Paradox Box

意味は持たないが韻を持つ題名を持つブログ。

勘違い男と盗人女

2005年02月25日 | Weblog
6月も下旬。TOKYO CITYは連日の猛暑。建物を一歩外に出ただけで強い日差しと照り返しに襲われ、湿った熱い空気が即座に体を包み込む。そんな中、外に出たとたん不快指数は予報通りぐんぐんと上がる。

だから皆、出来ることなら外になんか出たくないんだ。でもただのバイトの身、チーフに仕事を言い渡されたら出ないわけにはいかない。だからぶらぶらしながらたまに接客をしているパートのおばさん達を尻目に、不快指数が立ち込めるデパートの裏側へと足を踏み込んだ。不快と冷涼、この境界線は押すだけで越えられてしまう。


チーフから与えられた仕事は箱の中に入った商品の品分けと、その箱の解体。目の前に高く積まれたその箱を見上げて、これは相当の時間、不快を抱く事を覚悟した。

この仕事は場所を取るから邪魔にならないスロープの下でやるように言われたので、箱の山が詰まれた台車をおして、少しの移動。スロープでは商品をぶちまけそうになった。スロープからゆるい坂になるので少し余計に力が必要になるのだ。この不快指数を多く含んだ熱気はそんな単純なことさえ忘れさせた。

だが、いざスロープ下に着いても、自分が思っていたスロープの下は歩道に当たってしまう。ここはちょっと機転を利かせて、通行人の邪魔にならないように搬入口でやることにする。
でも内心は「トラックが商品を搬入しに来たらどうすればいいんだろうと」と心配の種を抱えていた。しかし、スロープの下って言うのは、そこしか知らないので、しょうがなくそこでやる事に決めた。

これが勘違い男が盗人女に出会うキッカケ。それは勘違い男の勘違いがもたらしたキッカケ。


「離してよ!」

女の高い声が響き渡った。勘違い男はそつ無くこなしていた仕事を無意識に止め、声の方に目をやった。そこには若い女と、中年女。言い換えれば、盗人女とスーパーウーマン。

万引きGメン

よくニュースの特集コーナーで目にするけれど、実際には見た事がなかった。でも、それは当たり前。普通の買い物客の格好をしたおばさんが万引き犯にただ目を光らせているんだから。それは一種のスパーマンのようなもので、普段は普通の人に紛れ込み、悪が現れた時だけ登場し、悪をやっつける。だからスーパーウーマンなのだ。


テレビの中の光景がモザイク無しでリアルに繰り広げられる今の状況に、暑く湿った気候が汗の玉を増やし続けている事も、いくつかの汗の玉から生じた滴が頬を流れた事も、そして不快指数が消えていく事も気付かずにいた。

勘違い男の見つめる先にいる盗人女は警備室に入れられるのを叫び拒んでいた。得体の知れない闇に恐れ逃げ出す少女のように、そこから何度も逃げようと試みた。

だけど、結局闇に呑み込まれていった。

勘違い男はそれを見届け、自分の本当のリアルに戻っていく。今の男のリアルは不快指数を全身で受け止め、汗を纏いながらの品分けだ。


数十分後、パトカーが到着した。そこから現れた二人の警官が沈んだ女の腕を持ち、パトカーに押し込んだ。女は泣いているがわめきはしない、自分のリアルの重さに押し黙らされたのだろうか。この時、勘違い男は盗人女のリアルにどっぷり浸かる、傍観者。

勘違い男が漬かっていた女のリアルはパトカーとともに遠ざかり消えていく。そしてここにあるのは自分のリアル、勘違いをしている自分のリアル。


勘違い男に中年男が険しい顔をして近づいてきた。

「もうすぐ、トラックが来るから早くどいてくれないか。そもそもなんで君はこんな所で、品分けをしているんだ」

「チーフにスロープ下でやれって言われたから・・・」

「君、それはここじゃなくて、ずっと向こうの倉庫の前だよ」

勘違い男のリアルはチーフの意味するスロープとは違うスロープで人の邪魔をしながらも、気付かずただ言われた事をやる。不快指数に包まれながらも、汗を流しながらも。

でも、テレビのリアルをこの目で見たんだ。