秋も深まるというか、もう高山には雪も降りて、客足は少ない。だだっ広い玄関の隅に、古老が置物のように座っている。それがたまに、客が入り込んでくると。
『お~い、お客だよ。』
ぞんざいに言い捨てて、玄関から外に出る。
小さな体で、おおきな荷物を抱えて、お客様を案内してくる。
客室係がエレベータにお客様を案内して消えるころには、さきほどの古老が今は使われなくなった、下足棚のあたりでハイヤーの運転手と立ち話。別に仕事をサボっているわけではない。道路の状況とか、空模様あるいは他館の客の入りを聞いているのだ。
調理場の三番の奥さんが美人なのだが、人の華なのでつまらない。スラリと云うか、背がでっかくて、ほりが深いどこかギリシャ彫刻のような顔立ち。大きな眼はデルボーのイメージだ。あることがあって、独り身を何年も続けていたのだが、とびっきりの美人さんを見かければ少しばかりは、こころがときめく。その旦那がまた大柄で、横幅も広い。快き人で、一度家族社員寮にお邪魔したことがある。黒いダルマのボトル、こいつの底を鷲づかみにして、にゅ~うと遠くから注ぐ。ドボドボドボと遠慮もなく、大胆に注ぐのだ。そして自分のグラスにも、ドボドボとやる。それをぐぐ~っと飲む。
何ヶ月かしてその二人は、ホテルを止めていた。
フロントのあんちゃんが、麻雀仲間だったので聞けば、山を下りて下に良い働き場が見つかったのだという。山奥の温泉には、学校もない。