カクレマショウ

やっぴBLOG

「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」(その1)─リアリティあふれる造形美

2009-11-09 | ■美術/博物
東京・上野の森美術館で開催中です。ポタラ宮殿をはじめとするチベット各地の寺院や博物館からやってきた全123点を間近で見ることができます。その構成は次のとおり。

 序章 吐蕃王国のチベット統一
 第1章 仏教文化の受容と発展
 第2章 チベット密教の精華
 第3章 元・明・清との往来
 第4章 チベットの暮らし

なんといっても、見所は「第2章 チベット密教の精華」でしょう。インドとも中国とも東南アジアとも異なる、仏や神の独特の表現。「チベットだから」としか言いようがない造形でした。

チベットといえば、2008年3月、中国政府が反政府運動に対して苛酷な武力弾圧を加えた一連の事件は記憶に新しいところです。今回の出品作のうち、36件は「国家一級文物」。つまり、中国政府が「国宝」と定めたものだそうです。政治的だけでなく、文化も「支配」されているんだなと改めて感じました。ただ、チベットの人々の心に脈々と息づく伝統や風習まで変えることはできませんよね。

私が初めてチベットを意識したのは、小学生の頃に読んだ「世界の不思議」みたいな本でした。詳しくは忘れましたが、科学では解明できない不思議な物語がいくつか紹介されている中に、チベットのラマ僧が瞑想によってテレポーション(瞬間移動)するというエピソードがありました。ラマ僧とかチベットの宗教のことなんかもちろんろくに知らないままに、チベットってなんかすごいところらしいぞ、とその時強くインプットされたのでした。

それから、中学生の頃たまたま目にしたポタラ宮殿の写真もインパクトありすぎでした。山の上にある、というより山全体が建物に同化しているかのような壮大な宮殿。しかもそこが標高3,700mだと聞いて、ますますびっくりでした。

あるいは、「チベット密教」という言葉。これを知った時も、感覚的に、「チベット」と「密教」、これほどマッチする言葉はないんじゃないかと思いました。「秘境チベット」と同じように。「チベット」には「密教」があって当然だろうと勝手ながら思っていました。

NHK特集で放映された「秘境チベット ~聖地カイラス巡礼~」(調べてみたら、放送は1985年3月だったようですね)にも度肝を抜かれました。あまりにも衝撃的な映像だったので、ビデオにとって、一部を世界史の授業でも使っていました。カイラスというのは、チベット西部のヒマラヤにある、彼らが聖地とあがめる山です。番組では、そこに向かう人々が、およそ尋常ではない巡礼の仕方をしていました。「五体投地礼」(チャクツェル)です。

直立して合掌した姿勢から、まず手のひらを額、のど、胸の順につけて、それから、手足をまっすぐに伸ばした格好で、全身を大地に投げ出す。すぐに立ち上がり、自分の手指の先が届いていた場所まで数歩歩いて、再びこれをくり返す。これが五体投地礼です。仏教でも最上の礼拝作法とされますが、チベットの信仰篤い人々は、ひたすらこの五体投地をくり返して聖地カイラスを目指すのだという。この体すべてを仏に捧げます、という祈りの「深さ」が、テレビを通じてもびしびし伝わってきて、涙が出そうなくらい感動しました。人間の祈りはそこまで深くなれるのか、と思ったものでした。そして、そういう信仰の篤さ、深さは日本人には到底理解しがたいものもあるだろうなと。

今回の「聖地チベット」展を見て、私がまず感じたのは、やはり、彼らの祈りの深さであり、それが一点の曇りもなく、堂々と表現されているなあということ。簡単に言えば、そこまでやるか!ということでした。たとえばですよ、「十一面千手千眼観音菩薩立像」(下左写真)なんか、本当に「千の手」があるんですから。体の両側に、これでもかというくらい突き出している腕。正面から見ると、まるで孔雀が羽を広げたような美しい扇形に見えます。日本の仏像にも「千手観音」はありますが、実際には手の数は40本くらいがせいぜい。チベット仏教の観音様は、千手といったらしっかり1,000本の手があるんです。

  

リアリティという意味では、「ダマルパ坐像」(上右写真)をはじめ、ずらりと並んだ等身大の仏像たちからも目を離すことができませんでした。生前の顔を写し取ったかのような豊かな表情、生き生きと動きのあるポーズ、各所に散りばめられた貴石や珊瑚の輝き。共通しているのは、かっと見開いた目です。二重線で描かれた瞳が、すべての人間の本性を見透かしているように感じました。仏の道を踏みはずすでないぞ~! そんなセリフさえ聞こえてきそうな。

(その2に続キマス…)

最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ミジンコ)
2009-11-15 02:47:36
観音様の画像だけ見て「なんじゃこれは?羽?」と思ったんですが(笑、
やっぴさんの文を読ませていただいてから改めてよくよく見たら千本の手なんですね!
作り手がこの像に込めた想いを想像したら胸が一杯になりました・・
「祈り」は目には見えないと思われがちですが、こんなにも「深い祈り」はちゃんと目にも見えるんですね。
ただただ感動しました。
実物とご縁を持てたやっぴさんがうらやましいです。
返信する
Unknown (やっぴ)
2009-11-16 08:33:43
ミジンコさん
ありがとうございます。

あまねく衆生を救いたいという仏の願いが千本の手に表現されているのですね。そういうものを作る人間の思いも深いですね。

弘前の大仏公園の仏様もぜひ拝んでみたいものです。
返信する

コメントを投稿