損害賠償一部請求訴訟の意義?

2018-06-27 00:35:37 | 不法行為法

2020-06-22文献追記。

【例題】XとYとの間で交通事故が発生した。Xは、「この事故により総額5000万円の人的損害が生じた」と主張し、そのうち1000万円につき、Yに対する損害賠償請求訴訟を提起した。Yは、各損害費目を争うほか、過失相殺も主張している。

 

[訴訟物一個説]

最一判昭和48・4・5民集27巻3号419頁は「同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである」とする。この論理によれば、処分権主義との関係で損害費目は意味を持たない。裁判所は、その認容総額が「申立事項(民訴法246条)=当事者の設定した請求総額(訴額)」を超えない限り、各費目について当事者の主張する範囲を超えて認定することもできる。□下村117

・とはいえ、例えばXが「治療費100万円」と主張しているにもかかわらず、裁判所がいきなり「治療費200万円」と認定することは考え難いか(私見)。通常は裁判所からの適切な釈明がなされよう(私見)。□佐藤141参照、大嶋775-6参照

前掲最一判昭和48・4・5は人身損害のみが請求された事案であった。それでは、一つの事故で人身損害と物的損害の両方が生じた場合、訴訟物の個数はどうなるか。私見では、[1]人身損害を被った者と物的損害を被った者(=所有者)は本来的に別、[2]自賠法3条の適否が異なる、[3]現に消滅時効の起算点も別だと考えられている(たぶん)、[4]債権法改正で人損と物損の消滅時効期間が峻別された、という点を理由に、両者の訴訟物は異なると考えるべきであろう(大嶋や北河も結論同旨;これに対し、1998年の佐藤は「物損も含めた訴訟物一個説が通説」とする)。損保実務でも、対人賠償条項と対物賠償条項の区別に対応して、人身損害と物的損害とを別個のものとして扱っている(たぶん)。裁判実務も、各種社会保険給付の損益相殺的処理の場面において「積極損害/消極損害/慰謝料/物的損害」という損害費目の同質性を意識している。□佐久間八木103-4、大嶋776-7、北河116、佐藤140

 

[訴訟物の範囲=既判力の範囲=明示説]

・従前の判例理論は、一部請求であるか否かが明示されているかで既判力の範囲を画していた。すなわち、[1]前訴の一部請求が黙示であった場合、前訴確定判決の既判力によって残部請求をする後訴はできなくなる(最二判昭和32・6・7民集11巻6号948頁[前訴で連帯の主張をせずに後訴で連帯の主張をした事案]など)。[2]前訴で一部請求である旨が明示されている場合、「訴訟物=既判力」は明示された一部のみに限定されるから、前訴判決の確定後も残部請求訴訟を提起することは可能(最二判昭和37・8・10民集16巻8号1720頁)。□畑121

・なお、「一部請求である旨の明示」については、通常は請求原因の中でされよう(私見)。これに対し、納谷145は「一部請求であることの明示は、通常の場合、訴状の「請求の趣旨」の部分で行われる」と述べるが、理解に苦しむ(私見)。

・明示説は、応訴する被告の立場から見て正当化できる。原告から一部請求である旨を明示されれば、後訴残部請求を回避したい被告は、残債務不存在確認請求反訴を提起して一回的解決を図ることができる。□高橋93-4

 
[明示説による「時効中断問題」の帰結]

・請求者にとって、明示説は「残部請求後訴の余地」を許す点で有利である一方(もっとも私見では、実際に後訴まで至る例がどれほどあるのかは疑問)、時効中断の点では不利になる。すなわち、「訴訟物=明示された一部のみ」との理解からは、訴え提起による時効中断の効果が認められる範囲も、当該明示部分のみに限定される。したがって、明示的一部請求訴訟の提起にかかわらず依然として残部の消滅時効は進行するため、残部の時効中断を望む場合は、時効期間満了前に残部部分も請求拡張する必要がある(最二判昭和34・2・20民集13巻2号209頁[明示説を貫き<残部の時効が中断するのは、請求拡張申立書が裁判所に提出された時期>と明言した。請求者側には恐ろしい判決])。□高橋105、畑122

・この理を逆手に取れば、例えば不法行為事案において「起算点から3年以内に一部と明示せずに損害100万円として訴訟提起→起算点から3年経過後の訴訟係属中に損害を100万円から200万円に拡張」との経過をたどった場合、当初の訴訟提起をもって「一個の債権の同一性の範囲内における全部=損害賠償請求権全体(現在の請求者の主張では200万円)」に時効中断の効力が及ぶ(最二判昭和45・7・24民集24巻7号1177頁)。□早田90-1

 

[過失相殺=外側説]

・一部請求訴訟において過失相殺(前掲最一判昭和48・4・5)や相殺(最三平成6・11・22民集48巻7号1355頁)がなされる場合、債権総額のうち、請求されていない残部から差し引かれる(外側説)。このため、明示的一部請求にもかかわらず債権総額まで算定しなければならない。□高橋106、畑121-2

 

[明示的一部請求訴訟の棄却後の処理]

・例えば、請求者が「200万円のうち150万円のみ請求」と設定したところ、裁判所が120万円についてのみ認容したケースを考えよう。明示説を貫けば、請求者が明示的残部50万円について後訴を提起することは何ら問題ないはずである。

・しかし、 最二判平成10・6・12民集52巻4号1147頁は以上の処理をせず、明示説を変更しないものの信義則を媒介として後訴を却下した;「一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。…裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最三平成6・11・22民集48巻7号1355頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって…後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの 被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない」とした。

・ここで「例外的に後訴が肯定される特段の事情」の具体例として、学説では「費目限定型で敗訴した後に留保した費目の後訴を提起する場合」が挙げられている。□畑121、本間183

 

[まとめに代えて:請求者にとっての明示的一部請求訴訟の有害無益?]

・不法行為事案を念頭に置くと、「小賢しくあえて一部請求と明示して訴訟提起、一息ついていたら訴訟係属中に残部について3年(新法では人的損害は5年)が経過してしまった」との事態が極めて怖い。特に時効間近ケースでは「とりあえず一部請求でも訴状を出そう」とやりがちだが要注意。判例理論を踏まえれば、むしろ「全部請求の体裁で訴訟を提起した上で後に請求拡張する」のが実務対応になろうか(ただし、求釈明の対応に困るかも…)。この意味で、「一部との明示」を強調する大嶋777は疑問。

・実務的感覚では「一部に限って前訴提起して確定判決を得た上で、改めて後訴を起こす」という事態はレアケースだろう。三木34-42の用語を借用すれば、現実に想定されるのは、「総額不明型」「費目限定型」であえて一部請求訴訟でスタートし、係属中に訴えを拡張するというパターンくらいか。もっとも、「前訴の判決確定後の後訴」を予定しないならば、あえて一部の明示をする必要すらないか(上述の時効リスクからはむしろ明示的一部請求は有害か)。

 

佐藤彰一「損害賠償請求の訴訟物」青山善充・伊藤眞編『民事訴訟法の争点〔第3版〕』[1998]

納谷廣美「一部請求と残部請求」青山善充・伊藤眞編『民事訴訟法の争点〔第3版〕』[1998]

三木浩一「一部請求論について」民事訴訟雑誌47号30頁[2001]

早田尚貴「時効の中断(判批)」伊藤眞ほか編『民事訴訟法判例百選〔第3版〕』[2003]

本間靖規「一部請求における残部請求(判批)」伊藤眞ほか編『民事訴訟法判例百選〔第3版〕』[2003]

高橋宏志『重点講義民事訴訟法上』[2005]

下村眞美「申立事項と判決事項」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]

畑瑞穂「一部請求と残部請求」伊藤眞・山本和彦編『民事訴訟法の争点』[2009]

佐久間邦夫・八木一洋『リーガル・プログレッシブ・シリーズ 交通損害関係訴訟〔補訂版〕』[2013]

北河隆之『交通事故損害賠償法〔第2版〕』[2016]

大嶋眞一「訴訟物と請求の趣旨」塩崎勤・小賀野晶一・島田一彦編『交通事故訴訟〔第2版〕』[2020] ※期待したが内容はうーん…

 

※久々に「大嫌いな」民訴理論の勉強をしたが、学説の精緻さに感心し、素直に面白いと思った。

コメント (2)    この記事についてブログを書く
« 醤油オムライス | トップ | 行政処分の取消違法と国賠違法 »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (Unknown)
2020-07-06 17:41:21
文献の「大嶋慎一」は,大島眞一の誤記ではないでしょうか?
>Unknownさん (横井克俊)
2020-07-06 22:20:10
誤記を指摘いただきありがとうございます。ご指摘のとおり訂正いたしました。

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

不法行為法」カテゴリの最新記事