コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

ビジネス環境を整備せよ

2010-11-16 | Weblog
久しぶりにトーゴに出張して、ロメの街の雰囲気が明るくなっていることに驚いた。まず何より、海岸沿いの目抜き通りが、きれいに整備されていた。欧州連合(EU)の協力で工事が完成したものだ。片側2車線の幹線道路の完成で、車の流れが円滑になるだけでなく、歩道や交差点などが整然となって、街がひきしまる。街灯が美しく並んで、夜は明々と点灯している。つい先日まで、日が暮れると暗闇の通りであったことを思うと、大きな違いである。

ホテル「サラカワ」のロビーは、一日中おおぜいの人々で賑わう。ロメにある欧米水準の一流ホテルといえば、この「サラカワ」しかないから、畢竟多くのビジネスマンがここに集まって来る。それでも、2年前にはこんなに大勢ではなかった。明らかにたくさんの人々が、ビジネス目的で、外国からロメを訪れるようになっている。テーブルを囲んで、ラップトップを開けて、真剣に商談をしている。

仕事の相手と食事をするために、フランス料理屋「ラ・ベル・エポック」に出かけた。ここは、本格的なサービスでフランス料理を出してくれる、ロメ唯一の料理店である。これまでも何度も使っているけれど、いつも客はちらほらだった。ところが、今回行ってみたら、ほぼ満席である。店主に聞いてみたら、ここ数ヶ月はこの調子で商売繁盛だ、と得意げである。これも、トーゴに欧米の人々がおおぜい戻ってきていることを物語っている。

これは決して偶然ではない。今年3月の大統領選挙で、ニヤシンベ大統領が平穏に2選目を決めただけでなく、仇敵のジルクリスト・オランピオ氏と歴史的な和解をして、挙国一致内閣を実現した。トーゴは、政治の不安定を克服し、いよいよ経済発展の出発点に立った。トーゴにはその港とともに、地域の経済の要衝となりうる潜在性がある。それなのに長い独裁政治の間、経済は停滞していたので、今からやるべきことはいっぱいある。だから、目先の利く欧米ビジネスマンたちは、もう投資を始めているのである。

私は、ウングボ首相、オイン外相と会って、懸案をいくつか片付け、さらにニヤシンベ大統領とも会談した。大統領は、私がロメを訪れるたびに、必ず会ってくれる。だから、いつもの私からの挨拶、大統領からの日本の協力への感謝、という社交辞令の交換を越えて、いろいろな話をするようになっている。今回の話題は、貿易と投資の促進である。

私はニヤシンベ大統領に対して、ひととおりの挨拶を済ませた後、仇敵だった野党と連携を組むことを認め、国民和解を果たした英断を高く評価する、と述べた。大統領はお立場上あまり出向かれないかもしれないが、街のホテルやレストランは、欧米からのビジネスマンで賑わっている、明らかに人々はトーゴが政治対立を乗り越えたことを歓迎し、商機を見出し始めているのだ、と説明した。今、本格的に貿易や投資を促進する好機です。そのための施策に、早速とりかかるべきです。私はそう進言した。

ニヤシンベ大統領は、いつもの温厚な様子で話し始めた。
「政治は落ち着いたとしても、経済はまだまだひどい状態にあります。国民の生活水準は貧しく、基礎的な分野が満たされていない。人々は経済・社会開発を必要としています。日本には、本格的な経済協力を期待しています。」

大統領、日本はこれからトーゴへの経済協力を強化していきたいと考えています。けれども、ほんとうに国民の生活を貧困から救うのは、国の経済発展です、と私は説く。経済が成長をすれば、国民は自ずから豊かになっていく。だから、そのために貿易・投資を促進することが重要だし、トーゴにはそれができるはずだ。

大統領は答える。
「すでに世銀やアフリカ開銀などの専門家に来てもらっており、彼らからいろいろな助言を得ています。産業の振興には、何より産業インフラの整備が重要です。発電所を建設し、送電網を整備し、幹線道路の改善を進める。しかし、そうした計画は長期にわたるものであり、一朝一夕には進まない。国民は、もっと切実に生活の改善を求めている。どうしても、そちらの方が急がれるのです。」

大統領は、やはり経済開発の視点でものを考えている。私は、インフラの建設なども大切だけれど、もっと手近にできることがある。それはビジネス環境の整備ですよ、と説く。商機のあるところには、自然に企業人が集まってくる。自然に投資がやってくる。そこで大切なのは、そうした企業人や投資を、繋ぎとめることです。がっかりさせないことです。

まずは、現地法人を設立したり、商売の認可を取ったりするのに、書類が煩雑だったり、手続きに何ヶ月もかかるようでは、うんざりしてしまいますね。また、商取引法などビジネスの規則がきちんと整っていなかったら、これも嫌気がさしてしまいます。商売に予見性がなくなり、つまりは予測不可能なリスクが出てきて、投資などは物怖じしてしまう。それから、トーゴはフランス語の国ですから、ちょっと不利ですね。

「フランス語ではだめですか。」
大統領は、ちょっとむっとした顔つきをするので、私は言う。やはり、インターネットなどでもそうですけれど、ビジネスの世界では、英語です。フランス語とともに英語と両方でビジネスができた方がいい。少なくとも、日本のビジネスマンたちは、フランス語しか通じないと聞いた途端に、もう諦めてしまう。それでもトーゴは、英語圏のガーナの隣国ですからね、英語にはかなり慣れているはずだ。英仏両方で行けばいいのです。

そして、私は一番大事なことがある、と話を進める。やるべきことは、汚職追放ですよ。残念ながら、トーゴには汚職について必ずしもいい評判はない、と私は大統領を前にかなり率直に言う。警察や税関や役人が、何かにつけちょっとしたお金を要求する。これは、ビジネスの人々にとって、とても悩ましい。企業会計上、そのような賄賂を支出項目に入れることができないのです。結局、一流企業は来られなくなって、怪しい会計ができるような個人企業のようなところしか、寄ってこなくなる。

「汚職や賄賂は、長年にわたって慣習化してしまうと、簡単には排除できなくなる。じっくり時間をかけて、少しずつ社会を変えていくしかないのです。」
ニヤシンベ大統領は、手短にそれだけ言った。私は、それはよく分ります、と答えて、それ以上深入りはしなかった。

実際のところ、汚職や賄賂というのは、日本では単純に犯罪であり、社会人としての倫理の逸脱と片付けられる。つまり、一部の悪徳役人の仕業である。しかし、多くの開発途上国では、社会の機能に組み込まれている。たとえば地方の役人など、行政経費がまともに支給されていないので、関係業者から車やガソリン代をもらわなければ、自分の仕事ができないのだ。また誰もが、大なり小なり、汚職や賄賂で生計を立てているようなところがある。それに、アフリカは相互扶助の社会文化にある。それぞれの役職や立場に応じて、個人的な便宜を図ることは、悪いことであるとは思われていない。行政の公正性、中立性といった概念が余りしっかりしていない。

だから、アフリカの人々に、汚職追放といった話をしても、困ったなといった顔をされることが多い。それでも私は、政治の懸案を見事に片付けて、いよいよ経済・社会の繁栄に向かおうとしているトーゴには、ビジネス環境を整備して、経済発展の王道を歩んでほしいと思っている。日本をはじめ欧米先進諸国の一流の経済を相手にするには、汚職と賄賂のない社会にしていかないといけないのだ、ということを、ニヤシンベ大統領ならば分ってくれると考えたのだ。

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