不法行為実務に「違法性」概念は必要か

2023-06-21 16:50:27 | 不法行為法

[一応の結論(私見)]

・総論:不法行為の成否を決める判断ポイントは、侵害されたとされる「権利利益」の性質(客観的ファクター)と、侵害行為の態様(主観的ファクター)である。□吉村95参照

・侵害された権利利益が強固なものであれば、直ちに(直感的に)不法行為該当性が当然に認められている。ここではあえて「違法」を論じる実益はない。□加藤雅184,232-3、吉村38-9,41-2参照

・他方で、権利利益の強度はともかく、侵害行為の態様を捉えて「違法=不法行為」と断ずる類型がある(詐欺取引)。□吉村39参照

・権利利益の強度に疑義がある場合(私見では「不法行為が成立する」と即断できない場合)は、権利利益の性質と侵害行為の態様の両面を論じる必要がある(生活妨害)。この中では、論者の都合よく「違法」を用いると便利。□吉村39,43-4、加藤雅184-5,214-5,232-3

・名誉毀損やプライバシーが問題となる類型も、「相手方の表現の自由」との関係から不法行為性が断定できず、独自の判断基準が設定されている。ここでは、侵害行為の「悪さ」が正面から問われる事案もあろうが、多くは「不法行為の成立を認める」という結論を「違法」と表現するにすぎないか。

・当該行為が本来的には適法である類型では、独自の判断基準や判断要素が挙げられる(不当訴訟、不当懲戒)。

 

[各論:交通事故]

・被侵害利益は「生命、身体、財産」という強固なものであるため、通常、「違法性」を持ち出す意義はない。不法行為責任の当否は「行為者の過失の有無、いわゆる信頼の原則」のレベルで決まるだろう(たぶん)。

・例外的に、被害者や第三者の特異な先行行為が存在する事例では、「違法性」阻却事由として正当行為や緊急避難が争点とされることがある。

 

[各論:取引的不法行為]

・詐欺的取引のように、刑罰法規や公序良俗に違反する行為が認められれば、「違法=不法行為」と評価される(この時、「権利侵害、過失」も渾然一体となって判断されている)。私見でも、事案処理で「違法性=行為の悪さ」を前面に出すと論じやすいか。□事件別237[若林三奈],8[窪田充見]

・通常の金融取引等では、取引自体の「違法」は問いにくく、「過失=説明義務その他の義務違反」が問われる。この文脈では「違法」要件を立てる意味が薄い。□事件別237[若林三奈]

 

[各論:マスメディア型の名誉毀損]

・事実摘示型:第1段階として、「当該事実摘示によって名誉(=社会的評価)が低下したか」が判断される。第2段階として、「[1]公共の利害に関する事実に係る」+「[2]その目的が専ら公益を図ることにあった」+「[3]真実である(or真実だと信じる理由がある)」が判断される。この判断過程の中で別に「違法」を論じる必要はないか(たぶん)。□事件別290-3[建部雅]

・事実摘示を伴う意見論評型:第1段階として、「当該意見論評によって名誉(=社会的評価)が低下したか」が判断される。第2段階として、「[1]公共の利害に関する事実に係る」+「[2]その目的が専ら公益を図ることにあった」+「[3]前提事実が真実である(or真実だと信じる理由がある)」+「[4]意見論評の域を逸脱しない(not人格攻撃)」が判断される。この判断過程の中でも、あえて「違法」を論じる必要はないか(たぶん)。□事件別304-7[建部雅]

・事例によっては「違法性」が重視されることがある、との指摘もある。□事件別317[建部雅]

 

[各論:プライバシー侵害]→《最高裁における不法行為プライバシーの展開》

・情報の公開が問題となる場合:第1段階として、「公表された情報がプライバシーと言えるか」が判断される。第2段階として「当該プライバシーを公表されない利益」と「当該プライバシーを公表する理由」とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に「不法行為を構成する」「不法行為上違法となる」などと称される。換言すれば、ここでも、不法行為責任が肯定されるという結論を「違法」と呼んでいるにすぎない(たぶん)。

・情報の取得が問題となる場合:

 

[各論:生活侵害]

・生活妨害や公害の分野では、加害者と被害者の種々の事情を総合的に勘案し、「当該事案における被害の受忍限度を超えるか否か(=違法性の有無)」を判断する見解(受忍限度論)が採用されている。□事件別304-7[大塚直]

 

[各論:不当訴訟や違法弁論]

・提訴:最高裁の表現では、提訴は「それが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合=相手方に対する違法な行為」となり、その具体例として「提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起した」場合が挙げられる(最三判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)。ここでは、提訴という本来は適法な行為が、具体的事実関係下で「違法=不法行為を構成する」かが正面から問われている。もはや、「権利侵害要件・過失要件」に還元できない(たぶん)。→《弁護士に対する懲戒請求が不法行為となるとき》

・主張や立証:多くは名誉毀損やプライバシー侵害として争われる。訴訟追行自由論が支配するため、独特の判断要素が形成されている。→《違法弁論による名誉毀損》

 

加藤雅信『新民法体系5 事務管理・不当利得・不法行為〔第2版〕』[2005]

窪田充見・大塚直・手嶋豊編著『事件類型別不法行為法』[2021] ※編者の問題意識には全く同感だが、良くも悪くも執筆者間の統一が取れていない。論文集だと割り切って読むべきか。

吉村良一『不法行為法〔第6版〕』[2022] ※穏当で堅実な記述は信頼が置ける。

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