◆書く/読む/喋る/考える◆

言葉の仕組みを暴きだす。ふるい言葉を葬り去り、あたらしい言葉を発見し、構成する。生涯の願いだ。

BF#3/感想1(ネタバレあり!)

2005-10-03 14:19:46 | 創作
● 感想文を改訂しました。後半に、作者の重要な視点を書きくわえて。もしミント氏が改訂前のものをお読みでしたら、お許しください。

 BFの感想を書いていきます。すでに帯書き的な作品紹介はモケさんがおやりですし、二瓶さんもBF#3の感想をアップされていますけど。ここでは、おれなりに読んで考えた事柄を自由にまとめてみます。BF作者と関係者がさらなる情熱を燃やしていってくれるキッカケのひとつになればいいんですが。「誤解だ誤読だ! わどなんか嫌いだァァ!」とプリプリ騒ぐやつだっているかも知れないな(笑)。とにかく一度、著者の人となりをブラック・ボックスに入れます。

  * * *

1.『十七/君の強さ』 奈伽塚ミント

【粗筋】 高校三年の春。進路調査書を白紙で提出した俺は、生徒指導の岡部から進路指導室に呼び出された。鬼というより悪魔に喩えたい岡部には恐怖するばかりだったが。一応で活動してるだけの文芸部を止めて勉強しろといわれ、俺は思わず「やめてください!」と怒鳴る。生徒を有名大学に進学させて自分株を上げようとするエゴイストの企みに気づいたからだ。なのに有効な反撃もできないまま俺は約束させられる――明日まで進路が決まらないなら、俺の言う通りにしろと。大人の道理を押しつけて人を大人にしようとする吸血鬼のような力。敗北感にくじけそうだった俺は、指導室の外で黒田恵(文芸部・部長)に出くわす。
 二人だけの部室。そこで委員長(彼女のあだ名)から、退部の説得を岡部に頼まれた事実を聞かされて激怒する。だが、部を辞めないといけなくなるかもしれないと発言する俺がいた。ふざけた調子でシニカルになった俺の頬に、ビンタが飛んできた。突然わかる、俺には部活動が大切な時間だったことに。この強い気持ち、自分の本音、本心を言葉にしようと決意した俺だったが、委員長から「好き」とコクられてたじろいでしまう。その素直な気持ちを受け止められないと思ったからだ。弱い俺、本音から逃げようとする俺。しかし強く自分と向き合って前に進みたいと願う俺は、ふと眼前の委員長の姿に気づく。力じゃない強さを持つ彼女に。その素直さにふれた俺は、やっと自分のやりたいことがわかる。「俺、作家目指してみるよ。だから文芸部やめない。…(略)…」と言った俺は、黒田にも「好きだ。…(略)…」と告げることができた。「誰かを、守りたいと思うこと。それが、強さ。」「俺は強くなれる。強くなる。俺自身のために。そして、俺を思ってくれる人のために。」窓から差し込む月明かりに「俺たちの影がゆっくりと溶けあってい」き、唇には「幸せな甘さ」を感じるのだった。

  *

 基本設定はムギバタで、しかもセカイ系だよね? 多くの物語には敵/味方が描かれている。この構図は、いまだにとっても有効だ。悪辣非道に敵を描ければ、それほど苦もなく正義の道理は味方のほうに転がりこむ。敵を汚く描くほど、味方の美しさが浮き彫りになる。ムギバタ(『ライ麦畑でつかまえて』)では大人を汚いエゴイストに描くから、少年の素直さとか純朴さとかが欠けたガラスからの反射光線のように煌めいてくる。この『十七/君の強さ』で悪魔、吸血鬼として描かれる大人(セカイ)チーム代表選手の岡部は、ヒーローとヒロインである「俺」と「黒田」の純粋さや爽やかさを反転像として浮かびあがらせるには必要な裏部品、名演技の敵役なのだ。
 もっと簡単にいえば、こうかな。「きみって嘘つきだ!」と相手を責める者を目撃したとして、じつは責めているほうが歴代の大嘘つきだったとは、だれにしたってすぐにはピンと来ないよね? 「きみはイイ加減だ!」「きみは*NG病だ!」etc。なんだっていいから、叫んでごらんよ。言葉の反作用が体験できるから。ここに弁論法の、言葉の、小説のレトリックがひとつ生じる。古くからあるけど、いまでも雑誌やブログなどで盛んに使われている文章構成のテクだ。意識的であれ潜在意識的であれ同じこと。
 なので後半でも悪魔の岡部とその仲間たちを登場させて、「俺」と「黒田」との決意に介入するとかの展開は可能だったし、そうなれば、この作品は敵・味方ドロ沼状態の面白い中・長編に変身していたかもしれない。この作品のパラレル・ワールドだね。しかし肉薄する期限などの多忙さもさることながら、パラレル・ワールドに向かわなかった原因は著者に存在する純文学志向のためじゃないかな? そんな物語展開を告白体は元々許さないのだ。
 この作品の特徴は、「十七歳。もう子供だとは思わない。だけどまだまだ大人になったわけではない。ちょっと中途半端な、そんな場所に俺はいる。」というフレーズが繰り返される点にあると読んだ。「まだ大人にならなくていい。」ともいう。子供――大人、そして中途半端な俺がリニアに並べられる。当然じゃん、年令順だもん。という立場はあるが、もちろん作者はそんなオ*NG生物学をしたかったわけではない(「大人の道理を押しつけて、人を大人にしようとする」etc)。それが普通だよね、文学とか小説とかの言葉の世界に漂う者なら。しかし子供/大人だけじゃなく、この作品のキーワードはほとんどすべてリニアに並んでいる。といって言葉が悪ければ、両極を持った対の間で言葉は捉えられている。力がある/ない、強い/弱い、本音に向き合う/本音から目を逸らす、向き合う/逃げる、など。だから「俺の羅針盤」が「くるくる回ってばかりでどこも示してはくれない」としても、ある意味で当然なのだ。両極の間に存在している者としては、過去(子供時代)も未来(大人セカイ)も自分がたしかに実感できる存在ではないだろう。
 だったらいっそ、対という言葉のプランニングをキャンセルしたらどうなるの? 白紙に戻したセカイには、大人も子供もなく、敵や味方の力も強さも弱さもなく、過去も未来もなく、ただ、今が残されているだけだろう。今は直ちに消失し、泣き喚いても二度とリピートしてくれない。一回かぎりで消え去るライブだ。「俺」にとっても「黒田」にとっても。この今を、自分はどう捉まえるのか。「本音」とは案外、こうして捕捉される時かもしれない。キャンセルした角度からも、「生きる」とか「自分の方向」とかが生じてくるかもしれない。

 作品の最後尾には、作者のもっとも主張したかった発見が描かれている。ふたりの愛という関係だ。もっとも、作品中に愛という文字はない。
「誰かを、守りたいと思うこと。それが、強さ。」
「俺は強くなれる。強くなる。俺自身のために。そして、俺を思ってくれる人のために。」
 粗筋にも引用したこの二個のフレーズは、それまでの「俺」の思いと明らかに違っている。作品の後半部にいたるまで、進路についての「俺」の考えや思いのなかには「俺」しかいなかった。俺はどうするかという、いま流行の「自分探し」的な思考のなかにしか主人公は存在していなかったのだ。しかし最後になってふれられる二個のフレーズは、「俺」のなかに黒田という他者が組み込まれていることを明らかに告白している。これは認識の文脈革命だ。大いなるパラダイム・シフトなんだ。
 どうしてか? ここに主人公の自己というものが、親しげに視線を送ってくる他者との関係のなかで理解されはじめるからだ。リンクの拒否ではなく、他者とのリンクを望み実現した「俺」。これがパラダイム・シフトでなければ一体なんだ? 求められている自分、そのことにハッと気がつく瞬間以上の「幸せな甘さ」が、このとらえどころもない世界の一体どこにあるのか!? このような甘味な瞬間に遭遇することで、おれたちはやっと自己肯定的にこの世界を生きていけるのではないのか。おれたちの自己とは、アイデンティティーとは、かくも茫漠として輪郭も定かではないものなのだから。親しげな視線を送りつづける他者。それが精神に障害をもつ異性でないなら、おれたちは最大の努力をもって他者には接するべきなのだ。そこには自己の知りえなかった肯定的な自己がある、いや、形成されつづけているのだから。

  *  *  *

 この記事をアップしてから、二瓶さんが早くも8/30に感想をアップされていたことに気がつきました。迷ったものの、彼とは読みの形が違うので、やっぱりおれもこのエントリーをつづけることにしました。BF関係者への応援歌のつもりだった最初の意図は失われましたが、「枯れ木も賑わい」とでも、お受け取りください。>各位殿 《続》

最新の画像もっと見る

14 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
わどさん、こんにちは! (しゅぱ!)
2005-10-03 14:24:05
トラックバックありがとうございます。

凄い書評ですねぇ。

ここまで読み切るとは。

先が楽しみです(ちょとドキドキしつつ)。

今回はご一緒できて良かったです。

これからもよろしくお願いします!
返信する
あ、 (わど)
2005-10-03 16:39:46
『※夜、一人では読まないほうがほうがいいかもバージョン』と『※仕事中は読まないほうがほうがいいかもバージョン』の二作をおだしになった方ですね。はじめまして。こちらこそよろしく!

しゅぱ!さんの作品にも感想をアップさせていただく予定になっとります。公園でパンを齧るおれを遠巻きに見るバトたちのように、気楽に待っていてください。恒例の紅白歌合戦がはじまるまでは決着つけます(確)。



TB、そちらへは行ったんですね。なぜか、グー・ブログ相手には送れないという怪談。最近はH系サイトなどのスパムなんかをキッカケに、なにかとグーも五月蝿くなってきたようです。
返信する
トラバ送れないこと多いんですよねぇ…… (もけ)
2005-10-04 02:31:47
じっくり読んでみたですけれど、

どの言葉がフィルターされたのか判らないっすよね。

僕が送れなかった記事は、文中に「自○行為」があったためでした。

言論統制。。。
返信する
もけさん (わど)
2005-10-04 03:08:49
どうも「フィルター」が原因じゃないようですねー。とにかく、グーブログはややこしくなってきました。うるさいメタブロガーの連中が、アレコレかき混ぜすぎたんじゃ?(笑)
返信する
初めまして (ayase)
2005-10-04 11:14:37
わどさん、こんにちは。

BF3で、ご一緒させていただいた彩世です。

TB,ありがとうございました。



ここまで読み込んでいらっしゃるとは……。

凄いです。

他の作品への書評も楽しみですね。

返信する
あ、ayaseさんだ (わど)
2005-10-04 14:46:14
と感激すれば、上のコメンテータもけさんに「男女差別だ!」と指摘されそうです。

『ホワイト・ダイヤリー』の作者さんですね。そのご作品にも感想文を書かせていただくつもりです(もけさん相手とは、なんか口調も違ってくるなあ)。

ミント氏の学園物語ですが、かろうじてこっちも高校ぐらいまでは経験しているものですから。一種の共通体験ですかね。こういうと、現実の秀才ミント氏には「わどなんかと全然ちがーう!」と怒られちゃいそうなんですが(大笑)。
返信する
いいもんね (もけ)
2005-10-04 19:09:16
所詮、美女には敵わないさぁ(苦笑)。
返信する
何事もあきらめちゃあ、いけないぜ (わど)
2005-10-04 19:40:38
もけさん>こんどのコミケでコスプレやってみれば? BFも売れそうだ。







(オゲ~ッ!)
返信する
う~ん。。。 (もけ)
2005-10-05 01:25:55
わどさんもやるなら考えないでもない(爆)。
返信する
Unknown (kani)
2005-10-25 07:59:43
奈伽塚ミント作品レビュー。ストーリー紹介が邪魔
返信する

コメントを投稿