毎日を楽しく

新しい発見”ミッケ”

伊藤比呂美の人生相談「ライブ!万事OK」 サンメッセ鳥栖 

2012年01月29日 | 教室 講習 講演
    
     伊藤比呂美さん

西日本新聞でお馴染の伊藤比呂美さんがサンメッセ鳥栖に登場された。
鳥栖市主催の男女共同参画フォーラムの講師として招かれた。

若い人、中年の人、老若男女で会場は立ち見が出る超満員だ。
来場者は受付に悩みを書いた用紙を投函する。

アメリカと熊本を行ったり来たりの生活の比呂美さんは、その質問の用紙を読みながら明快な答えを出していく。
さばさばとしているが詩人でもあるので読みは深いのだ。

次から次とそれぞれの悩みにやさしく明るい答えを出す。
私も人の悩みを聞くには私の悩みも言わなければと投函していた。

「さて次は貧しくなる日本を心配している60代女性ですね」と私の文章を読み始めた。
「ハンサムなのに38歳の息子は結婚しません。少子化の日本に未だ独身なのは子育てが悪かったのか悩んでいます。今さら手遅れですね」
会場が笑いに包まれ比呂美さんもユーモアたっぷりに答えられた。

「いいえ、人生は結婚だけではありません。38歳ハンサムな息子さんなんですね。おめでとうございます」の答えにドッと会場が湧いた。
深刻な悩みの中で、私の軽い質問は申し訳なかったなと思いつつ暖かい答えにホッとした。

2時間がアッという間に終了し、ロビーに比呂美さんの著書が並んでいた。
「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起」は読んでいたので、新刊の読み解き「般若心経」を購入した。



なんにも誰にもすがらない日本人は何かにすがっていいのでは?と言われた。
比呂美さんの宗教、仏教、お経の本を読んでみよう。

買った本にサインをして下さるというので行列に並んだ。
間近な比呂美さんは魅力的な美人だった。

「ハンサムな38歳独身の母親です」と言うとあらっと笑いながら「ハンサムという言葉の文章に感じてました」と立ち上がりしっかり握手して下さった。

列に並んだ方々からも笑いが起こり「おめでとうございます」と声が掛かった。
まあ皆さま明るい方々でそれぞれ悩みはあっても楽しく豊かに生活されているのでしょうね。

兼ねてから一目逢ってみたかった比呂美さんとフレンドリーな握手もでき、心ほのぼのサイン入りの本を抱きしめ離れた駐車場に向かった。
しばる厳寒の釧路の長男に思いを馳せ、悔いのない人生をねっと願った。






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坂の上の雲

2012年01月25日 | 後藤素子先生 Voiceトレーニング
                

1月の練習曲は「坂の上の雲」です。
作曲は、宮崎アニメの久石譲。歌は、透き通った歌声の森麻季。
こんな二人が父娘とはなんと素敵な。

そして作詞は、熊本出身「おくりびと」脚本家小山薫堂。
素敵な3人の「坂の上の雲」です。

上手に歌えませんが聞くだけで心豊かになります。
夢をみる希望いっぱいの明治の日本です。

♪ ちいさな光が 歩んだ道を照らす
  希望のつぼみが 遠くを見つめていた
迷い悩むほど 人は強さを掴むから 夢をみる
 凛として旅立つ 一朶の雲を目指し ♪
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マイウェイ 12,000キロの真実

2012年01月21日 | 映画
      

母さんの笑顔に安心し、病院からの帰り実家の近くにあるイオンモールに寄った。
さてどんな映画が上映中でしょう?

夫婦の好みが違うので一緒に見ることは少ない。
おや「マイウェイ」は良さそう。珍しく意見が一致した。

以前一緒に見た「ブラザーフッド」と同じカン・ジェギュ監督だ。
「ブラザー」は韓国の兄弟の物語だったが「マイウェイ」は日本人オタギリジョーの出演なので親しみが湧く。

日本人、韓国人、中国人、ソ連人、ドイツ人。
人間を殺す戦争にそれぞれの国の国民性があるのだろうか?

朝鮮人チャン・ドンゴン、日本人オダギリジョーは烈しく憎しみ合う。
カン・ジェジュ監督は「極限状態で生まれた友情や絆を描きたかった」と語っている。

同じアジアの中国、韓国、北朝鮮、日本,近くて遠い。
男が思う、女が思う、どこか違うような気がする。



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目覚めた母さん

2012年01月20日 | お母さん
      

お昼、232号室に行くと壁を向いた母さんがいた。
顔を覗き込むと「あらっ来てくれたの」とパッと笑顔になった。

まあ!昨日までの眠り姫、姫にはちょっとお年を召しているがすっかり目覚めた母さんだ。
「元気?」と聞くと「元気元気。どこもどーもない」と言う。

ふとんから手を出し「元気元気」と点滴をつけた両手を上げてぶらぶら降って見せる。
そしてむくれて「私にはご飯を配ってくれない」という。

なるほど4人部屋の皆さんは食事中だ。
一人壁を向いて「どうして私には食事が出ないのだ」とすねていたようだ。

「お母さんはまだお腹が痛いので食べれないよ」
「どこもどーもないのに、食べたいな」と言う。

看護士さんに「食べたいようですが食事はまだですよね」と訊ねると
笑いながら「先生からの指示が出てないですね」と言われる。

嚥下防止のとろみの付いたゼリー状のお茶を飲ませると一口美味しそうに飲んだ。
二口、三口とぐんぐん飲む。

3日間眠っていたので喉を通るお茶は格別だろうね。
熊本の姉、仕事中の弟にびっくり吉報のメールを送信した。

かわいい曾孫の圭一郎の写真を見せると
「まあ可愛い!誰の子」といつもの繰り返し問答が始まる。

回復した母さんとの会話は楽しい。
夫も母さんにあれやこれや話しかけて笑い合っている。

すっかり身体が回復するのにはまだまだ時間がかかりそうだ。
94歳の患者の傷んだ胆嚢処置に、ドクターも大変でしょうね。





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点滴

2012年01月19日 | お母さん
          

実家にいる私たち夫婦は午前中、午後と実家から30分の病院へ行く。
入院して3日経つが依然眠り続ける母さん。

白血球が通常の3分の一に低下。血糖値が通常の3倍に増加。
白血球は持病の胆石が原因か。血糖値は自宅の美味し過ぎる食事が原因か。

抗生物質の点滴で菌を殺している。
食事が取れないので栄養ビタミンの点滴。

今日の母さんは熱が下がり、ほっぺもふつうの健康な色になっている。
目を開けない母さんに「眠い?」と聞くと、目を閉じたまま「うん」と頷いた。

おっつだんだん元気になってきているぞ!
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母さん入院

2012年01月17日 | お母さん
  

夫の車に1週間分の荷物をギュウギュウ詰め込んで実家に向かっていた。
冷水トンネル付近で携帯に電話が掛かってきた。

「今、病院に来ているよ」と弟からの電話だ。  
今朝、弟は私たち夫婦とバトンタッチして博多へ帰る予定だった。

母が昨日から食欲がなく今朝も元気がないので検査中らしい。
病室のベッドの母はうっすら目を開けて「寝ていていいの?」と聞く。

ベッドの周りにケアマネの由香さん、弟、私たち夫婦がいるのに眠っていいのかな?
と気になるらしい。
「いいよ。ゆっくり寝ていいよ」と言うと安心したのか、高熱のためか深い眠りについた。

由香さんが帰り、夕方弟も博多へ帰った。
母は腕に2本の点滴が挿されぐっすり眠っている。

熱いおでこを触っても目覚めない母を置いて私たちも夜の実家へ帰った。
電話のベルがなると病院からか?とドキッとしたが無事朝を迎えた。









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フラダンス 初踊り

2012年01月16日 | フラダンス/フラサロン
  フラダンス  

今年初めてのフラダンス教室だった。
久しぶりの原田先生御夫婦と仲間6名が揃い楽しいフラダンスだった。

おさらいの「南国の夜」はしっとり
習いたての「バリバリの浜辺で」はばりばり早い曲にのって


1時間みっちり踊ると汗が出てくる。
「暑いね~」と仲間の顔が輝いている。

今年も新しいフリにもがき悩みながらも1曲づつマスターしていこう \(^o^)/ 
先生、仲間の皆さま今年もよろしくお願いします 




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にこにこ母さん

2012年01月15日 | お母さん


今日まで母さんは姉と一緒の生活だ。
姉は熊本から海外旅行用の大トランクに荷物を詰め込んで母のいる実家へ行く。

昨年11月、12月、姉は娘の住む東京へ行っていた。
久しぶりの実家の姉は戸惑い「私ボケたよ~」と電話が度々掛かって来た。

ケアマネの由香さんが介護の説明をして下さるが頭にスーと入らないと言う。
飲み薬の説明、ベッドの昇降ドアの説明、1日1500キロカロリーの食事、紙おむつ昼夜サイズの説明等々。

そうだよ。母さんの周辺少しづつ変化してきているよ。
姉に「1週間過ごして熊本に帰る頃やっと慣れるよ」と言うとハハハと笑っていた。



母さんはにこにこ笑顔で気持ちよく過ごしているようだ。
明後日から母と私の生活が始まる。

夫が退職したので二人一緒に実家に行けるようになった \(^o^)/

1週間分の夫の食事の作り置きをしなくてよい。

実家までの車の運転もしなくてよい。

夫婦どちらか母と一緒なので安心して買い物にも行ける。

夜半の急病の時も二人いるので心強い。


暖かい日は無理なく車椅子に乗せ散歩に行ける。


一人だと緊張するが二人だと余裕が出てきますね。
母さんといっぱい笑おう 

姉との度々の電話の中で「4月は九州国立博物館で平山郁夫のシルクロードの絵画よ」の情報があった。
「行こう行こう」春になると姉との珍道中お楽しみデイトだ 

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村田喜代子著 「龍秘御天歌」

2012年01月07日 | 
                

お正月気分も抜け、年末から読みかけの本をやっと読み終えた。
村田喜代子著「龍秘御天歌」

1597年、豊臣秀吉が朝鮮に攻め込んだ慶長の役。
茶の湯好みの秀吉は朝鮮の茶わんを手に入れたかった。

倭賊は朝鮮の炭焼きを捕えて日本国へ送った(過去の事とはいえ拉致ですね)
連行され渡来した十兵衛(張成徹:チャンソンチョル)は対馬ー筑紫野ー肥前路へ陶工を探し歩いた。

十兵衛夫婦は窯ぐれ700名を引き連れ、磁石の出る皿山へ大移動した。
朝鮮人の陶工たちは日本名をなのり、北九州黒川藩この地に、登り窯を築いた辛島家の物語だ。

辛島家の頭領十兵衛が死んだ。
さあ!ここから百婆(十兵衛の妻70歳)の葬式を巡る痛快物語の始まりだ。

百婆は、夫の葬式は故国朝鮮式ですると意志が固い。
若い息子や日本人の風習と戦う。

朝鮮と日本、生者と死者、若いと老いたもの。

日本の壇家制、坊さんの漢訳のお経、静かな弔い。

朝鮮の哀号、哀惜の泣き声、感情の弔い。


さて、死者の成仏が叶えられ冥土に送られるのは・・・

お坊さんのお経を聞くだけの読経の日本式なのか?
朝鮮の慟哭の儀式なのか?

百婆の情熱が起こす騒ぎは、日本と朝鮮の死生観の違いを考えさせられた。
・・・読み終えて村田喜代子の公平、客観的、ユーモアな文章に参りました。

村田喜代子さんを年末の「茅の舎」駐車場でお見かけしました。
凛としておられたので声を掛けるのを躊躇してしまいました(*^^)v

次は「百年佳約」を読みます。
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ママとミシン掛け 巾着作り

2012年01月03日 | 圭一郎
 
    この巾着はインターネットから

パパとママと圭ちゃんが買い物から帰って来た。
「お母さん、圭タンのおむつ入れ作ります」とママが布を買ってきた。

キリンやゾウさんがバスに乗ったかわいい布だ。
さっそく2階で二人で作り始めた。

見本は、ママが十代のころから使っている巾着だ。
途中、ママがいないよ~と泣く圭ちゃんをパパが2階に連れて来た。

ミシンの糸通しはママが、そして最後の紐通しもママが。
簡単な巾着なので1時間程で出来上がった。

圭ちゃんが福岡からやって来るとデジカメを首に下げ、可愛い仕草を追いかけ廻すばぁばなのだ。
しかし出来上がった巾着を写すのはすっかり忘れていた(*_*)
三角屋で買ったという布はしっかり丈夫でおむつもいっぱい入るでしょう



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