と こういう事ですが
澤田:あんまり あの~ 「漫才」やってませんのでねぇ
玉置:はい
澤田:え~ 中々 残ってるテープが少ないんですけども 今日はあの~ 映画監督の大貫正義さんが
   捜して頂きましてねぇ
   で~ 2本 あの~昭和44年(1969)と昭和45年(1970)....
玉置:ほぉ~
澤田:の 漫才なんですけども この44年と云うのは あの~ 司会でもう本当に長い 10何年 16年位
   やってましたかね?
   「おもろい夫婦」ってのがありまして
玉置:はい
澤田:それがスタートしたのが昭和44年(1969)の6月なんですよ ですから 45年になるとですね 
   その「おもろい夫婦」をやった為に...
玉置:うん
澤田:あの~ 「二人が夫婦でない」という状況 が 皆に知れ渡りますね
玉置:う~ん なるほど
澤田:我々は知ってましたけど....
玉置:ええ ええ ええ
澤田:一般には中々知られていなかった
玉置:「新聞に出たり」という事にもなりましたからねっ
澤田:「司会が当る」と どんどん週刊誌に出るじゃないですか? 「サイドネタ」として
玉置:はいはい
澤田:それで 皆が知ってるんで その影響がですね 昭和44年と45年で1年違うとね 物凄く その
   「ネタとして」入ってくる
玉置:はぁ はぁ~
澤田:そういう面白さ ありますね 「面白さ」ってたら おかしいんですけど 大阪では何とはなしに
   その「夫婦コンビ」で売り出して「離婚しても別れない」という事で そういうネタにして受けたのが
   まぁ最初の「蝶々・雄二」さんですね
玉置:はい
澤田:これ「夫婦善哉」でも告白して それでずっと続けて「夫婦でない」と云う事が判っても 漫才やって
   たし まぁ「蝶々・雄二」さんの場合は もう「漫才」やらなくなりましたけどもねぇ
玉置:そうですね う~ん
澤田:で「唄子・啓助」さんがあって その後に「敏江・玲児」さんが同じ様に 別れても続けて行くっていう
   パターンで で「大助・花子」さんなんか 皆が「別れても どうするんですか?」って 何か 怒って
   ましたけどね
玉置:うふふふふふ(笑)
澤田:「そんなの放っておいて!」って 云ってたけど
   そういう 大阪に何となしに そういう「大阪の人は まぁ根強いなぁ~」とかねぇ そういう所が
   まぁ その「唄・啓」さんの漫才にも出てるんで そこら辺を ちょっと まぁ楽しんで頂けると思う
   んですけども
   ただちょっと「頭」音が悪いんですけども これしか有りませんもんで...
玉置:あぁ そうですか
澤田:勘弁して頂きたいと思います
玉置:じゃあ まず 一席お届けします 昭和44年(1969)8月10日放送の物です
   唄子・啓助さん 「怪談」でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭・ゲスト 解説(前半 演目放送後)
澤田:漫才では あの~良く「怪談」のネタやるんですけどね
玉置:そうですね
澤田:細かいギャグいっぱい入ってましてね これは非常に僕は あの~面白い気になってる訳なんですけどね
玉置:あの~「怪談」のネタは やはり東西 あんまり弄りようがないんですねっ
澤田:そうですね
玉置:ええ ええ
澤田:だから ちょっと「四谷怪談」のパロディしてみたり「牡丹燈籠」のパロディやるのは ありますけどね
玉置:「はるお・あきお」さんなんかも やっぱりこの行き方ですものね
澤田:だから 僕は 本当に鳳啓助さんの その そういう「漫才を創る技術」っていうんですか?
玉置:ああ~
澤田:それが一番 こう 乗ってる時だったと思います
玉置:御夫婦の事を「恨み言」にして....
澤田:あははは(笑)
玉置:幽霊で言わせるあたりは もう やっぱりねっ
澤田:はい  次の漫才ではね 冒頭に その「明けましておめでとう」って挨拶するんですが...
玉置:ほぉ~
澤田:実は9月の放送なんですけどね
玉置:はい
澤田:で まぁ 「笑い取る」と これは良く あの 「自分の名前を紹介された時に 違う名前を言って笑わ
   せる」ってのが最近あるじゃないですか?
玉置:ありますねぇ
澤田:あれと同じ息でね 「啓ちゃん」らしいギャグなんですねぇ
玉置:あ~
澤田:全然見当違いな事言う それまではね こういう挨拶する人はいなかったですね
玉置:あっ そうですか はぁ~~
澤田:ええ それまで 大阪でも漫才色々パターンありますけど 全然 普通の時で「明けましておめでとう
   ございます」で笑い取るってなね 事はなかったんですけど
   これは冒頭にありますから お正月のネタでは無いんですけど それはもう「啓ちゃん」の独特の
   ギャグですね
玉置:ああ~  おそらく「スッ」っと 出るんでしょうねぇ?
澤田:でしょうねぇ まぁ「逆さま」にするとかね 「イイソコ マチガイヨ」ってのが そうですしねぇ
玉置:はいはいはい
澤田:あ もう ちょっと跡継ぐ人もいないですねぇ
玉置:あ~ そうですか
   それでは もう一席 昭和45年(1970) 9月27日の放送です 「ふたりの秋」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭・ゲスト 解説(後半 演目放送後)
澤田:これだけ あの~(笑) 「離婚ネタ」で拍手が来る位ですねぇ
玉置:ああ~
澤田:1年経つと....
玉置:そ~ですねぇ~
澤田:番組のヒットと共にね あの~ 何ていうか こういう「私生活」が その芸の中にも入ってきて
   それが まぁ「大衆の人気を博する」と云うか もうほんとに「笑いを取る」 「笑う事」じゃないん
   ですけどね
   実際は「切実な事」は いっぱい有るんですけども だけど それを舞台で そう云う風に その~
   「笑いにしてしまう」と
   そこに何ていうか「一般の人はびっくりする」と云う事で 「逆に人気が出る」みたいな事ありました
玉置:改めて こうして二席聞いてみると いやぁ~「勿体ないコンビ」だったですねぇ
澤田:いやぁ 僕 全くそうですねぇ
玉置:ええ~
澤田:あの~ 啓助さんっていうのは 何か「モタモタ~」と喋る様な印象がありますよねぇ?
玉置:はい
澤田:ところが全然今のは 漫才聞いて凄いスピードですからねぇ
玉置:そうですね
澤田:もう 唄子さんとの凄いやり取りのスピードはね びっくりするし それからギャグが「ポンポン 
   ポンポン」出て来るってのもですね
   台本に全部書いてある訳ではないわけですけど
玉置:う~ん
澤田:で 唄子さんには その 「志織慶太(しおり けいた)」(*01) と云うペンネームがありましたから
玉置:はい
澤田:で お芝居も書く それから漫才も書く もう本番の直前にもう メイク室で「ず~っと」書いてるやつ
   を....
玉置:ほぉ~
澤田:唄子さん 横で こう 心配そうに見てる で ちょっと「本読み」して 「本読み」というか
   唄子さんは一生懸命読むんですねぇ
玉置:うん
澤田:それで「サっ」と舞台でますから すると 啓助さんは自分の考えた「方向だけ」解っといてくれたら
玉置:うん
澤田:自分で あの「ドンドン ドンドン」増やしていきますからねぇ
玉置:う~ん
澤田:こういう漫才っていうのは 皆 まぁ あの 横でねぇ「大丈夫ですか?」って 心配してたもんです
   けどね
玉置:あ~
澤田:なんて事はなく やっていましたからねぇ
玉置:殆どは あの「志織慶太」作  啓助さんの本ですか?
澤田:そうです 全部そうです
玉置:あ~
澤田:だから 「啓ちゃん はよ 書いてぇな」って いつも言ってましたけどね
玉置:う~ん
澤田:でもね 唄子さんは「啓助さんの本」という物を 100%信頼してましたから
玉置:う~ん
澤田:お芝居の時でも 「本」中々出来ないんですよ
玉置:う~ん
澤田:だけど もう「啓ちゃんの本」が もう最大の自分の 「自分を良く活かしてくれる」
玉置:う~ん
澤田:という 信頼感が有りましたから で~ やっぱり亡くなった後もですね 自分の座長で 色んな作家の
   人とも「新作」やってますけど
   この間も 「何十周年」かの時には 「しおり けいた」作 啓ちゃんの本を再演して まぁ ちょっと
   アレンジしてね 時代風にアレンジして やってましたけどね
玉置:う~ん
澤田:やっぱりそれ位「愛着がある」というか まぁ「良い作家」を まぁ あの 「側にいた」という事です
   ねぇ
   そもそもは そういう才能を まぁ 唄子さんとしては「見出して」っていうか「そこに惚れて一緒に
   なった」ってとこあると思いますけどね
玉置:と 「役者と物を書く」という事とが ずっとベースに啓助さんの場合はあった訳ですねぇ?
澤田:あったみたいです 元々は まぁ 舞台の演出なんかをしていた訳ですけども しかしねぇ 本は良く
   読むんですよ
玉置:ほぉ~
澤田:色~んな本読んでましたねぇ
玉置:はぁ~
澤田:ええ ですから その~「博識」という意味では 本でもう~ 色んな知識有りましたし それは
   もう 何でも無い時にしょっちゅう出てきますから あの 僕なんかと話しててもですねぇ
   そういう話で一晩徹夜みたいに話しても 飽きないですね
玉置:う~ん
澤田:そういう魅力はありましたねぇ
玉置:とすると 舞台へ掛けなかった「ネタ」というか「本」も かなりあったんでしょうか?
澤田:いや もう「ギリギリ」でしょうねぇ
玉置:ギリギリ はぁ~
澤田:ええ まぁ もう 年間に何本か書いてましたから
玉置:はい
澤田:だから もう その本を仕上げていくのが もう大変だったと思いますねぇ
玉置:う~ん
澤田:で 冒頭に あの~ 歌を唄いますよねぇ?
玉置:はい
澤田:ああ云うのも 普通漫才というのは 女性 男女コンビの場合は女性が唄うんですよね
玉置:そうですねぇ
澤田:女性が唄って 当時の流行り歌を唄って それをネタにする まぁ典型的な例が 人生幸朗さんです
   よねぇ
玉置:ああ~
澤田:生恵幸子さんの あの独特の歌があるんですけども
玉置:はい
澤田:啓ちゃんが男が唄うのってのは 初めてじゃないですかねぇ ええ
玉置:う~ん なるほど~ 唄ったのは男性歌手女性歌手区別なく...
澤田:まぁ 自分の歌ですからねぇ
玉置:まんま唄い出し うへへへへ(笑)
澤田:自分の歌ですから あっはっは(笑)

玉置:今日は 唄子・啓助さん 二席お楽しみ頂きました
   「漫才の水曜日」いつもの通り 澤田隆治さんと御一緒に進めてまいりました
   有難うございました
澤田:有難うございました

お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした それでは次回をお楽しみに
本日も「ラジオ名人寄席」への御来場 誠に有り難う存じました


*2002(H14)/12/11 2004(H16)/08/25再放送


*(*01)この話題は「鳳啓助」の事 京唄子と勘違いして 澤田隆治が話している

*「漫才の水曜日」の解説は 玉置宏と澤田隆治の掛合いの為 「文字起こし」が難しい
今回は暫定的に公開しました

2005(H17)/08/23(火)の放送

2005-08-23 23:34:45 | 落語 演芸/放送後記
ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/23(火) 12:10-12:35
四代目 三遊亭圓遊 「野ざらし」  1973(S48)/05/18 第167回 東京落語会 とのこと
席亭:玉置宏

「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(演目放送前)
今席は 昭和48年5月18日 167回 東京落語会の高座から 四代目三遊亭圓遊さんの「野ざらし」でございます
圓遊さんの「野ざらし」 このお噺の舞台を圓遊さんは「向島の三囲(みめぐり)の土手下」としております
三囲神社の裏っ手 まっ 昭和の初めまで ここと 対岸の山谷堀を「竹屋の渡し」が往復していたという
記録がございます
で~ 土地の研究家に依りますと「野ざらし」の舞台としては「もう2~300m上流の「言問団子(ことといだん
ご)」辺りの方が自然ではないか?」と 識者は そうおっしゃいますがね
時代を明治の初年といたしましても 三囲(みめぐり)辺りは 開けておりまして
「葦の中に「野ざらしの人骨」なんてな ちょいと考え難い」と こう云う御意見なんでございますが
そこは落語のこってございますからね 堅い事云わずに たっぷりと笑って頂きましょう
当時の「野ざらし」と云いますとね おやりになる方は三人でした もちろん 三代目の春風亭柳好さん
そして今日聴いて頂く 四代目の圓遊さんと八代目の春風亭柳枝さん まず「野ざらし」と云えば この三師承
でございました
でそれは 東京落語会の高座から 四代目圓遊さんの「野ざらし」でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭解説(演目放送後)
四代目三遊亭圓遊さんの「野ざらし」でございました

え~ 今日はちょいと「野暮」を承知で「野ざらし」の穴をほじくってみようかと思います
「野を肥やす 骨をかたみに すすきかな」と云う 手向けの「句」が出て参りますがねぇ
「すすき」が出てくるって事は「秋」でございましょう?
ところが 続いて「四方(よも)の山々雪解けて 水かさまさる大川の 上げ潮みなみで ざぶ~り ざぶり」
「雪解け水」 これは春でございます うふふふ(笑) ねぇ
「上げ潮みなみさ」と唄うくだりが ありますがねぇ そう云った後で「風も無いのに 傍らの葦が ガサガサガ
サ と動いて カラスが三羽 バッ」って くだりがありましょう?
「川が波立つ程の南風が吹いたと思うと 急に無風になる」 とにかく圓遊さんも そうでしたが 八代目の柳枝
さんも それから 三代目の柳好さんもですね「リズミカル」に「ト~ン ト~ン ト~ン ト~ン」と運んで行く
調子の良さに つい聞き逃してしまう 「「野ざらし」の「穴」」でございます
で カラスが飛び立つ前に 「浅草寺 弁天山で打ち出だす鐘の音が 陰に籠って物凄く ボ~~ン」と鳴る事に
なっておりますがぁ
その後に 「上野と浅草は 音は違うそうですなぁ 上野の方は金(きん)が入っているから 音も高けぇとよ」と
混ぜっ返しておりますがぁ
いずれも「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と唄われた時の「鐘」でございます
ところが 「上野の鐘」これに金が入っているかどうか? これは まだちょいと私の調べも足りてないんですが
金(きん)が入っているのは「浅草の方」で これはきちっとした え~証拠があるんでございます
浅草寺の鐘にはですね 五代将軍綱吉公の家来でございます 牧野備後守(まきのびんごのかみ)
これは しげさだ(漢字不明)と云う名が本当でしょうかね?
この牧野備後守が 黄金200枚を喜捨致しまして で この鐘を作る時に地金に鋳込ませてあるんだそうで
ございます
これは 台東区が建てました「説明板」に きちっと書かれております
ですから 金が入っているのは 浅草は確かなんでございますがねぇ
まっ 野暮を承知で えへへへ(笑) 今日は「野ざらし」の「穴」をほじりました
まぁ~ とにかく この圓遊さんも同じ協会でございましたから 三代目の春風亭柳好さんが健在中は 殆ど高座
には掛けてらっしゃいませんでした
しかし 昭和30年代の前半に柳好師が亡くなって それから後は もう~「爆笑編」と云う恰好で 良く圓遊さん
に「野ざらし!」と云う声が掛かっていたのを思い出します
え~ 今日 引き合いに出しました 柳好さん 柳枝さん そして聴いて頂いた圓遊さん 「運び」は同じなんで
すけれども 笑いを取る その「ツボ」は どの師承も同じでございました

今日は 東京落語会の高座から 四代目圓遊さんで「野ざらし」をお聴き頂きました


お相手は 席亭のわたくし玉置宏でございました それでは次回をお楽しみに
本日も「ラジオ名人寄席」への 御来場誠に有り難う存じました


*2003(H15)/04/21 2004(H16)/08/24再放送
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*未チェック

真打ち競演/NHKラジオ第1
2005(H17)/08/23(火) 21:05-21:55
漫才:Wモアモア
ウクレレ漫談:牧伸二
落語:春風亭正朝 「ふだんの袴」
2005(H17)/06/29(水) 北海道・日高町 日高町民センター 集会室 収録
司会:? NHK室蘭放送局アナウンサー

*日高町100年記念

2005(H17)/08/22(月)の放送

2005-08-22 21:46:34 | 落語 演芸/放送後記
ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/22(月) 12:10-12:35
二代目 三遊亭圓歌 「紋三郎稲荷」  1988(S63)/10/14 第352回 東京落語会 とのこと
席亭:玉置宏

「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(演目放送前)
え~今席は昭和38年10月18日に収録致しました 二代目三遊亭圓歌さんの「紋三郎稲荷」でございます
「品川の圓蔵(*01)」師承から橘家圓玉 という方に伝わりまして それを今日聴いて頂く 二代目の圓歌さんが
この圓玉さんから教わってやったお噺と こう記録に残っております
本当にやり手の少ないお噺でございまして 私も二代目の圓歌師承でしか「紋三郎稲荷」は聴いた記憶がございま
せん
え~「珍しいお噺」と云う風に え~圓歌師承もマクラで振っておられますが 「日本橋七福神巡り」のひとつに
笠間稲荷の東京別院が入っております
いわれは判らないんでございますが 「紋三郎」と云うのは笠間神社の別称だそうでございます
東京別院の近くにございます「明治座」 お芝居でお馴染みですが この明治座のお稲荷様には その「分霊」が
祭られていると伺っております
それでは「紋三郎稲荷」 二代目三遊亭圓歌さんでございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭解説(演目放送後)
二代目三遊亭圓歌さんの「紋三郎稲荷」でございました
師承がマクラでもおっしゃっておりましたが 「新国劇」島田正吾さんの十八番 子母沢寛(しぼざわ かん)
原作の「紋三郎の秀(ひで)」
「紋三郎」は そんなところにも生きている訳でございます
この「笠間のお稲荷さん」は 現在でも年間200万人を超す参詣者があるそうでございます 「日本三大稲荷」の
一つとされております
常磐線「友部」で 水戸線に乗り換えます で「笠間」に着きます
江戸時代には水戸街道と小山街道に面した宿場町で お稲荷様の門前町としても栄えたんでございますね
「笠間焼き」これが名物でございます 明治時代から「水がめ」「すり鉢」が評判を取ります
今では「笠間粘土」の持ち味を活かしまして やし豊かな「茶器」「花器」「食器」が民芸品として高い評価を
受けている訳でございます

今日は二代目圓歌さんの「紋三郎稲荷」でございました


お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした それでは次回をお楽しみに
本日も「ラジオ名人寄席」への 御来場誠に有り難う存じました

*2003(H15)/04/22 2004(H16)/08/23再放送


*(*01)四代目橘家圓蔵の事
*このホームページ「落語の舞台を歩く」は落語の舞台になっている場所を「実地検証」して書いているページ
です とても参考になります
 紋三郎稲荷
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BSふれあいホール お楽しみ寄席/NHK-BS2
2005(H17)/08/22(月) 18:00-18:45
漫才:春風こうた・ふくた
ものまね:ノブ&フッキー (ものまねヒットパレード)(バックにギター伴奏者2人)
落語:四代目 三遊亭小圓朝 「万病円」
2005(H17)/07/21 東京渋谷NHK みんなの広場ふれあいホール 収録
司会:土居裕子

プロフィール(演目前に司会者が紹介)
●春風こうた・ふくた
豊富なキャリアは伊達じゃない 春風こうた・ふくた のお二人
洗練された喋りと風刺の利いたギャグで 皆さんを爆笑の渦に巻き込みますよ
春風こうた・ふくたさん どうぞ~

*演目後 短いインタビュー
漫才コンビにしては仲が良い方だと思う とのこと

●ノブ&フッキー
歌手としても活動する ものまね界の実力派コンビ ノブ&フッキーさん
歌唱力抜群のお二人からは 爆笑ものまねが次々に飛び出します
ノブ&フッキーさん 宜しくお願いしま~~す
(五木ひろし 和田アキコ 堀内孝雄 谷村新司 さだまさし マギー司郎 徳光和夫 中尾彬 柳沢慎吾
海老一染之助・染太郎 ぴんから兄弟)

*演目後「演芸ふれあい講座 この人 この芸」
コンビを組んで14年目 フッキーは以前は別の相方とやっていた
コンビの良い点:
レパートリーが倍になる
ひとりづつ物真似ができるので 一人がやってる間にふん装等 全身着替えられるのでお客さんも飽きないと思う
コンビの悪い点:
ギャラを半分づつにしないといけない事

こだわりは 物真似する本人を中傷しないで 大切に物真似したり 歌を唄う事

司会者が五木ひろしのものまねを教えて貰う
なるべく眩しい所を見て 目を細めて 紀州の梅干しを食べた時の様な感触の口の形にする
そして 右手を握ってグーにする

●四代目 三遊亭小圓朝
この方 三遊亭小圓朝さん
この春 真打昇進 大名跡を受け継いだ小圓朝さん
柔らかい声から繰り広げられる高座が大人気です 今日も古典落語で楽しませてもらいましょう
三遊亭小圓朝さんです 宜しくお願い致しま~す

*演目後 短いインタビュー
これからの豊富は まだまだ 成り立ての真打なので これと決めずに 色々な場所で色々な噺をさせて頂き
ながら 方向性を見極めていきたい との事

◎ふれあいメッセージ(出演者の1人にメッセージを書いて貰う)
「・・・らしく」 春風こうた・ふくた
*「男らしく」「女らしく」「人間らしく」「芸人らしく」とか そういう意味を含んでいる とのこと
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浅草お茶の間寄席/千葉テレビ
2005(H17)/08/22(月) 19:00-19:55
四代目 春風亭柳桜 「桃太郎」
三代目 橘ノ圓 「噺家の遺言」
九代目 春風亭小柳枝 「たがや」
収録日時? 浅草演芸ホール 収録

◆オープニング エンディング
案内人:小笠原聖(演芸場外より)番組名発声 他


*四代目春風亭柳桜師 椅子に座って膝隠しでの高座 落語では初めて見た
20歳の頃から ビュルガー病という原因不明の難病を患っていて 両足を切断され 正座ができないとのこと
平成7年に高座に復帰され活躍中とのこと
 ビュルガー病とは?

2005(H17)/08/21(日)の放送

2005-08-21 23:43:00 | 落語 演芸/放送後記
落語研究会/TBSテレビ
2005(H17)/08/21(日) 04:15-05:15
柳家さん喬 「唐茄子屋政談」
2004(H16)/06/30(金) 第432回 TBS落語研究会 東京・三宅坂 国立劇場小劇場 収録
出囃し:鞍馬囃子
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笑いがいちばん/NHK総合テレビ
2005(H17)/08/21(日) 13:05-13:35
漫才:パックンマックン
コント:バナナマン
落語:立川志らく 「化け物使い」
講談:六代目 一龍斎貞水 「番町皿屋敷」
収録日? 東京・渋谷NHK放送センター スタジオ 収録?
ナレーション:笠原留美 テーマ音楽:国本武春

*講談の一龍斎貞水が使っている釈台 特注品で 怪談を語る時に多く使用する
釈台の内側には 怪談を語る時に 演出上 視覚的に怖く見せる為の各種照明が仕込んである
(自分の顔を下から照らしたり(青白い色や 赤 他)) 舞台上に設置の行灯や提灯の照明を調整する為の
各種スイッチ類の操作パネルもあり 自分で操作しながら 講談を語る とのこと
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ラジオ名人寄席/NHKラジオ第1
2005(H17)/08/21(日) 19:20-19:58
三代目 三遊亭小圓朝 「辻駕籠」  (音源データ アナウンスなし)
コントラッキーセブン コント「美しい日本語」  (音源データ アナウンスなし)
席亭:玉置宏

「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(前半 演目放送前)
今席は「落語」と「コント」をお楽しみ頂きましょう
まずは「落語」 三代目三遊亭小圓朝さんの「辻駕籠」でございます
この三代目小圓朝という方は 二代目小圓朝さんの実子でございます
「正に名門の若大将」「毛並みの良さ」 こう申し上げて宜しいでしょう
「おっとりとした品格」それに「小味の利いた芸の持ち主」でございました
「目の芸」とも云われましてねぇ 人物描写で え~割と短いお噺を丁寧に寄席で聴かせてくれました
戦後の落語黄金時代にも「明治の風」を そっと吹き込んでくれた 非常に貴重な噺家さんでございました
「若手の師範代」こう云われていた師承で つまり圓朝の流れを汲んだお噺を う~ん何か 時代に左右される
事なく きっちりと継承して これをお弟子さん 或いは 東大の落語研究会の師承もしてらっしゃいましたんで
え~ この小圓朝さん三代目さんを「師承」と呼ぶ 東大出身の 例えば 演芸評論なんかをお書きになる
保田武宏さんとか 大勢いらっしゃるんですね
で 先だって 四代目小圓朝さんが誕生致しました そのパーティーにも その東大で小圓朝師のお宅へ伺って
御稽古を付けて貰ったという 錚々たる評論家の皆さんと じっくり一杯やりながらお話を伺う機会がございました
どなたも「本当~に師範代にふさわしい方だった」と こういう想い出話が どっさりでございました
新しい小圓朝さんに付いては 一席聴いて頂いた後で申し上げる事に致しましょう
それでは 三代目三遊亭小圓朝さんの「辻駕籠」でございます
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◆席亭解説(前半 演目放送前)
三代目三遊亭小圓朝さんの「辻駕籠」でございました
え~先程 この三代目の師承は若手の「師範代」として 大変大事な方だったとお話致しましたが
一門には三人の弟子さんがおりましてね 朝之助 朝三 朝冶
これは実に 二つ目時代有望な若手でございました え~ 一番総領弟子の朝之助さんは 朝之助のまんま若死を
致しました
二番目の朝三さん この方が後の 三代目三遊亭圓之助になります
この圓之助さんも 昭和60年(1985) 4月26日 亡くなっております
でぇ~ 三番目のお弟子さんの朝冶さん この方が只今の六代目の三遊亭圓橘さんでございます
その圓橘さんの所へ え~三代目圓之助さん つまり朝三さんのお子さんが弟子入りを致しました
で 圓橘門下で 前座の名前が 橘つき(きつつき) 「たちばな」という字に ひらがなで「つき」と書きます
この前座名から 二つ目に成ります時に 三代目圓之助を襲名致します この方が今年「大師承」に当たります
小圓朝の四代目を襲名して 真打になったわけでございます
つまり 32年振りに「三遊亭の大きい お名前が復活した」と こういう事でございます
え~ 只今の四代目 小圓朝さんのお父さん 三代目の圓之助という方は「江戸前の職人口調」が と~てもよお
ございましてねぇ NHKの「テレビ小説」での職人役 これは 大変好評でございましたが 昭和55年(1980)に
「脳いっ血」で倒れてしまわれました
ところが リハビリに励んで 1回復活なさるんですがね う~ん とうとう 最終的には不本意のまま
昭和60年(1985) 57歳で亡くなっております
新・小圓朝に 大きな期待を寄せている 私も一人でございます
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◆席亭解説(後半 演目放送前)
さぁ 残ったお時間は「コント」でございますがぁ
「漫才」ですと「喋くり」が中心になります ラジオでお楽しみ頂ける これも 充分御理解頂けると思うんですが
「コント」って云いますと 皆さんのイメージは「ステージ狭しと動き回って」 どちらかと云うと「テレビで
なくては」とお思いでしょうが 数多いコントの「コンビ」或いは「トリオ」がございましたけれども
このラッキーセブンは ポール牧さんと関武志さんのお喋りが もう~ これがまた たまらなく「良い息」で
ございました
え~このお二人の これも十八番の出し物でございましたがね 「美しい日本語」という音が残っております
それでは コント ラッキーセブン ポール牧 関武志の御両人でございます
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◆席亭解説(後半 演目放送後)
ポール牧 関武志の御両人 コントラッキーセブン 「美しい日本語」でございました
コントの始り まず ポールさんがステージに登場致します 選挙の候補者の様な襷を掛けましてね その下は
モーニングでございます 胸に赤い 大~きな造花が入っております
一方 関武志さんは客席で 捻りはちまき 半纏を着ましてね え~ニッカポッカ え~一升ビンを下げております
この中に焼酎が入っている という設定なんですが 実際は「水」でございます そういうギャグがお話の中にも
出てまいりました
このコンビが生まれましたのは 1968年(S43) コントラッキーセブン結成草創から 本当に爆笑爆笑の舞台で
ございました
関さんが亡くなった後も テレビや舞台にポールさん出演致しまして「全身でリズムを取りながら 指を鳴らす」
という
今のコントの中にも 色々音が聞こえてまいりましたね 「指パッチン」 これで大変な人気者になりました
で ポールさんは 1941年(S16) 北海道の禅寺に生まれてらっしゃいます で~10歳の時に出家なすって
るんですけれども
1958年(S33) お坊さんの道を諦めて 上京し 芸能界に入りました しかし 関さんを失った後
これは1996年(H08)になりますか 芸能活動も続けながら 周囲の支援を頂いて 茨城県の鹿嶋市に「一道寺」
(いちどうじ)と云う お寺を新築致しまして ここの住職に納まったんでございましたが 経営は大変厳しかった
様でございます
御当人は「指紋が無くなる迄 指パッチンで頑張る」 こう語ってらしたんでございますが 去年の9月頃から
ちょっと「うつ病」の症状が重くなりましてね ご自分から申し出て 病院に通う様になっていたんだそうで
ございます
え~ しかし 結果は御案内の通り 今年に入って本当に残念な最後でございました
え~ 4回に渡る結婚と離婚 一見派手に見えます芸能生活とは裏腹に 最後は本当に寂しい独り暮しで
この生涯を終えてらっしゃいます
一時は「東京新喜劇」と云う 喜劇の劇団を結成しましてね え~当時 本当に喜劇俳優の活躍の場が
ございませんでした
そういうコメディアンの方々を集めまして う~ん 中々社交的な方だったもんですから え~ 大きいスポンサー
をしっかりとお付けになりましてね
浅草国際劇場で東京新喜劇の公演もなすったり致しました
まっ あ~ 場合に依っては もう無くなりましたが 浅草の松竹演芸場で公演をする こういう時には
役者さんの数を減らして で 舞台装置も沢山 お金の掛からない様な物で きっちり予算に合わせながら
「喜劇の灯を消してはいけない」 そういう 踏ん張りをなすった方でございました
関さんも亡くなり ポールさんも亡くなりました「こういう笑いがこれからの若い人達に継承されるのか」
え~ 心配ではございます

今日は三代目三遊亭小圓朝さんの「辻駕籠」そして コントラッキーセブンの「美しい日本語」でお楽しみ
頂きました


お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした では 次回をお楽しみに
本日も「ラジオ名人寄席」への 御来場誠に有り難う存じました

2005(H17)/08/20(土)の放送

2005-08-20 21:56:19 | 落語 演芸/放送後記
志の輔特選落語/文化放送(志の輔ラジオ「土曜がいい!」内)
2005(H17)/08/20(土) 12:05-12:30
三代目 三遊亭金馬  「お化け長屋」(リレー落語 前半)
1959(S34)/07/24放送 NHKラジオ「納涼演芸会」 とのこと

◆志の輔 解説(演目放送前)
え~ 私の弟弟子に 立川談春 え~ まっ 新進気鋭でですね え~ 凄い頑張っておりますけれどもね
え~彼が うちの師承談志とですね「リレー落語」をやったそうです
「あいつも勇気あんな~」と思ってね 「凄いな~と」思いましたけれども
「慶安太平記」という落語を談春君が 前半をやって うちの師承が 後半をやったのかな?
まぁあれ「慶安太平記」は長い噺なので どこの部分なのか 俺はライブでは聴いてはいないんですけども
まぁ凄いその「リレー落語」で 良い趣向で「沢山お客さんも満足して喜んだ」と云う話を聞いておりますが
その「リレー落語」と云うのは ですから そうやって「師弟」がやったり まっ色々な形が有るんですけれども
今回は 三代目の三遊亭金馬師承 そして 五代目の古今亭志ん生師承 え~ 両名人の「一席」なんですね
二人合わせて「一席」でございます
「お化け長屋」
え~ この「お化け長屋」の場合はですね まぁ前半と後半 非常に別け易いのは 前半は「仕込み」と云えば
「仕込み」の部分でございます ですから どっちかと云えば 金馬師承の方が「辛い」っちゃあ「辛い」
「辛い」(笑) 「辛い」って表現はないすけれども え~非常に まぁ「仕込みの部分」なので
大切な部分なんでございますねぇ
まず今週は 大切な部分を聴いて頂いて 来週は志ん生師承に それを俗に云う そのまっ え~「バラして」
頂いてですね ええ まっ 大笑いして頂こうという え~「怪談噺」の まぁ「怪談噺と滑稽噺」と一緒に
なった様な物でありますが
「お化け長屋」 これは名作でございます これの「リレー落語」を今日は聴いて頂きます
まずは 前半でございます え~1959年 昭和34年の7月の24日 NHKの「納涼演芸会」で放送された音源
でございます
え~ もちろん あのあの 云う迄も無く あの 来週も 同じ日に放送したやつを ええ 流します
ええ 別の日にやったら「リレー落語」でもなんでもありませんので え~同じ日にやったやつの まずは前半です
三代目三遊亭金馬師承の「お化け長屋」前編 え~21分20秒でございます
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◆志の輔・涙子 感想(演目放送後)
志の輔:はい~
涙子 :はい 前編(ぜんへん)終わりました
志の輔:う~ん そうですねぇ  ああ そうなんだよね これ 「前編(ぜんへん)」と云った方が良いん
    だよね? 無理してでも
    これ「ぜんぺん」 あの 「お化け長屋 ぜんぺん お届け致しましょう」って云うと....
涙子 :ああ 「全部」っていう感じになっちゃうから?
志の輔:さっき 始る前に喋って「しまった」と思ったんだけど
涙子 :はい
志の輔:恰好付けて読んじゃった手前....
涙子 :うははは(笑) あっ 恰好付けてたんですね?だって?
志の輔:うはうはうは(笑) 元に戻れなくなっちゃった
涙子 :あははは(笑)
志の輔:そういう意味では そうだよな? 「前編後編」の場合「ぜんへん こうへん」って...
涙子 :いやいやいや そんな事ないですよ 普通に
志の輔:えっ? そう云う風にアナウンサーは習わないの?
涙子 :習いませんでした
志の輔:あっ そうなの?
涙子 :はい
志の輔:なんだ じゃあ 今 たまたま
涙子 :たまたまです
志の輔:たまたま「ぜんへん」って云っただけなの?
涙子 :そうです
志の輔:あ~ そうなの ふ~ん
    まぁ 来週はですね いよいよ五代目の古今亭志ん生師承がですね え~ ここの辺りを「仕込んだ」
    金馬師承の分を.....
涙子 :は~い
志の輔:「パ~ン」っと 弾けるという部分でございますので どうぞ楽しみにして頂きたいと思います


*涙子=吉田涙子(志の輔ラジオ「土曜がいい!」番組アシスタント 文化放送アナウンサー)
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日本の話芸/NHK教育テレビ
2005(H17)/08/20(土) 16:00-16:30
三遊亭栄馬 「王子の狐」
収録日? 東京・霞が関 イイノホール 収録

*次週 放送予告を短く放送
*次週は 放送時間は通常通り 13:45-14:15

2005(H17)/08/17(水)の放送

2005-08-17 20:36:53 | 落語 演芸/放送後記
ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/17(水) 12:10-12:35
獅子てんや・瀬戸わんや 漫才「歯医者」  1986(S61)/頃 NHKテレビ「お好み演芸会」 とのこと
獅子てんや・瀬戸わんや 漫才「厄払い」  1986(S61)/頃 NHKテレビ「お好み演芸会」 とのこと
席亭:玉置宏 ゲスト:澤田隆治(メディア・プロデューサー)


「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 本日も御来場 誠にありがとう存じます
毎週水曜日は 寄席のお彩りに欠く事のできない「漫才」をお送り致します
そして この日は「お笑い番組のオーソリティー」 メディア・プロデューサーの澤田隆治さんと 御一緒に
進めてまいります

◆席亭・ゲスト 解説(前半 演目放送前)
玉置:よろしくお願いします
澤田:こちらこそ よろしくお願いします
玉置:本日は 獅子てんや・瀬戸わんやのご両人で 二席と こう云う事でございます
澤田:はい あの~ あれだけの名コンビなのに 意外とですねぇ テープが残ってないんですよ
玉置:はい
澤田:で あの~ 「何でいったの?」って ネタありますよねぇ
玉置:はい もう お聞かせしました
澤田:も~ それこそ もう何回聴いても笑う
玉置:はい
澤田:このテープ いっぱい有るんですよねぇ 変わったネタが中々無くてね
玉置:うん
澤田:で~ 「お好み演芸会」に これテレビなんですけど その中に あの~ 面白いネタが有ったので
   今日お聞かせしようと思ってるんですけども
玉置:ほうほうほうほう テレビですか
澤田:で あの~ 元々テレビが無い頃はね ラジオで アクションをみんなが想像して
玉置:はい
澤田:こう ねぇ それで「楽しんだ」っていうのがあるじゃないですか
玉置:はい
澤田:もちろん だから今日のネタなんかも 見た方が面白いに違いないんだけども 何となしにそこを
   「ラジオで聞く面白さ」みたいな事を味わって貰おうと思ってね 特に2つを 沢山有るんですけども
   テレビは だけど 短いネタ沢山有りましてね
玉置:はい
澤田:それを選んで まぁ2つ お聞き頂こうと思うんですけども
   最近 あの~ BSのテレビとかね
玉置:はい
澤田:それからインターネットで あの~ 映像は無いんだけど あの~ 落語とか聴かせてるの
   有りますよねぇ?
玉置:うへっへっへっへっ(笑)
澤田:あれもねっ あの 何かテレビ時代に不思議~な事なんですけども 大変ファンがいて それが
   どういう事かず~っと
   みんなイヤホンで どっか何かで 楽しんでる?
   その 「画が映って無い方が かえって集中できる」ってな話も有りますからぁ
玉置:う~ん
澤田:(笑) まぁ 今日はそんな事でね 二人のまぁ~ あの~漫才を聞いて貰おうと思うんでけれども
   まぁ 二人 ともかく あの~僕が仕事をいっぱいやってた頃には てんや・わんやさん と
   千夜・一夜さんが....
玉置:はい
澤田:漫才だけではなくて 司会もやれば お芝居もやれば コントもやれば 何でもやってましたよねぇ
玉置:で~ どちらかと云うと てんや・わんやさんの場合は あの~塚田茂さんという....
澤田:はい そうですねぇ
玉置:構成演出家が 大変このご両人と 脱線トリオ を買っておりまして....
澤田:そうですねぇ~
玉置:で 大看板の歌謡ショーのコメディーリリーフは このお二人のどっちっていう時代が長~かったですから
   塚田さんの
澤田:そうですよねぇ~ 日劇でねぇ 漫才が こう 「ワンマンショー」やるんですからねぇ
玉置:は~い
澤田:凄い事 「リサイタル」もやられて そういう点では「何でもござれ」っていうとこあったんで
   漫才だけでは無いと もう そういう感じはありましたねぇ 特に司会は面白かったってことですよね
   えっへっへっ(笑)
玉置:(笑) あの~ 今日まず出て来る「歯医者」なんかにしても これ「あなたが もし 歯医者さんへ
   行った事の経験がお有りだったら その場面を「想像して下さい」」と申し上げるしかないですね
澤田:はい そうですね
玉置:え~小さい ちょっとオツムの光ってる わんやさんが患者さんです で 大きい てんやさんが歯医者
   さん と こう云う設定でございます
   ほいじゃ まず「歯医者」 てんや・わんやさん でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭・ゲスト 解説(前半 演目放送後)
澤田:このネタでは もう役割分担をはっきりね....
玉置:はい
澤田:あの~説明してますけども
玉置:うん
澤田:まぁ 聞いてると その てんやさんがね もう「意地悪」の丸出しでねぇ
玉置:うふふふ(笑)
澤田:「強引に自分の説を押し付けていく」と これは あの~「凸凹コンビ」って 映画で有りましたね
玉置:アボット・コステロ
澤田:その時のあの アボットが もう同じなんですねぇ
玉置:ああ~
澤田:我々には人気が無かったですけどね 意地悪でね 人の良いコステロを苛め倒す というねぇ
玉置:う~ん
澤田:自分が「いい所 いい所」行くっていう そんな感じのねぇ 役割分担が きっちりしてて わんやさん
   もう 見たまま 人の好いおじさんで
   もう てんやさんに 振り回されてる という 「パーソナリティー」がはっきりしてたから ネタとして
   は「聞き易い」って いうんですかね? はっきりしてる
玉置:う~ん
澤田:そういう漫才 まぁみんな漫才師って みんな そこ狙うんですけどね 中々上手くいった人がいないん
   ですねぇ
玉置:ああ そうですか
澤田:これは難しいもんだと思いますねぇ やっぱり「敵役」に成りきるって嫌ですもんね
   どっかで「受けたい」し
玉置:で てんやさんは その今「敵役」と おっしゃいましたが 「本~当に優しいね 木目の細か~い
   神経の行き届いた方」
澤田:そうですね~
玉置:で わんやさんは もう それこそ「ご覧になった通り」ってくらいの「人の好い~ おじさん」って
   イメージがぴったりって いって良かったんじゃないでしょうか?
澤田:ああ ねぇ~
玉置:さぁ もう一席「厄払い」と云う 落語の様なタイトルですが これを聴いて頂きましょう
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭・ゲスト 解説(後半 演目放送後)
澤田:いやいや あの~ 僕も今 「ふっ」っと思い出したんですけど  てんや・わんやさんの司会の番組と
   あの~ 玉置さんの司会してた「歌のアルバム」と
玉置:はい あの~
澤田:日曜日?
玉置:「歌のアルバム」が1時15分に終わると 1時15分から「家族揃って歌合戦」
澤田:はぁはぁはぁ
玉置:で あれが まず東京で収録する事がありませんで
澤田:そうですねぇ~
玉置:全部地方を廻ってました ほいで ずっと「歌のアルバム」のプロデューサーをしてた人が 局の中で
   人事異動で「家族揃って」に替わったんです
澤田:はぁはぁはぁ
玉置:ほいで 「歌のアルバム」をやってる頃 その人が外で つまり 東京を離れて公開放送をやる時
   必~ず雨が降ったんです 「雨男」
澤田:雨降り男
玉置:その「雨男」が「家族揃って」に配置替えになりました そのプロデューサーの元で初めて地方へ行く時に
   もうカンカン照りなのに レインコート着て 長靴履いて うふふふ(笑)
澤田:あっはっは(笑)
玉置:新幹線の乗り場へ来た というね いたずら大好きな人でした てんやさんは
澤田:ああ なるほどねぇ~
玉置:普通だったら プロデューサー「ちょっと洒落がきついんじゃない?」ってところだったんですがね
   てんやさんだったら 許されちゃう訳ですよ
澤田:あの~ 雰囲気が物凄く 何ていうか 柔らか~い司会でしたねぇ
玉置:は~い そうですね
澤田:司会っていうのは「テキパキ」と こう運ぶもんなんですけど
玉置:はい
澤田:そうじゃなくて いかにも「家族揃って」っていう感じの司会でね
玉置:もう必ず「フォロー」してましたね
澤田:ええ そうですねぇ~
玉置:ええ ええ
澤田:そういう感じが 人柄がそのまま出る 漫才でもある訳だし 司会もそうだったし 全部そうでしたねぇ
玉置:そうでしたねぇ  まぁ とにかく 今日のは 昭和61年頃の放送と
澤田:はいはい はい
玉置:と もう この時点では わんやさんの「糖尿」がかなり進んでましてねぇ
澤田:はぁ~ ええ で てんやさんが かなりこう どんどんどんどん 引っ張ってるんですね
玉置:そうなんです はい ですから一緒に食事をしても あの 仮に弁当が出たりしても
   「え~と これを食べると 何カロリーだから 今日のおかずの中の これは今日はちょっと控えなきゃ」
   とか もう既に61年ですと わんやさんが そういう状況だった頃ですねぇ
   今日は「歯医者」「厄払い」 テレビで演じました 獅子てんや・瀬戸わんやの二席でございました

   いつもの通り 澤田隆治さんと 御一緒に進めてまいりました
   どうも ありがとうございました
澤田:どうも ありがとうございました

お相手は 席亭のわたくし玉置宏でした それでは次回をどうぞお楽しみに
本日も「ラジオ名人寄席」への御来場 誠に有り難う存じました


*2002(H14)/03/13 2004(H16)/08/18再放送

*「漫才の水曜日」の解説は 玉置宏と澤田隆治の掛合いの為 「文字起こし」が難しい
今回は暫定的に公開しました

2005(H17)/08/15(月)の放送

2005-08-15 23:46:43 | 落語 演芸/放送後記
衛星落語招待席/衛星劇場
2005(H17)/08/15(月) 11:30-12:00
春風亭正朝 「野ざらし」 2004(H16)/02/24 新宿末広亭 収録
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ラジオ名人寄席(再放送)/NHKラジオ第2
2005(H17)/08/15(月) 12:10-12:35
五代目 柳家小さん 「万金丹」(1)  1988(S63)/10/14 第352回 東京落語会 とのこと
席亭:玉置宏

「残しておきたい江戸情緒 下座のお囃子 寄席幟」
「ラジオ名人寄席」 あたくしは席亭の玉置宏でございます 御来場 誠にありがとう存じます
この「ラジオ名人寄席」には 嘗て一世を風靡いたしました 東西演芸界の「名人」「上手」「人気者」が
それぞれの十八番で御機嫌を伺います

◆席亭解説(演目放送前)
今席は 4代目柳家小さん師承の得意ネタで え~ 四代目の師承も大変好きなお噺だったようでございます
したがいまして 弟子筋の五代目さんも じっくりと先代から稽古を付けて貰ったネタだそうでございます
上方では「鳥屋坊主」 「鳥屋坊主」と書いて「とやぼうず」と読みますが え~ そういう題名で演じられて
おります
旅芸人が旅先でお客さんの入りが悪くて 動きが取れなくなってしまう事を「御難に遭う」とか「鳥屋につく」と
こう云うんでございますがね
これに引っ掛けて「鳥屋坊主」と云う題で やる様になったようです
まっ「サゲ」迄いきますとね その意味が判って頂けると思うんでございますが
それでは 昭和63年(1988) 10月14日 352回 東京落語会の高座から 五代目柳家小さんさんの「万金丹」
今日は その1 でございます
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
◆席亭解説(演目放送後)
お時間でございます 「万金丹」 この続きは次回に譲って頂きます
え~ 五代目の小さんさん 二つ目の時代 柳家小きんの時代でございますねぇ
もう既に この「万金丹」を得意にしておりました
で 当時 若手の有望株が6人が抜擢されまして NHKラジオへ一緒に出た事が有るんだそうです
その時も自信の有る「万金丹」を出しました ところが何故か評判が良くなく 新聞に大変厳しい「評」が
書かれてしまったんだそうです
小きんさんが落ち込んでおりますと 四代目の小さん師承が「良いんだよ うん あのなぁ 橘のお婆さんが
ラジオを聴いて 誉めてたから 心配する事はないよ」
こう云ってくれて ホッと胸をなで下ろした事が有るんだそうです
当時「寄席の三婆さん」といって 耳の肥えた寄席のお婆さん 「その内の一人が誉めてくれた」 それからは
気を取り直して 五代目も自分の持ちネタとして この噺を磨いたんだそうでございます
以後は 小さん一門に このお話は ず~っと伝えられております
東京落語会の高座から お送り致しました「万金丹」 今日は その1 でございました
次回はいよいよ「お坊さん」に成りまして え~ また 騒動が巻き起こるんですが 「蒟蒻問答」なんかとも
ちょっと似たところのある噺でございますねぇ
どうぞ御期待下さい

お相手は 席亭のわたくし玉置宏でございました
本日も「ラジオ名人寄席」への 御来場誠に有り難う存じました


*2003(H15)/06/09 2004(H16)/08/16再放送
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浅草お茶の間寄席/千葉テレビ
2005(H17)/08/15(月) 19:00-19:55
桂米福 「芋俵」
桂竹丸 「秘伝書」
三笑亭夢丸 「辰巳の辻占」
収録日時? 浅草演芸ホール 収録

◆オープニング
案内人:小笠原聖  桂竹丸(演芸場外より)番組名発声のみ
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*未チェック
BSふれあいホール お楽しみ寄席/NHK-BS2
2005(H17)/08/15(月) 18:00-18:45
歌謡漫談:東京ボーイズ
ギター漫談:堺すすむ
ウクレレ漫談:牧伸二
2005(H17)/07/14 東京渋谷NHK みんなの広場ふれあいホール 収録
司会:国府弘子