「果南、これ」
後、あれもこれも、・・・こっちの実もそうかなぁ・・・。
将之と果南は相変わらず薬蕩の材料探しに奔走していた。
非常に飲みにくい代物なので、効き目が無ければ止めてしまいたくなる日もあったがまだ鍛錬によって健康を得るほど丈夫な身体を持っていない幼少の将之には今はこの薬蕩が彼を健康に導く一番の道しるべであった。
将之はそれを分かっていたのか否か特に不平も云わず飲み干していた。
果南の方が残したいと思う時もあったが彼女もなまじ真面目な性格であって彼と一緒に飲み干した。
他の女房ではとてもつき合いきれない。
そんな環境もあってか将之と果南はどんどん親密になっていった。
二人きりになると普段の虚勢を張った横柄な態度は無く幼いながら将之は果南に優しかった。
果南も彼が大好きであった。
月に一度ほど高守が都から来る。
将之が少しずつ丈夫になる姿に彼は目を細めた。
後、数年すれば立派になった彼を右大臣の元へ届ける。
それは彼の大きな仕事でもあったのだ。
まだ丈夫で無い彼は同じく高雄に住む姉の彩子と接するときは殆ど無かった。
唯彼女の女房、将之の乳母等がそれぞれお互いの近況を互いに伝えあっていた。
将之は一人では無かった。
母は居なくなったが遠く都には血の繋がった父が居り、子供ながら美しいと誉れ高い姉が居り、高雄の別邸にもこうして彼を案じる女房や家人、人々が居たのだ。
だがそれでも、それでも彼の根底にあった寂しさは拭えなかったのだが・・・。
年の瀬が迫ってくる、雪が降り始める。
又京へ戻って行った高守を見送った後寒い縁側で将之と果南は昼下がりを過ごした。
時折将之は果南と二人になると彼女の膝に甘えて擦り寄った。
本当はあまり好ましくは無いんだろうなと思いながらも布越しに感じる温かみに触れたかった。
母が抱きとめてくれていた様に何かに縋りたかった。
縁側からは中庭、中庭の奥には遠く京の山々が見える。
果南は将之を膝に寝かせたままぽつりと呟いた。
「・・・もうすぐ年が暮れ・・・、又新しい年が来ますね」
「・・・」
月日が経つのは早い、両親を失った冬が明け春先から寄せてもらっている果南は何を想うのかしんみりと話した。
思い出すかのように話す。
「・・・高守様、将之様を都へお連れになる日を楽しみにしておられます」
「・・・」
きっときっと将之は丈夫になる、若く、立派な若君になって彼は此処から都へと旅立つのだ。
果南はそんな日に想いを馳せた。
うっとりと語る果南に将之は告げた。
「都に行く時は果南も一緒だよ」
「え?」
思いもよらぬ事を何気なく話す将之に果南は一瞬驚いたがすぐ柔らかく微笑んだ。
「とんでも御座いません。私は都へは行けません」
「?何で?」
将之は果南の膝から頭を上げた、幼いながら彼女を真摯に見つめ返す。
果南は尚も笑って続ける。
「私には都へ行ける身分はありません、都へは行けません、此処から(高雄)将之様を見ております」
「・・・・・・」
果南の云い様を将之は憮然と受け止めた。
子供の彼は感情のまま云い放つ。
「そんなの嫌だ。果南が一緒じゃなきゃ・・・、だったら都へは行かないよ」
「将之様・・・」
いつの間にか立ち上がり果南を見下ろし真剣に告げる将之に果南は彼の手をぎゅっと握って笑った。
「駄目ですよ、そんなの。将之様も大人になれば分かります」
「・・・・・・」
子供とはいえ彼から向けられる純粋な好意を果南は嬉しく思った。
雪が舞う。
果南は将之を愛しく思った。
遠く、遠く灰色の空の向こう、遥か彼方は煌びやかであろう都。
「ずっと果南と一緒に居たい」
将之はそう云い残して後の果南の話は聞かず又も彼女の膝に潜り込んでしまった。
果南は笑った。
遠く、遠くの山を見据える。
膝の上の温かな将之。
優しい果南。
幸せな時―。
こうしていつまでもこんな日々が過ごせたら・・・
果南は願わずにいられなかった。
幸せの記憶、ゆったりと過ごす将之と果南の時間―
二人はいつまでもいつまでもこんな日々が続く事を願った。
――
そうして一層雪が深まる頃果南は夕餉の片づけの手伝いをしていた。
何だか気分が悪い、胸の辺りが妙で痞えて来る。
「・・つっ」
我慢し切れずだだだっと少しそこから離れるとごほごほっと咳と共に嘔吐した。
それを見ていた側の女房が話す。
「嫌ねぇ、風邪?将之様にうつさないでよ」
「あ、は、はい」
手桶に水を掬い口を濯ぐ。
それから水がくべられている大きな石の鉢に顔を映す。
風邪・・・?
鉢の中の水は大きな波紋を描く。
そこで果南は自分の身に起った変化に気づくのであった。
続く。
毎日寒いですね。
後、あれもこれも、・・・こっちの実もそうかなぁ・・・。
将之と果南は相変わらず薬蕩の材料探しに奔走していた。
非常に飲みにくい代物なので、効き目が無ければ止めてしまいたくなる日もあったがまだ鍛錬によって健康を得るほど丈夫な身体を持っていない幼少の将之には今はこの薬蕩が彼を健康に導く一番の道しるべであった。
将之はそれを分かっていたのか否か特に不平も云わず飲み干していた。
果南の方が残したいと思う時もあったが彼女もなまじ真面目な性格であって彼と一緒に飲み干した。
他の女房ではとてもつき合いきれない。
そんな環境もあってか将之と果南はどんどん親密になっていった。
二人きりになると普段の虚勢を張った横柄な態度は無く幼いながら将之は果南に優しかった。
果南も彼が大好きであった。
月に一度ほど高守が都から来る。
将之が少しずつ丈夫になる姿に彼は目を細めた。
後、数年すれば立派になった彼を右大臣の元へ届ける。
それは彼の大きな仕事でもあったのだ。
まだ丈夫で無い彼は同じく高雄に住む姉の彩子と接するときは殆ど無かった。
唯彼女の女房、将之の乳母等がそれぞれお互いの近況を互いに伝えあっていた。
将之は一人では無かった。
母は居なくなったが遠く都には血の繋がった父が居り、子供ながら美しいと誉れ高い姉が居り、高雄の別邸にもこうして彼を案じる女房や家人、人々が居たのだ。
だがそれでも、それでも彼の根底にあった寂しさは拭えなかったのだが・・・。
年の瀬が迫ってくる、雪が降り始める。
又京へ戻って行った高守を見送った後寒い縁側で将之と果南は昼下がりを過ごした。
時折将之は果南と二人になると彼女の膝に甘えて擦り寄った。
本当はあまり好ましくは無いんだろうなと思いながらも布越しに感じる温かみに触れたかった。
母が抱きとめてくれていた様に何かに縋りたかった。
縁側からは中庭、中庭の奥には遠く京の山々が見える。
果南は将之を膝に寝かせたままぽつりと呟いた。
「・・・もうすぐ年が暮れ・・・、又新しい年が来ますね」
「・・・」
月日が経つのは早い、両親を失った冬が明け春先から寄せてもらっている果南は何を想うのかしんみりと話した。
思い出すかのように話す。
「・・・高守様、将之様を都へお連れになる日を楽しみにしておられます」
「・・・」
きっときっと将之は丈夫になる、若く、立派な若君になって彼は此処から都へと旅立つのだ。
果南はそんな日に想いを馳せた。
うっとりと語る果南に将之は告げた。
「都に行く時は果南も一緒だよ」
「え?」
思いもよらぬ事を何気なく話す将之に果南は一瞬驚いたがすぐ柔らかく微笑んだ。
「とんでも御座いません。私は都へは行けません」
「?何で?」
将之は果南の膝から頭を上げた、幼いながら彼女を真摯に見つめ返す。
果南は尚も笑って続ける。
「私には都へ行ける身分はありません、都へは行けません、此処から(高雄)将之様を見ております」
「・・・・・・」
果南の云い様を将之は憮然と受け止めた。
子供の彼は感情のまま云い放つ。
「そんなの嫌だ。果南が一緒じゃなきゃ・・・、だったら都へは行かないよ」
「将之様・・・」
いつの間にか立ち上がり果南を見下ろし真剣に告げる将之に果南は彼の手をぎゅっと握って笑った。
「駄目ですよ、そんなの。将之様も大人になれば分かります」
「・・・・・・」
子供とはいえ彼から向けられる純粋な好意を果南は嬉しく思った。
雪が舞う。
果南は将之を愛しく思った。
遠く、遠く灰色の空の向こう、遥か彼方は煌びやかであろう都。
「ずっと果南と一緒に居たい」
将之はそう云い残して後の果南の話は聞かず又も彼女の膝に潜り込んでしまった。
果南は笑った。
遠く、遠くの山を見据える。
膝の上の温かな将之。
優しい果南。
幸せな時―。
こうしていつまでもこんな日々が過ごせたら・・・
果南は願わずにいられなかった。
幸せの記憶、ゆったりと過ごす将之と果南の時間―
二人はいつまでもいつまでもこんな日々が続く事を願った。
――
そうして一層雪が深まる頃果南は夕餉の片づけの手伝いをしていた。
何だか気分が悪い、胸の辺りが妙で痞えて来る。
「・・つっ」
我慢し切れずだだだっと少しそこから離れるとごほごほっと咳と共に嘔吐した。
それを見ていた側の女房が話す。
「嫌ねぇ、風邪?将之様にうつさないでよ」
「あ、は、はい」
手桶に水を掬い口を濯ぐ。
それから水がくべられている大きな石の鉢に顔を映す。
風邪・・・?
鉢の中の水は大きな波紋を描く。
そこで果南は自分の身に起った変化に気づくのであった。
続く。
毎日寒いですね。