今までのお話
京から少し外れた池に妖魔が出現するようになりその調査に訪れていた晴明は名も無さそうな野党風情の男と出会う。
そんな頃、将之に良い縁談が降って湧いて将之と晴明の身辺は見えないところで変わりつつあった。
変化を恐れてもそれを表出出来ない晴明は職務の忙しさも相俟って苛立ちを募らせてゆく、そんな時怪我をして身を寄せていた男から鬼退治を手伝うとの言葉があり晴明は尚更戸惑った―
「馬鹿な、・・・第一お前の目的はあの池のあるか無いかも分らぬ宝だろうが」
晴明は助力を請う男に大して随分と冷たく言い放った。
「それはそうだが世話になった、腕には自信がある、何か手伝えるならなんなりとしよう」
男の外見に似合わず真摯な申し出にも晴明は動じる事も無く鼻で笑う様にあしらった。
「世話などしていまい、妖魔退治の手伝いなどお前如きに出来るものか、傷が癒えれば早々に立ち去るが良い」
「・・・、随分な云い様だな陰陽師どの」
さすがに気を悪くしたのか男は少し苛立った様子で晴明の言葉を返した、それを彼は何も云わず見つめ返す、晴明の奥深い瞳の色を感じて男は押し黙った、彼には触れられたくない領域があるらしい、男は一つ溜息をつくと場の流れを変えるかの様に軽く云い流して笑って見せる。
「・・・分ったよ、明日にでも出て行く」
彼が少し寂し気に云ったのを晴明は感じたが特に何も云わずその場を去った、ちょっと大人気無い様な気もしたが簡単に鬼退治を手伝うなどと云ってほしくはなかったのだ。
妖魔退治の手伝いは陰陽寮の者を除けば手伝ってくれるのは将之位だ。
概して友人も少なく気安く物を頼める人間の居ない最中将之ならば苦境の時は何とか頼む気が起きた、本来ならばそういう立場にいる人間では無い筈の男なのだが色々な苦楽を共にしてお互い持ちつ持たれつの関係になり身分を越えて分かち合った、そんな将之の場所を、意義を簡単に擦り返る様な物言いをして欲しくなかったのだ、男は寧ろ親切で提案してくれていたのを聞き逃せ無い自分自身にも晴明は戸惑った、-将之に会いたい、彼に会えばこの苛立ちの総てが解消される様な気がする、・・・将之に会いたい。
「将之様」
将之は新入りの部下が職務中に倒れたのでその見舞いに訪れていた、彼は遠い知り合いにあたりつい最近野党に襲われ父、母、兄弟を失った身の上だった。
通い婚で家族は共に暮らしておらぬのにその日に限って別邸の父は寄っており自分はたまたま数刻叔父の館に訪問し留守の合間に起きた惨劇である。
一人生き残った彼にそれが良かったのか否かを問うものは居ず彼もまた答えを自身の中に追求はしないでいた、・・・元来素直で前向きな気質の若者は生かされたのなら生きてみようと思ったのだが仕事中の賊との争いで血を見るとすぐ様卒倒し将之は彼の心が奥深いところで傷を負っているのを何となく感じていた。
「大丈夫か?あつし」
「将之様」
若者は床より起き上がると上司の将之に対して頭を下げた、将之はやんわりと固い挨拶は良いと流して彼の側によって彼の顔色を見る、まだまだ若い分回復は早いが瞳には不安の色が宿っている。
誰でも始めの頃は不慣れな事での失態も多いがそれを差し引いてもあつしのこれからの道のりは険しい様に思えた。
「やっぱり厳しいのかな」「・・・?」
将之の言い様に篤史は困惑を隠せない、惨劇の記憶がある篤史に太刀を振るう衛府での職務は合わないのかも知れないと感じたが見つめ返す彼の眼差しに将之は何も云えなかった、静かな宵はしんしんと流れ月の明かりは雲の隙間から瞬きながら地を明るく照らし出す。
男はちゃんと次の日には軽く挨拶をして出て行った、行くあても帰る舘も無さそうだったがこの平安の時代において家を持たない者は大勢居たので晴明は何も云わず見送った、将之を知っていたり何か訳もありそうだがそれをいちいち問い質す程男に、他人には興味はない。
晴明はがらんと空いた室内を振り返った、弟子の籐哉は別の棟で寝泊りをさせている、誰も居ない母屋は当たり前だが自分以外誰も居ない。
独り立ちした頃も誰も居なかった、それを寂しいとも、嬉しいとも悲しいとも、何も思えないでいたのにひょっこり出来た友人の訪れがあってからは違う感覚が生まれた。
彼が来なければ寂しくて仕方がないという訳ではけして無いのだが一人では無い、将之と居た時間の妙な安心感はしみじみと自分の心を癒し、掛け替えのないものとなっていた。だから色々と忙しく彼の足が遠のいた現状は何かしらの不安と焦燥を煽ったが晴明は何も言えないでいた、自分は彼の良き理解者で分別のある友人で居たかったのだ。
それから幾日過ぎた頃、なりを潜めていた池の妖魔が都を脅かす野党と共に呼応するかのように荒れ狂い京では人々が皆恐れに恐れていた。
保憲らと何度か妖魔に対峙したものの仕留めることは叶わず晴明の心労は日に日に増してとうとう池のほとりの行く先で一人その場に倒れ込んだのだった。
続く
長らく間が空きまして済みませんでした。
スランプでは無く家族が次々に新型インフルエンザにかかったりしていました@@
SSは出来たら年内で終わらせたいと思っているのですが・・・
ちょっと無理かな、一応は今回はラブストーリーなので書いてて楽しいのですがv時折イラストを入れたりしつつ年明け完話を目指して書かせて頂きます。
いつも独りよがりなお話を読んでくださる方々に感謝を込めて・・・
京から少し外れた池に妖魔が出現するようになりその調査に訪れていた晴明は名も無さそうな野党風情の男と出会う。
そんな頃、将之に良い縁談が降って湧いて将之と晴明の身辺は見えないところで変わりつつあった。
変化を恐れてもそれを表出出来ない晴明は職務の忙しさも相俟って苛立ちを募らせてゆく、そんな時怪我をして身を寄せていた男から鬼退治を手伝うとの言葉があり晴明は尚更戸惑った―
「馬鹿な、・・・第一お前の目的はあの池のあるか無いかも分らぬ宝だろうが」
晴明は助力を請う男に大して随分と冷たく言い放った。
「それはそうだが世話になった、腕には自信がある、何か手伝えるならなんなりとしよう」
男の外見に似合わず真摯な申し出にも晴明は動じる事も無く鼻で笑う様にあしらった。
「世話などしていまい、妖魔退治の手伝いなどお前如きに出来るものか、傷が癒えれば早々に立ち去るが良い」
「・・・、随分な云い様だな陰陽師どの」
さすがに気を悪くしたのか男は少し苛立った様子で晴明の言葉を返した、それを彼は何も云わず見つめ返す、晴明の奥深い瞳の色を感じて男は押し黙った、彼には触れられたくない領域があるらしい、男は一つ溜息をつくと場の流れを変えるかの様に軽く云い流して笑って見せる。
「・・・分ったよ、明日にでも出て行く」
彼が少し寂し気に云ったのを晴明は感じたが特に何も云わずその場を去った、ちょっと大人気無い様な気もしたが簡単に鬼退治を手伝うなどと云ってほしくはなかったのだ。
妖魔退治の手伝いは陰陽寮の者を除けば手伝ってくれるのは将之位だ。
概して友人も少なく気安く物を頼める人間の居ない最中将之ならば苦境の時は何とか頼む気が起きた、本来ならばそういう立場にいる人間では無い筈の男なのだが色々な苦楽を共にしてお互い持ちつ持たれつの関係になり身分を越えて分かち合った、そんな将之の場所を、意義を簡単に擦り返る様な物言いをして欲しくなかったのだ、男は寧ろ親切で提案してくれていたのを聞き逃せ無い自分自身にも晴明は戸惑った、-将之に会いたい、彼に会えばこの苛立ちの総てが解消される様な気がする、・・・将之に会いたい。
「将之様」
将之は新入りの部下が職務中に倒れたのでその見舞いに訪れていた、彼は遠い知り合いにあたりつい最近野党に襲われ父、母、兄弟を失った身の上だった。
通い婚で家族は共に暮らしておらぬのにその日に限って別邸の父は寄っており自分はたまたま数刻叔父の館に訪問し留守の合間に起きた惨劇である。
一人生き残った彼にそれが良かったのか否かを問うものは居ず彼もまた答えを自身の中に追求はしないでいた、・・・元来素直で前向きな気質の若者は生かされたのなら生きてみようと思ったのだが仕事中の賊との争いで血を見るとすぐ様卒倒し将之は彼の心が奥深いところで傷を負っているのを何となく感じていた。
「大丈夫か?あつし」
「将之様」
若者は床より起き上がると上司の将之に対して頭を下げた、将之はやんわりと固い挨拶は良いと流して彼の側によって彼の顔色を見る、まだまだ若い分回復は早いが瞳には不安の色が宿っている。
誰でも始めの頃は不慣れな事での失態も多いがそれを差し引いてもあつしのこれからの道のりは険しい様に思えた。
「やっぱり厳しいのかな」「・・・?」
将之の言い様に篤史は困惑を隠せない、惨劇の記憶がある篤史に太刀を振るう衛府での職務は合わないのかも知れないと感じたが見つめ返す彼の眼差しに将之は何も云えなかった、静かな宵はしんしんと流れ月の明かりは雲の隙間から瞬きながら地を明るく照らし出す。
男はちゃんと次の日には軽く挨拶をして出て行った、行くあても帰る舘も無さそうだったがこの平安の時代において家を持たない者は大勢居たので晴明は何も云わず見送った、将之を知っていたり何か訳もありそうだがそれをいちいち問い質す程男に、他人には興味はない。
晴明はがらんと空いた室内を振り返った、弟子の籐哉は別の棟で寝泊りをさせている、誰も居ない母屋は当たり前だが自分以外誰も居ない。
独り立ちした頃も誰も居なかった、それを寂しいとも、嬉しいとも悲しいとも、何も思えないでいたのにひょっこり出来た友人の訪れがあってからは違う感覚が生まれた。
彼が来なければ寂しくて仕方がないという訳ではけして無いのだが一人では無い、将之と居た時間の妙な安心感はしみじみと自分の心を癒し、掛け替えのないものとなっていた。だから色々と忙しく彼の足が遠のいた現状は何かしらの不安と焦燥を煽ったが晴明は何も言えないでいた、自分は彼の良き理解者で分別のある友人で居たかったのだ。
それから幾日過ぎた頃、なりを潜めていた池の妖魔が都を脅かす野党と共に呼応するかのように荒れ狂い京では人々が皆恐れに恐れていた。
保憲らと何度か妖魔に対峙したものの仕留めることは叶わず晴明の心労は日に日に増してとうとう池のほとりの行く先で一人その場に倒れ込んだのだった。
続く
長らく間が空きまして済みませんでした。
スランプでは無く家族が次々に新型インフルエンザにかかったりしていました@@
SSは出来たら年内で終わらせたいと思っているのですが・・・
ちょっと無理かな、一応は今回はラブストーリーなので書いてて楽しいのですがv時折イラストを入れたりしつつ年明け完話を目指して書かせて頂きます。
いつも独りよがりなお話を読んでくださる方々に感謝を込めて・・・