サンチョパンサの憂鬱

サンチョパンサの食卓 (10)

人の数だけ正義がある。
なぁ~んて何時だったか書いた。同様に『美味い』も人の数だけ存在する。ま、美味いの評価は人によって千差万別の違いがある。

それはとても健全なことなのである。

しかし昨今は『美味い!』とされるモノがとても少なくなっているのである。
『人の目線・言説』を気にする余り自分では美味いか否かの評価が出来なくなった人達が激増したからである。

世の中で騒がしく喧伝されるものにしか賛意を評せないのである。
聞きかじった評価なら自信を以て言える。その聞きかじりの聞きかじりを声高に唱える人達……そんな巡りで同工異曲の『妙なグルメメニュー』が世に溢れかえっている惨状……。

そこまで自分を見失った人には恥がない。
人の数の多さと勢いさえあればどんな恥晒しでも何でも言えるようになる不思議である。
結構恥ずかしいこと羅列してるんだけど『自分の姿が見えない強み』って奴なんだろうなぁ?

また……自分の中にも『相反する分野の美味しい』は存在するのである。

チキンラーメンとか金ちゃんラーメンとかUFO焼きそばとか冷蔵しなくても腐らない魚肉ソーセージとか……結構ジャンクな分野に自分の美味しいがあることも白状しなきゃなりません。

昔から『名物に美味いもの無し』っていう。
有名で『皆がお土産に買う』けれど……コレどう考えても上手くは無いよね?って奴である。

この言葉を初めて言った人は恐らく『自分の心に正直だった人』だと思う。
そしてとても勇気がある発言だなぁ?って僕は思う。


僕の様な弱小飲食店は、百人中の五、六人の人が『美味い店』と承認してくれる事を目指す店である。但し、熱狂的にマニアックに支持して貰う必要がある。
だから必然的にコンビニと真逆に商圏はとても広くなるのである。

逆に言えば百人中.九十五人は美味しいと支持してもらえない、分かって貰えない境遇を運命的に背負っているのである。

そこへ『ミスター・ミズ平均人間の方々』がやって来て『分かった風な批評』を口にされる度に辟易となるのである。
イチイチ、『ウンウン分かって貰えないですよね?』なぁ~んて話してる隙なんぞないのである。

確率論的に『分かってもらえない?』を前提にしてる店でのそんな言動ってとてもお間抜けさんなんだけど何せ数を背景にしてるから恐ろしく断定的な態度を取られるのである。

その度に『陳腐だなぁ?』なぁ~んて辟易、飽き飽きしてる僕の心も『分かって貰える筈もなく』なのである。

そんな多数派の恩着せがましく騒々しい輩には専らプライス攻撃が高い効果を上げる。
ゴメンナサイ、これは思い上がっての暴挙なんぞではないのです。

言われ放題、演られ放題の中、値上げはそんな輩達に対する『数少ない専守防衛作』なのです。
悪しからずご了承下さいませな……。

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