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History, Strategy, Ideology, and Nations

一風変わった情報活動の通史

2010年12月06日 | INTELLIGENCE

 「スパイの歴史」と題した書物は、これまでにも数多く出版されてきたが、
 その多くは、20世紀以降の情報活動に焦点を焦点を当てたもので占められてきた。
 通史として見た場合、このアプローチが間違っているわけではない。
 確かに20世紀以前の情報活動は、いわゆる密使や密偵と呼ばれる存在を通じて、
 人間の身体的能力に大きく依存した情報活動で行なわれるのが一般的であったし、
 その管理や運営においても、組織的にも技術的にも洗練されたものではなかったからである。
 逆に、20世紀以降の情報活動は、近代的な組織体制が整備されるとともに、
 技術的にも無線通信や写真技術の向上などによって、
 活動の規模も範囲も飛躍的に大きくなった。
 その点では、米国の情報研究者ジェフリー・リチェルソンが指摘しているように、
 まさに20世紀はスパイの世紀だったと言えるのかもしれない。

 しかし、諜報の古典として、欧米諸国でも『孫子』が称賛される一方、
 『孫子』以後、20世紀に至るまでの間、
 情報活動がまるで発展してこなかったと考えるのは誤解であり、
 その間、様々な諜報理論上の工夫が試行錯誤されてきた歴史を知ることは有益であろう。
 次の文献は、「スパイの歴史」と題された書物だが、
 20世紀以前における諜報理論の変遷や系譜にも配慮している点で、
 従来のものとは異なるニュアンスを出すことに成功している。

 テリー・クラウディ/日暮雅通訳
 『スパイの歴史』
 東洋書林、2010年

 著者は、英国人作家で、過去に軍事史関係の著作を多く出版している人物である。
 旧約聖書「ヨシュア記」に記されているエピソードを情報活動の観点から捉え直すことから始まり、
 イスラムやインド、ローマ帝国、中国、日本、英国などの情報活動に関して、
 古代から順に掘り起こしつつ、随所に各時代で注目された諜報理論が紹介されている。

 たとえば、日本の場合、軍事諜報の概念を最初にもたらしたのは、
 遣隋使としての務めを終えて帰国した吉備真備(きびのまきび)という人物であった。
 著者によると、初期日本の公式史書である『続日本紀』の記述から、
 吉備が『孫子』を学んでいたと類推しており、
 それが日本の情報活動に長く影響を与え続けたと解釈している。

 一方、18世紀ヨーロッパでは、フランスのサックス伯という人物が、
 英国との戦争を通じて得た教訓から、密偵の使い方に関する論文を執筆すると、
 その後、プロイセンのフリードリヒ大王は、『将軍への軍事教令』において、
 密偵を取り上げて、その使い方を披歴している。
 この頃の議論は、どちらかと言えば、君主・軍司令官と密偵の直接的な関係を前提としていたが、
 それを発展させる形で、情報活動に関する事柄は、
 真摯に務める参謀将校に代理させて扱わせるべきとの議論を提起したのが、
 ルロワ・ド・ボスロジュという軍人であった。
 こうした議論が採用された結果、
 近代的な軍事機構において、軍参謀が大きな力を得るようになったのである。

 戦略論の大家クラウゼヴィッツやジョミニといった戦略家たちは、
 情報活動の有効性に対して低い評価を下しているが、
 そうした評価に対抗する議論が、すでに当時から存在していたことも指摘されている。

 東洋書林という出版社は、正直に言うと、あまりよく知らないけれども、
 翻訳する文献の選び方がなかなか上手い。
 「よくある通史」として埋もれさせてしまうには惜しい書物である。