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国家機密保護法の成立を急ぐべし

2010年11月01日 | INTELLIGENCE

 国際テロの捜査を担当する警視庁公安部外事課の内部資料が、
 ファイル交換ツールの「Winny」を通じて、インターネット上の掲載された疑惑が浮上している。
 過去に何度もこうした情報漏洩事件が発生しているにもかかわらず、
 一向に状況が改善されないまま、再び同じような事件を引き起こしてしまったわけだが、
 今回の事件は、外事課の捜査活動や他国との情報協力に関する文書が多く流出したこともあって、
 日本の情報活動全体に深刻な悪影響を及ぼすことは必至である。

 文書が流出した経路について、警視庁側の説明によると、
 業務用パソコンは外部接続されていないため、
 不正アクセスによって文書が抜き取られたのではなく、
 職員らがUSBメモリーなどの外部媒体に情報を移した後に、
 私用のパソコンを通じて外部に漏らした可能性が高いとしている。
 もちろん、この職員は、自宅に機密文書を持ち帰ってまで、
 熱心に仕事しようとしていたわけではなく、
 情報漏洩を目的として、確信的に「Winny」に文書を流出させたと見るのが常識であろう。
 そうでなければ、複数のウェブサイトに文書を転載するような手間をかけている理由が分からないからである。
 警視庁では、資料フォルダに記されていた現職の公安部幹部の名前を把握しており、
 おそらくこの人物を軸にして捜査を進めていくことになると思われるが、
 一度、流出してしまった情報は取り返すことはできない。
 もはや日本の信用失墜は避けられないのである。

 それにしても、日本は、機密保護に関してルーズな国だと痛感させられる。
 個人的には、一刻も早く「スパイ防止法」を制定して、
 国家機密保護に関する規定を法律的に定める必要があると思われるのだが、
 相変わらず、そうした動きは鈍いままである。
 実際、1979年10月に発覚したレフチェンコ事件を契機として、
 一時期、日本でも「スパイ防止法」の成立を目指す動きが自民党や民社党で盛り上がり、
 1985年6月には、「国家秘密に関わるスパイ行為の防止に関する法律案」が衆議院に提出されたが、
 日弁連をはじめとした法曹界が断固反対のキャンペーンを張るとともに、
 一部の大手マスコミも反対の論陣を繰り広げた結果、
 継続審議となるも、最終的には廃案に追い込まれた。
 その後、個人情報保護をめぐる議論は随分、盛んに取り上げられるようになったが、
 国家機密保護に関しては、まったく議題に上がらなくなってしまい、
 今もまだ、国家公務員法に基づいた罰則規定しか適用できない状況が続いている。

 改めて、当時「スパイ防止法」に反対していた理由を眺めてみると、
 偽善的なものばかりで占められている。
 たとえば、法学者の小田中聰樹氏によると、
 「スパイ防止法」は、平和主義と国民主権に反するとともに、
 基本的人権を制限・侵害するものであるらしい。
 さらに、法案の文言が曖昧という理由から、
 罪刑法定主義、ならびに適正手続原則をはじめとする刑事裁判の憲法的原則に反するとして、
 その問題点を厳しく追及している。
 
 小田中聰樹
 「法律時評」
 『法律時報』第57巻・第12号(1985年)2-3頁

 だが、1985年に提出された「スパイ防止法」が、他国と比較しても大差ないものであることは、
 同じく憲法学者の小林宏晨氏によって指摘されている。

 小林宏晨
 「欧州諸国の国家機密保護規定」(Ⅰ)(Ⅱ)
 『日本法学』第53巻・第4号(1988年)491-554頁
       第54巻・第2号(1989年)253-319頁

 この論文では、論題の通り、欧州諸国(英国、ドイツ、スイスなど)を比較事例として取り上げているのだが、
 「我が国のスパイ防止法(案)は決して非難に値するような悪法ではない」と結論づけている。
 確かに、法案全文を読んでみても、特別に厳しい刑罰が加えられているわけではないし、
 基本的人権への不当な侵害を禁止する条項もきちんと付せられている(※)。
 「スパイ防止法」反対論者の主張は、明らかな過剰反応と言わざるを得ないのである。
 
 今回の文書流出事件が、スパイ行為に直接、関わっているかどうかは不明だが、
 少なくとも国家公務員法に基づく守秘義務違反の刑罰が個人情報保護法違反よりも軽いという状況は、
 改善されなければならないだろう。
 機密管理も十分にせず、それを担保する法律もないということであれば、
 今後、日本に情報を提供する国はどこもなくなってしまうだろう。
 
 ※:1985年6月、議員立法により衆議院に提出された
   「国家秘密に関わるスパイ行為の防止に関する法律案」の全文に関しては、
   以下に掲載されている。
   「国家秘密法案 合同研究会報告」資料編
   『専修大学社会科学研究月報』第273号(1986年4月)33-36頁