くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

王様の扉(6)

2023-10-29 00:00:00 | 「王様の扉」


 ――――    

 アマガエルは、時間が進むほど熱を帯びてくる席を、逃げ出すようにして店を出た。
「やれやれ」
 と、思わず、ため息がもれた。
 先に店を出たニンジンの姿は、とっくに見えなくなっていた。
「なんにもなきゃ、いいんですけどね」と、アマガエルは、ぽつりとつぶやいた。
「――んっ」
 と、けたたましいサイレンが、遠くから聞こえてくるのがわかった。
 店の外に出てくる前、席を立つタイミングを計ってカウンターで休んでいると、店の端に置かれたテレビが、緊急中継を始めた。
 店内が騒がしく盛り上がっている中、内容はほとんど頭に入ってこなかったが、宝石店で、警官隊が大勢出動する事件があった、というテロップが、大見出しに映し出されていた。
 どうやら、その現場から聞こえてくる、サイレンのようだった。
 アマガエルは、襟元に吹き込む風に身震いをして、ぶるりと首をすくめた。
 10月を過ぎると、真夜中の寒さは、ひたひたと身近に迫って来る冬を、嫌でも意識させた。
 大通りに近い、居酒屋だった。刺すような冷たい風が、温かそうに輝く赤い提灯を、誘うように揺らしていた。
 檀家の顔見知りから、おいしい店があると聞いて、いつか行ってみたいと考えていた。
 いつ行こうか、決めかねていた所に、ニンジンの退院が重なった。
 表向きには、退院のお祝いだった。しかしその実、ニンジンの警護が、本当の目的だった。
 教団が、水を打ったように息をひそめてから、もう1ヶ月が過ぎていた。
 行方不明になっている子供達が出てこなければ、為空間から、たった一人だけ戻って来たニンジンが、悪魔の居場所を知る手がかりとして、つけ狙われると考えていた。
 悪魔――いや、魔人の息の根を止められなかった教団は、布教活動も休止するほど、ぴたりと動きを止めていた。
 放火事件の関係者として、ニンジンを監視している警察の目をかわしつつ、襲いかかるタイミングを計っているとばかり思っていたが、退院したニンジンが言っていたとおり、教団は、魔人の逆襲を恐れているのかもしれなかった。
 しかし、仮にそうだとして、行方不明になった子供達と、最後まで行動を一緒にしていたニンジンが、次のターゲットになっても、おかしくはなかった。
 本人は、子供達がどこに行ったか、覚えていないと言っていたが、人間を石に変える奇妙な術を使う連中なら、記憶の奥底に沈んでいる記憶を引き出すくらい、朝飯前かもしれなかった。
 居酒屋を出たアマガエルは、先に店を出たニンジンと同じく、大通りとは反対方向にある地下鉄の駅に向かった。
 まだ忘年会も先のイベントで、終電に近いとはいえ、地下鉄が走っている時間のせいか、落ち葉をカサカサと鳴らしながら吹く風の中、ちらほらと、道行く人達の姿があった。

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王様の扉(5)

2023-10-29 00:00:00 | 「王様の扉」


「――あら、タッちゃん」

 と、見知らぬおばちゃんが、奥の小上がりから、顔をのぞかせて言った。
「めずらしいね、こんな所で会うなんて」
「お、若住職じゃないか」と、その後ろから、ヒゲの生えた老人が、顔をのぞかせて言った。
「――おや、めずらしい」と、また別の老人が、アマガエルを見て言った。「よかったら、こっちに来て一緒にどうだい」
「まだまだ、食べ物もありますよ」と、姿は見えないが、奥から、別のおばちゃんの声が聞こえた。

「いやあ、みなさん。どうも――」と、アマガエルがジョッキを手に、向こうに見える団体に、挨拶を返した。

「いつからそんな、人気者になったんだ」と、ニンジンが、熱々のおでんに涙をにじませながら言った。「本性は、こんなにケチな人間だなんて、知らないんだろうな」
「いえいえ」と、アマガエルは、首を振って言った。「みなさん、私が子供の頃からの知り合いですよ。あれもこれも知られている、隠し事のできない、家族みたいなもんです」
「へぇ――」と、ニンジンは、ビールの入ったジョッキを手に、小上がりに向かって、こくりと挨拶を返した。
「顔は笑ってますけどね、冷や汗でびっしょりですよ」と、アマガエルは、ビールを口に運んだ。
「――そりゃ、ご苦労様ですな」と、ニンジンは、気味がよさそうに言った。

「じゃ、先に出るよ」と、ニンジンはビールを一気に流しこんで、席を立った。

「ちょっと」と、アマガエルは、驚いて言った。「まだ、食べ物も残ってますよ」
「病み上がりなんで、あんまり量は食えないんだよ」と、ニンジンは、申し訳なさそうに頭を掻いて言った。「知り合いも盛り上がってるようなんで、せっかくなんだから、顔を出してやれよ」
「ちょっ……」と、アマガエルは、ニンジンを引き留めようとしたが、伸ばした手をするりとかわして、ニンジンは、あっという間に店をあとにした。
「……」と、アマガエルは、厳しい顔を浮かべていた。

「――タッちゃん。ねぇ、タッちゃん」

 と、小上がりに向かって振り返った顔は、いつものアマガエルの顔だった。
「よろしければ、私も仲間に入れてもらえますか」
 ジョッキを手に立ち上がったアマガエルは、照れたような笑みを浮かべながら、小上がりの席に向かっていった。

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