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お山にお宮がたちました

お山の神様と神社仏閣めぐり

狛犬

2021-09-30 05:11:00 | 田舎の神様のこと
もう少しで津野山の神様の元に狛犬が行くことになります。

琴さんから連絡が来て、狛犬と灯籠がやって来たというので、琴さんと誠さんのお山の事務所に見に行ってきました。可愛い狛犬で手作りのお宮にぴったりです。

私も仕事がバタバタで、暫くお邪魔してなかったのだけれど、琴さんと誠さんもお仕事が忙しかったようで、お互い連絡出来てなくてずっと気になっていたとお話ししました。

11月中には津野山の金刀比羅様のところに狛犬を据えたり、恵比寿様の祠をきちんとしたいと話してくれました。
お山の神様の事を知って2年でここまで来ました。お山の神様の事を教えてくれた山さんにも感謝です。

金刀比羅様が終わってから、耳の神様のところに取り掛かってくれるようで、本当に有難くて琴さんや誠さんみたいな方はなかなかいないと思います。

狛犬は、琴さんと誠さんの古くからの友人でもあり、私のお客様でもある社長様が奉納してくれたとのことです。それも本当に有難いことです。
お商売をしている人は、神様事は喜んでやってくれるよと言ってくれました。
石の狛犬はとてもお高くて、津野山に縁があるわけではないはずなのに何だか有難いです。

その社長さんは、雰囲気がアンパンマンに出てくるジャムおじさんに似ていて、優しくて暖かくて大好きな社長さんです。奥様も可愛くて、とても親しくさせて頂いています。

お山の話を誠さんに聴いたとかで、私は仕事で訪問した際に詳しく1時間ばかり、神様がいらっしゃる事がわかった経緯から草ボウボウだったところ祠を建てた事、そして、琴さんのおばあさんの縁で有難いことにお宮が建ったことなどなど、この一年の出来事をご夫婦に話したのでした。
とても良い話だと言ってくれたのですが、まさか、ここまでしてくれるなんて思ってなくて、人の優しさが今も渦を巻いて広がっています。

あとはやはり、誠さんと琴さんのお人柄です。友人とお酒を飲みながら、僕はお宮を建てゆうけんどあんたらは何してくれるで??と笑って話したようです。
じゃあ、僕は狛犬を。。
そしたら、私は灯籠を。。
と言ってくれたようです。お高いのに本当に有難いです。皆様のお仕事がこれからもどんどん伸びていくようお祈りします。

灯籠を奉納してくれた方は、私はお会いしたこともない方だから、いつかの機会にお礼を言わないといけないなと思ってます。
何だか、皆んなの心を綺麗にしながら、お山の神様のところが美しく甦る感じがして本当に嬉しいです。



天地人 そして水

2021-09-29 06:48:00 | つぶやき
赤ちゃんの目は水晶のように澄んでいてずっとみていたくなります。
私は赤ちゃんが大好きです。
もし、人が水に満たされているとしたら
赤ちゃんは濁りのない綺麗な水で満たされているのでしょうね。

瞑想をしていると心コロコロ。
あれこれ次々と色んなことを考えます。
空とか無とかには、なかなかなれなくて、気がついたら空想家になっています。
悪い想念はあまりなくて、気がつくと良い事を色々考えてたり、どうでも良い事を考えてたり、お遍路の思い出に浸っていたり、お山の神様のことを考えてたり心コロコロです。
ふっと、人が水で満たされてるとしたら、、なんて朝の瞑想で空想していました。

頭のてっぺんに天から美しい水が毎日一滴💧注がれます。
人間の身体の一番下から毎日一滴、地に水を戻します。
身体の中はその人の身魂の美しさの水に満たされています。

善行を積めば身体の中の水は美しくなります。
人に優しくしたり、良い言葉を使ったりすると清らかになります。
逆に不平不満愚痴悪口泣き言を言ったり、人に意地悪をしたり、いじめをしたりしたら水は濁ります。
食事も添加物は濁るし、アルコールの暴飲や薬物なんかはアウトでしょうね。もうドロドロです。
逆に自然の恵みや、体に優しいものは身体の水を綺麗にします。

そしてピカピカで預かった水を人は少しずつ濁して地に返していきます。
地は一生懸命その水を浄化し天に返していきます。
まさに大祓祝詞の種々の罪を祓えの神々が綺麗にしてくれている感じです。

そう考えた時に、綺麗な水を貰って汚い水を返していくのは神様に迷惑をかけて申し訳ない事だと思いました。
皆んなが皆んな汚い水を返していくと神様も大変だろうなと空想が膨らみます。

地球が悲鳴を上げているとか、人の改心が必要だとかよく耳にするのです。
人は天と地を繋ぐ役割があって、その役割の中に生きている事を自覚しなきゃいけないんじゃないかなと思いました。
出来るだけ綺麗な水を地に返さないといけないなと思います。

皆んなが汚い水を返していたら、水の濁りが限界になって大浄化の為に災害が起こるのではないかなと思ったりします。
だから何もかも人の責任。。。
せっかくこんな美しい星に住まわせてもらっているのだから、綺麗な水を返すのが人のお役目なのではないでしょうか。

こんな偉そうなこと言ってる私の水がどれほどのものか、神様にしかわからないでしょうけど、私の一番綺麗な水を、毎日地にお返ししたいなと心から思います。毎日が修行なり。

もし、一日の言動がその一滴✨💧✨に詰まるとしたら、一日一日を大切に清らかに優しく生きていかないといけないなと、朝の瞑想で思いました。



空也上人

2021-09-28 05:41:00 | つぶやき
愛媛県は札所が密集していて、一日で沢山まわれるので、頭の整理のために復習はとても大切です。復習しないと訳がわからなくなるのです。。

私自身の頭の整理、つまりお遍路の記憶整理のためにブログを書いているのですが、お付き合いくださっている方、写真ばかりのアルバムのようなブログを読んでくださって本当に有難うございます。読んでくださるだけでとても嬉しいです。

さて、浄土寺をお詣りした時のこと、納経所にて空也上人のポスターが目に飛び込んできました。
空也上人の事を私は知らなくて、口から何かしら仏様が出ていて何なんだろうと思いました。持っている杖も独特だし、身なりは質素で痩せているけど、何とも言えない力強い風貌をしていて、この方は一体何をされた方なんだろうと不思議に思いました。そして帰ってから調べてみました。

きっとご存知の方も多いと思います。日本史を学ばれた方は知っていると主人が言ってたので、つくづく私は知識が乏しいなぁと思いました。今からでも遅くありませんから学びます。

空也上人は平安時代の僧で六波羅蜜寺の開祖であります。自分で彫った十一面観音像を祀る道場として建立したのが西光寺(後の六波羅密寺)です。

当時荒れ果てていた京都市内を空也は台車にその十一面観音像を乗せて、念仏を唱えながら歩き、病気や貧困で苦しんでいた人々を癒したといいます。

わらじで鹿の角の杖を持ち、首から下げた鉦(かね)を鳴らしながら、念仏を唱え歩き、空也上人が「南無阿弥陀仏」を唱えるとそ の一音一音(南・無・阿・弥・陀・仏)が阿弥陀仏になったという伝説を空也像は彫刻であらわしています。

手に持ってある鹿の杖は、空也自身が貴船山にこもっていた時に可愛がっていた鹿が殺されてしまい、その鹿を空也が哀れんで自分自身の杖に付けたものと伝えられています。
痩せていますが民衆と共に生活した空也上人を人々は尊敬をこめて市聖(いちのひじり:市民のための聖者)と呼びました。

一説では皇室の出で、尾張国分寺で出家し空也と名乗り、若い頃から在俗の修行者として諸国を廻り、「南無阿弥陀仏」の名号を唱えながら道路・橋・寺院などを造るなど社会事業を行い、貴賤を問わず幅広い帰依者を得たといいます。
その後70歳で六波羅蜜寺で亡くなるまで、身分や思想に関係なく多くの人を救われたようです。

早速、本を買いました。




凄い方だと思いました。いかにしてここまで精神性を高められるのか。
我を無くし慈悲の心で人々のために尽くす。まさに六波羅蜜の修行を成し遂げ悟りの境地に至った聖者。

心から尊敬するアフガニスタンで人道支援に取り組みお亡くなりになったNGO「ペシャワール会」の現地代表の医師の中村哲さんに重なりました。

今の時代は、空也上人の生きた時代とは違い、物が溢れ飽食であり豊かになったと思うのですが、違った意味で人は満たされず苦悩している方が沢山いらっしゃいます。

いつの時代にも形を変え苦悩はありますが、この本を読んで、如何なる境遇に生まれようとも、如何なる条件でスタートしようとも、そこから不平不満を言わず、いかに自分の魂を磨き高め生ききることが大切かということを教えて貰いました。
自分を高めることによってのみ、波のように美しい波動を広げ人をもプラスに導けるんじゃないかなって思いました。

いつまでも人々の心に残る生き方。
どうすれば人を救えるかということを追求し、自らを救った御方が空也上人。
生まれた境遇を苦悩し、自分を救い、名を空なり(空也)とし仏に導かれ愛を込め人を救い生き抜いたその生き様が美しくて心に響きました。


四国八十八箇所お遍路 第四十九番札所 浄土寺

2021-09-27 06:00:00 | 四国八十八箇所 別格二十箇所
第49番札所の浄土寺は愛媛県松山市にある真言宗豊山派の寺院であり、山号は西林山、院号は三蔵院であります。

山門をくぐるとすぐ仏足石があります。


こちらもお詣りさせていただきました。


本堂です。

御本尊 釈迦如来
本尊真言 のうまくさんまんだ ぼだなん ばく
御詠歌 十悪(じゅうあく)のわが身を棄てずそのままに 浄土の寺へまいりこそすれ




浄土寺は空也上人(903〜72)の姿がいまに残る寺である。
腰のまがったやせた身に、鹿の皮をまとい、ツエをつき鉦をたたきながら行脚し、「南無阿弥陀仏」を唱えるひと言ひと言が小さな仏となって口からでる姿が浮かぶ。
道路を補修し、橋を架け、井戸を掘っては民衆を救い、また広野に棄てられた死体を火葬にし、阿弥陀仏を唱えて供養した遊行僧、念仏聖である。
紹介HPより。 

空也上人の事を知らなかったのですが、生涯をかけて人々を救った方なのですね。
こちらにある空也像は、重要文化財として国が指定している空也彫像のうちのひとつであり、鎌倉時代の作と云われています。

本堂と大師堂の間にお大師様がいらっしゃいます。

本堂厨子には、室町時代~江戸時代にかけての落書きがあり、貴重な歴史資料が残っているそうですが一般公開はないようです。。

紹介HPより

大師堂です。


納経所に向かう途中に七福神様が並んでいました。

森白象の石碑があります。
「お遍路や杖を大師とたのみつゝ」
とかかれてあります。
これは四脚門の手前右にあります。




本堂向かって左側の「阿弥陀堂」「愛染堂」の裏側に進んでいくと、49番奥の院「牛之峰地蔵堂」があるようです。
階段が整備されていて、5分も歩けばたどり着くらしいです。

知らなくてお詣りできませんでした。
八十八体の仏像も並び「八十八ヶ所参り」もできるようになっているようです。
もし次の機会があれば是非行きたいなと思いました。




四国八十八箇所お遍路 第四十八番札所 西林寺

2021-09-26 06:54:00 | 四国八十八箇所 別格二十箇所
第48番札所となる西林寺は、伊予の関所寺で、境内は周りより一段低い場所にあり、邪悪な者が踏み入れると無間地獄に落ちると考えられています。


寺の前に小川があり、きれいな水が流れている。門前にはまた正岡子規の句碑があり、
「秋風や高井のていれぎ三津の鯛」と刻まれている。
「ていれぎ」は刺し身のツマに使われる水草で、このあたりの清流に自生し、松山市の天然記念物とされている。
紹介HPより。

山門をくぐると手水舎があります。

境内はこんな感じです。
聖武天皇の勅願により行基が建立した寺院で、弘法大師が巡礼の際に滞在し今の地に移したと伝えられています。


本尊の十一面観世音菩薩は弘法大師が刻んだと云われ、本堂に後ろ向きで安置されているため、裏側に回り参拝する人が多く見られる。
また、弘法大師が干ばつに苦しむ民衆のために杖をついて水源を見つけたという伝説も残されており、周辺には今もなお枯れることなく清水が湧き出ている。
紹介HPより。

奥の院

Wikipediaより

こちらが本堂です。
本尊は秘仏で、前立仏と脇仏の不動明王立像・毘沙門天立像は拝顔できます。

ご本尊 十一面観世音菩薩
本尊真言 おん まか きゃろにきゃ そわか
ご詠歌 弥陀仏(みだぶつ)の世界を尋ね行きたくば 西の林の寺に詣(まい)れよ

大師堂です。




蓮の花が咲く弁財天池です。


閻魔堂の跡に新しい阿弥陀堂が2018年新春開闢されたようです。


遍照殿です。
遍照は桓武天皇の孫という高貴な生まれであるにもかかわらず、出家して天台宗の僧侶となり僧正の職にまで昇ったこと、また、歌僧の先駆の一人であることなど、遍昭は説話の主人公として恰好の性格を備えた人物であったといわれています。


納経所手前にお地蔵さんが並んでいました。




納経所前の庭園には、お詣りすると1つだけ願いを叶えてくれるという、幸せを授けてくださる福授地蔵様がいらっしゃいます。

お願い事はそれでもあまりしないようにしています。