摩耶舞薮露愚

日々是口実日記(スパムメールの情報など)

パオロとフランチェスカ

2005年03月05日 | 男女の心象風景
ダンテの神曲の中でもとりわけ哀れを誘う第5歌の「パオロとフランチェスカ」の逸話。
この逸話は13世紀に実際にあったもので、よく知られているとは思うが、とりあえず紹介する。


ラヴェンナにあるポレンタ家の美しい姫フランチェスカ・ダ・リミニは、父の命令で宿敵マラテタス家との和睦のために同家の長男ジョヴァンニに嫁ぐことになっていた。しかし、醜男のジョヴァンニは、フランチェスカに会って拒絶されることを恐れ、代理として弟のパオロをポレンタ家に派遣した。兄と違ってパオロは美青年であり、フランチェスカに会った瞬間二人は恋に落ちる。
だが、フランチェスカが実際に嫁ぐ相手は兄のジョバンニなのである。事実を知ったフランチェスカの落胆が如何に大きなものであったか、想像するに難くない。
しかし、パオロは兄を裏切ることは出来ず、フランチェスカもまた、一度決めた結婚を取りやめることは出来ないことを自らに言い聞かせる。
二人はその恋心を押し殺したが、燃えさかる恋慕の情を抑えつけることなど出来ようはずもない。
ある日、二人はアーサー物語の円卓騎士ランスロットと王妃ギネーヴァとの不義の恋の話を読み進むうちに、微笑を湛えた王妃の唇にランスロットが口づけをする下りに出会う。この下りを読んだパオロはおののきつつもフランチェスカに口づけをしてしまう。この物語を書いたのはランスロットと王妃の不義の仲介をしたガレオットであるが、皮肉にもパオロとフランチェスカの不義の恋の橋渡しまで演じることになったわけだ。
こうして恋人同士となった二人の密会は、やがてジョヴァンニの知るところとなり、嫉妬に狂ったジョヴァンニは2人を刺し殺す。その後地獄に落ちたフランチェスカとパオロは、地獄の第二環において、永遠に黒い風に吹き流され漂い続けるというものであった。

地獄篇の中では、ダンテ自身がこのことに対して「フランチェスカよ、汝の苛責は 私を悲しく憐憫《あはれみ》に泣かしむる。しかし語れ、甘き溜息《といき》のころ何により又いかにして戀が汝におづる願望《おもひ》をそれと識らしたか」と問うている。
第5歌が、風に漂う「邪淫の徒」であるにもかかわらず、ダンテはこの二人に大きなシンパシーを感じていたのだろう。これをしも「邪淫」というべきか、と。

私はこの二人の物語を想うたびに、これを単なる不義とか邪淫というカテゴリーに括っていいものか悩ましい思いがするのだ。
この悲劇の発端は結局のところ家と家との争いを回避するための政略結婚にあり、しかも本来の結婚相手を偽るという、まさに許し難い奸計の結果として導き出されたものではないのか。
であれば、パオロとフランチェスカはいったいどんな罪を犯したというのだろう。二人はお互いに自分の想いに忠実であっただけなのではないか。自分が恋いこがれ、自分の胸を灼く想いを持ち得たこと、それが罪なのだろうか。彼らが永遠に、地獄の第二環の黒い風に吹き流されなければならないほどの…。

それは、恐らく彼らがそれを罪だと感じたからに他ならない。
しかし、繰り返しになるがそれは本当に罪であるのだろうか…。
私にはわからない。
愛することに、本来、罪などという意識はないはずなのだ。もしも、その当事者である二人が愛によって真に魂を燃焼し得たのであれば、彼らを取り巻く社会などというものは、彼らに一指も触れることはできないのだから。
パオロとフランチェスカを破滅せしめたもの、それは、彼ら自身の「余分な」罪の意識であった…。
私はそう思う。
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