コートジボワール日誌

在コートジボワール大使・岡村善文・のブログです。
西アフリカの社会や文化を、外交官の生活の中から実況中継します。

蝙蝠が飛ぶべき日

2010-12-15 | Weblog
二人の大統領、二人の首相、二つの政府という事態で、多くの人々が困惑している。ここの商工会議所は、困惑の余り、宣言を出した(12月9日)。
「大統領選挙を経て新しい日々が始まるとの期待に反し、現在の状況は残念ながら、そういう方向には進んでいない。企業家たちは、夜間外出禁止令の悪影響をはじめ、この政治危機による損害を被っている。企業家にとって、今年は壊滅的な年末となっており、12月15日の納税期限を守ることは困難である。今日の政治状況が経済界に与えている損害に鑑み、またこの混乱状態のなかで、二つの政府を相手に納税を行うことはできないという事実に鑑み、本年の納税期限を守らないことを宣言する。」

たしかに、バグボ政権に税金を払っても、ウワタラ政権になってそれは払ったことにならないと言われるかもしれない。同じように、カカオ豆の輸出業者も、港からの積み出しのために支払いが求められる輸出税を払うことを躊躇している。そのために、カカオ豆が港の倉庫に滞貨して出荷できないだけでなく、このままだと豆が劣化してたいへんな損害が出るかもしれない。

私たち外交団も、最も困惑している人々のうちに入る。大使館というのは、相手国政府との橋渡しをするのが仕事だから、どちらの政府が本物かが分らないというのは、おおいに困るのだ。安全保障理事会の「報道声明」では、ウワタラ政権こそが選挙で選ばれた政権である、と認定した。これに従えば、バグボ政権は相手にせず、ということである。しかし、実際に各省庁を支配しているのはバグボ政権だから、そのうち実務の上で、バグボ政権を相手にせざるをえない場合が出て来るだろう。どうするのか。二つの流派がある。

第一の流派は、「ウワタラ政権だけが正統で、バグボ政権は相手にせず」流である。大統領はウワタラ大統領一人しかいない。この流派を、フランスと米国が率先している。サルコジ大統領とオバマ大統領は、早々とウワタラ大統領の当選を祝福し、バグボ政権とは対決姿勢に入った。当選したのはウワタラ大統領だ、とはっきり宣言した国連(UNOCI)とともに、今やバグボ政権から、攻撃対象になっている。

「米国とフランスは、わが国の内政事項に干渉している。」
そういう見出しで、12月14日付の「友愛朝報」は、見開き2-3面を使って、ジェジェ外相のインタビュー記事を載せた。その中で、ジェジェ外相は、いかに今回の選挙過程の後ろで、米国とフランスがものごとを操ってきたか、という説明している。

「米国とフランスは、安全保障理事会を使って、重大な内政干渉を試みてきているのです。両国の大使は、たいへん活発に動き回り、バカヨコ選挙管理委員長がその選挙結果を発表するのを手伝ってきました。その選挙結果たるや、本当の選挙結果に、63万票も上乗せしてあります。」
おっと、選挙管理委員会の出した開票結果から、憲法院が60万票あまりを無効にしてしまった、というのが真相だ。物は言いようである。

「サルコジ大統領は、セネガルのワッド大統領、ナイジェリアのジョナサン大統領に圧力をかけて、アフリカ連合(AU)の立場を出させました。ここの米国大使は、もっとひどい働きかけをして回ったのです。これは、内政干渉というのはもちろん、そうしたアフリカの地域機関に対する工作活動といえます。彼らには残念なことながら、ウワタラが当選者であるという主張には根拠がなく、バグボ大統領が宣誓を行い、内閣を組閣し、政府が着々と仕事を始めています。」
フランス大使、米国大使とともに、私などもいっしょに動いたのであるが、日本大使がどうこうとは書いていない。

「フランスと米国の大使は、バカヨコ委員長を誘拐し、「新勢力」の軍が根城にしているゴルフホテルに連れて来て、フランスの報道機関の前で、選挙結果なるものを発表させたという、とんでもない経緯なのです。だいたい、独立後50年経って、わが国にはちゃんとした統治機構がある。そのわが国の憲法院を、役立たずと決めつけるのです。憲法院が、一定の投票を無効にしたことを非難するが、米国だってブッシュ大統領の最初の選挙で、最高裁判所が投票を無効にして当選を決めている。フランスだって、憲法院が最終判断をするのです。わが国の憲法院の判断に、たかだか国連の一官僚が口を出す。こんな内政干渉を、許すわけにはいきません。」

「その点、ロシアはたいへん明確な立場です。国連の安全保障理事会では、米国が望んでいた「議長声明」は出せず、「報道声明」に留まったのですが、これは全然値打ちがない。しかも、その「報道声明」でさえ、何日も結論が出なかった。そんな事態は滅多にないのです。ロシアは、国連が主権国家の選挙結果について云々することには反対だったのですが、サルコジ大統領が工作して発表させた「西アフリカ経済共同体」の声明が出たところで、しぶしぶ「報道声明」に合意したのです。米国とフランスは、国連を使って、コートジボワールを不安定化しようとしているのだ。」

そういう調子で、米国とフランスは、コートジボワールの外相から激しく非難されている。外交当局の総責任者からここまで言われるというのは、普通だったら、外交関係断絶というところである。でも、そういうことにならない、というのがまた不思議である。

さて、第二の流派は、「ウワタラ大統領は選挙で当選した大統領、バグボ大統領は事実上の大統領」派である。つまり、大統領は二人いる、と考える。じっと黙っている多くの大使たちは、この流派に属しているということだろう。ウワタラ大統領の民主的正統性はもちろん認めるとしても、やはり、自国民の保護や、自国籍の企業活動の支援、滞在査証の延長など、実際の話としてバグボ政権とつきあっていかなければならないだろうから、ここはじっと洞ヶ峠を決め込んでいたほうが得策、という考慮がある。

それでも、こうして1週間、10日と日が過ぎて、だんだんどうするのかを決めざるを得なくなってくると、やはり安全保障理事会の「報道声明」の威力は大きく、どうやら第一の流派が主流になりつつある。いち早く制裁措置を発動させた米国に続き、欧州共同体(EU)は、月曜日(12月13日)に外相会議を開き、バグボ大統領に対する制裁措置と、ウワタラ大統領への支援を決定した。バグボ大統領への制裁措置は、政権の関係者をはじめ「平和と和解を阻害する全ての人々」に対する、査証発給の停止と、欧州内の金融資産の凍結である。

欧州全体の立場が決まり、第一の流派の方向で突き進んで行くことがはっきりするや、スペイン大使がウワタラ大統領を表敬に出かけている。その様子が、ウワタラ大統領側の新聞に写真入りで大きく報じられた(12月14日)。他の欧州諸国も、これに続くであろうし、そのたびに各国大使が写真入りで登場するのだ。こうして、どの国がどういう立場かが、だんだん明らかにされていく。

さて、私はどうするか。日本はすでに、12月8日付で外務報道官談話を出して、「ウワタラ候補が選出されたという選挙結果を尊重する」という立場を打ち出している。ところが、こちらの報道では、日本がそういう立場を取っているということは、全然載らない。私も、積極的には説明をしていない。

米国や欧州諸国に後れを取ってはいけないではないか、という見方もあろう。外務報道官談話をもっと広報する、さらには、ウワタラ大統領だけが正統な大統領だ、とはやく宣言して、日本が第一の流派であることを明らかにし、欧米諸国と共同歩調をとっているところを衆目に示すべし、という考え方だ。

でも、改まってそういう宣言をしなくても、誰からも不審がられることもなく、私はフランスや米国と一緒になって、いろいろな外交的な働きかけを率先している。ウワタラ大統領の居城であるゴルフホテルには、しょっちゅう出入りし、その姿は報道関係者にも見られている。それでいて、日本がどういう立場かについて、誰も私を詰問したりしない。私は、ウワタラ大統領を支持すべきではないか、と言われれば、外務報道官談話を見せようと思っている。バグボ大統領側の人にバグボ政権を拒否するつもりかと聞かれれば、いや事実上の政権ですから付き合わざるを得ませんよね、と応えようと思っている。つまり、鳥かと聞かれれば翼を見せ、動物かと聞かれれば身体を見せる蝙蝠戦略だ。でも、今のところ、誰も私にそんな野暮な質問をしない。

私は、原理原則で割り切って、白黒をはっきりさせていく欧米的なやり方ではなく、曖昧部分を維持しながら、むしろ建設的な役割を追求していく、日本的なやり方があると考えている。とくに、このたびのコートジボワールの政治危機のような、誰もがどう進めて行ったらいいか頭を悩ませるような場合には、なるべく立場を縛らないで動ける余地を確保しておく方が、より大きな役割を果たせると感じている。そのうち、蝙蝠が飛ぶべき日がくると思っている。

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