思えば長かった、この8年と2ヶ月。
その間にいろんな事があったなあ・・・。しみじみ。
父が中国に赴任すると決まった時、まさか自分も中国で働く事になるとは思いもしなかったし。
私が中国で生活し始めてもうすぐ3年、その間に父はずっと北京から私をサポートしてくれました。
母が私が中国で働く事を容認できたのも、近くに父がいたから。
そんな父もいよいよ日本に帰る日が来たのです。
父へのお疲れさまという気持ちと、そしてもう中国で父を頼りにできなくなり、自分で生活していくんだという気持ちの区切りのためにも、会社を休んで北京まで見送りに行きました。
朝早い列車に乗ったので、いつものようにすっぴん。。
父は会社の人には何時の飛行機で帰るか言ってないから、見送りはシュンマオだけだよと言っていたので、まあいいかな~と思っていました。
残りわずかな時間、父の豪華マンションでケーキを食べていました。
食べ終わり、そろそろ出発しようかという時・・・なにやら日本人がやってきました。
そう、結局会社の人が見送りに来てくれたのです。
マンションへは5人、空港へは3人見送りに来てくれました。
空港への車の中で、父は何度も送別会を開いてもらい、とうとう泣いてしまったという事を話してくれました。
中国は泣き出すと拍手をしてくれるんだよ、面白いねえ、と言っていました。
立派な寄せ書きも見せてくれました。
さすがに8年も勤務しただけあって、けっこう大勢の方が長い文章を書いていました。
いよいよ空港に着いたのですが、やたら早く着いてしまい、父はもう見送りは恥ずかしいから中に入る、と別れの言葉もそこそこにしてカウンターに行ってしまいました。
絶対見送りの時は泣くわと思い、カバンにはハンカチを用意したのに、カバンに手をかける間もなく、父は人ごみの中に消えて行きました・・・。
会社の人もおるし、泣くヒマなんかあらへんかったわ。
そして残された私と会社の人。。
空港から市内まで送ってくれました。
「お父さんより娘さんをよろしくと頼まれています!」と名刺までいただきました。
あいたたた・・・、私今日名刺持ってへん。。
父の北京の会社の人とこうやってあいさつをするのは実は今日が初めてでしたが、初めてがこれ。とほほ・・・
ちなみにお昼は日本食をおごってくれました。
ありがとうございました。
余談ですが、その日父が家に着いた時、母が花束を持って迎えて、それで父はまた泣いてしまったそうです。
8年間お疲れさまでした。もう北京に戻ってこなくていいんだよ。母と仲良く暮らしてね。
さらに余談ですが、シュンマオ父は9月に出張でまた北京に来るそう。。まだ定年退職してないしね。