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私の 37か国の 旅日記

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イザベル女王とカルロス5世の居城

2016-12-18 15:54:37 | 日記
城の中には、乙女の庭と人形の庭があり、ルネッサンス+バロック+イギリス+
フランス風と、様々に、形が変わったスタイルの庭園が楽しめて お見事。
なかなか、しゃれていて、見応えもあった。是非必見。

広い庭園を囲むアラブ風の長い回廊を歩いていると、遠くの方からイザベル女王
が現れて来るような、錯覚にさせてくれる、不思議な雰囲気が、ここには有った。

この城の見所の大使の間は壁面をアラベスク模様で飾られ、謁見の間として使わ
れた。当時の王様の優雅な生活を、かいま見ることが出来た。

もう一つの天井の間は、杉材を使った天井にカルロス5世とイザベル女王の肖像
画が描かれていた。
今の時代には考えられない、手の込んだ贅沢の限りを尽くして建てられていた。
ここも、ゆっくり時間を掛けて観たかったね。

1929年、イベロアメリカ博覧会開催を、記念して建設された。半円形の建物
で、両端に塔が建つ。半円の内側は広い広場で、ここに水を貯めた運河が有り、
橋と散歩道はブルーの絵タイルが使われ装飾されていた。
建物と広場は掴み所が無いほど、広くて大きい。

     ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・point

セビリアについて アンダルシアはスペインで4番目に大きな街で、
   フラメンコと闘牛は、、この地方が本場で、古称イスパニアは、こ
   こから来ている。ビゼーの「カルメン」モーツアルトの「ドン・
   ジョバン二」「フィガロの結婚」ロシ―二の「セビリアの理髪師」
   など、名オぺラの舞台にもなった処。
     G,Bより・・・・・・・・・・・・・・・・・・end

🍀 明日に続く。


ユダヤ人街の路地名が 水、命、胡椒、十字架、だった

2016-12-15 16:52:43 | 日記
この地方のシュエリー酒は、当たり外れが無く薬効の役目も果たし、長旅の
疲れも癒してくれるという。

サンタクルスの家が密集した、ユダヤ人街の中のレストランで、昼食を取る
ため街中に入ってきた。白壁にからし色の窓と細い路地で情緒の有る地区。
その路地には、こんな名前が付いていた。水(アクア)命(ビダ)胡椒
(ピネント)十字架(クルス)それぞれに意味が深い。

その路地を出た所で、ギターを弾いている青年がいた。「アルハンブラの想
いで」を弾いてくれないか、頼んでみたが、なぜか首を横に振るだけだった。
ギターを上手に弾いているので、弾けないことはない。大分昔の曲で、若い
彼は知らないのかな。

スペインを代表する大歌手フリオ・イグレシアスの歌う「雪は降る あなたは
来ない」をスペイン語で歌っている、彼のカセットを買って帰ろうと、随分
探したがない。彼もスペインでは過去の人かな。

ヒラルダの塔。セビリアの街の何処からでも観える、街のシンボル的な塔で、
高さが68M。塔の最上部は高さ4M、重さ4Tのヒラルダの女性像があった。
塔の展望台まで登ってみた。ラセン状の階段に1~38番まで番号が付いて
それを数えながら登った。

昔は、このスロープを馬で駆け上がったという。この教会には、王様だけの
礼拝堂やアメリカ大陸を発見した、コロンブスの墓もあった。
ヒラルダはコロンブスによって知られ、重要な港町となった。

アル・カ―サ建築は、スペインで生まれたムデハル様式で、壮大で華麗な
アラブ風の城、歴代の王によって改築が繰り返された。
🍀 明日に続く。

” ビバ ミハス ”

2016-12-15 15:54:24 | 日記
冬の季節なのに、鮮やかな花が咲く。周りの風景に華やかさを添えていた。
積み木を並べたように、白い家々が、海と空に溶け込んでいる。
この景観に、思わず 〝 ビバ・ミハス ” と呟いた。
寒い日本には帰らず、ここで、長期滞在 な~んてね。不審な気持ちになった。

バスはミハスに来た同じ道を少し戻り、コスタ・デルソル(太陽海岸)へ向けて
走る。トレモレノスの街の中心に有るホテルに着いた時は日暮れていた。

今日のホテルは、海に向け扇型に建つ大きなホテルだった。夕食後、旅好きな
旅友と、ワインを飲みながら時間の過ぎるのも忘れ話が弾む。

海から波の音が聞こえて来るだけで、夜は静かに更けていった。

12月28日(火)コスタ・デルソル~セビリア~バルセロナ

朝食後、バスの出発まで、30分時間が有るので、まだ薄暗い夜明け前だが、
トレモレノスの海岸へ一人で出てきた。
早朝の海岸は、人影もなく広々としていた。海は穏やかで沖を漁船が通る。
海と空一面が、朝焼けに照らされいた。ホテルも山も街全体が朝焼けに染まり
始めていった。

何気なく海に向かって立っていると、突然、大きなオレンジ色の太陽が、力強く
昇ってくるではないか。時間にして数秒だったが、予期しない出来事に、一瞬
我を忘れた。なんて、ラッキーなことか。

アンダルシア最大の街、セビリアへ向かう。セビリアも」古い古都で、ギリシャ人、
フェ二キュア人、ローマ人がこの地を支配し、その後、8世紀~13世紀まで、
イスラム教徒の支配が続き、異文化が混ざり合いエキゾチックな街が出来た。
🍀 明日に続く。

マガラの街の風景

2016-12-12 11:22:49 | 日記
人間の知恵とは、なんと偉大なことか。職人達は王様のため懸命に知恵を働
かせ考えたという。その職人達は秘密を守るため、残酷にも殺されることも
有った。細かいアラベスク模様の中に、自分の頭文字を、解らないように、
残して逝った人もいた。計り知れない葛藤も有っただろう。

アラべスク模様を観ているうちに好きになった私は、様々な模様の中から気
にいった形を捜しだし、頭の中で組み替えてみた。なんと新しい斬新なデザ
インが出来上がった。こんな楽しみ方も有ったね。

バスはグラナダを出てコスタ・デル・ソルの中心地マラガへ向かう。前方に
視界が開け地中海に面した海岸線へ出てきた。
この対岸はアフリカ大陸で、モロッコも観える。反対側は岩山が延々と続く。

高層アパートの立ち並ぶ国際都市マラガの港町が、観えてきた。ピカソはこの
マラガで生まれ育った。生家も残されている。
 
海岸沿いに300Kに渡り保養地が続く。貸別荘やコンドミニアムが並び、
夏は、アメリカやヨーロッパから観光客が来てバカンスを楽しむ。

ミハス山脈の麓にあるミハスへ到着。マラガから31K。

一時間の自由行動が有り、ミハスの街の散策を楽しむ。珍しい四角の闘牛場を
見学。闘牛は5月~9月まで開催されるので、今はシーズンオフで牛一匹も
いない。前方には紺碧の海が広がる。解放感で一杯。

平均気温が22度、一年中花が絶えない。今はマグノリアの木がピンクの花を
付ける、遠目に桃の花かと思った。

🍀 明日に続く。

ムーア人が異郷に残した 最も美しい遺産

2016-12-11 14:22:15 | 日記
ヘネラリフェ(夏の離宮)離宮の中を通り外に出た。雨で濡れた石畳の道を
10分程歩いたところに夏の離宮は有った。
王の夏の別荘として14世紀に建てられ、水を豊富に使い大小の噴水や池も
作られ、冬の季節は咲く花も少ない。綺麗に刈り込まれた糸杉や生け垣の間
を歩いた。天国を再現した庭園は、造りもダイナミックでいかにも、アラブ
人好みの庭園だった。

建物の持つ魅力は、歴史や伝説が語り伝えられる事により、より一層興味が
わき見飽きることのない、イスラム建築の宮殿だった。
もう少しゆっくりした時間が、ここで取れたら、最高だったが。残念。

スペイン駐在のアメリカ外交官、アービングによって脚光をあびることにな
った、アルハンブラ物語には、ムーア人が異郷に残した、最も美しい遺産と
書いた。ここはスペインを代表する観光地。

     ちょっと・・・・・・・・・・・・・・・・・point
   この王宮を観る視点を少し変えてみよう。なぜならば、ここは、
   アラブの王宮。本来ならジュータンが敷かれ、人々は床に座った
   り寝そべったりする生活を送っていたので、足元と天井に視点を、
   置いてこそ、アルハンブラ宮殿の良さが解かる。
   また宮殿内を歩くと右左にやたらに廊下が曲がっていて、階段も
   登ったり降りたりと、目まぐるしく変わる。
   これは敵の眼を欺き、簡単に進入されないよう工夫がされている。
   暗い部屋、明るい部屋と設け、光を巧みに取り入れ、利用されて
   いる。これだけでは無く、話し声が外に漏れないよう水を使い細工
   がされていて、声が壁を伝わって相手の人が、離れた所でも聞き
   取る事が出来た。すごな アラブ人。
      G,Bより・・・・・・・・・・・・・・・・END
🍀 明日に続く。