働き盛り夫婦で世界一周旅行

30代後半で世界一周旅行。いい年して文無しで帰国した2年後、子供を授かる。そして2012年ジャカルタへの赴任辞令が。

無事帰国しました2

2007-04-04 14:43:39 | 旅のつながり

翌朝実家に着いて驚いた。

なんと衣装持ちなことか、洋服だけではない。何でも物も持っていた。荷物多すぎ!

1年間バック二つで生活できるのに、どんだけ持ってるか。もうこれからしばらくは荷物増やさないように生活出来そう。あっ、でも服は肥えすぎてほとんど入らないなぁ。どうしよう??

 

帰国するのが憂鬱だった。いろんな面倒なことが待っているかと思うと、気が重かった。

でもそれも自分たちで決断した事。始まりがあれば、終わりもある。逃げてばかりはいられない。

 

私たちはもうすぐ40代。これから就職活動もしなければならない。

もちろん20代の子達のようには、そう簡単に次は見つからないと思う。

また、もがき苦しむ日もあるかもしれない。旅に出るときの一番の不安材料は、まさにこれでした。

 

旅で出会ったある旅人が言っていた。

自分でやりたいことをするのに、その道がどんなに苦しい道であっても、しんどいとか大変だとかとは思わない。自分がそうなりたいために、勉強させてもらってるだけで、それがしんどいなんておかしなことだ、大変だなんて当たり前のことだ、って。

 

なんてポジティブ、私たちもこの精神で乗り越えたい。

二人ともばっちり人生の充電は出来たはず、次は如何に放電するか?

しばらくは日本での生活を、自分たちらしく楽しめそう。

そして、迷ったらまた旅に出よう。

それが、もしかしたら一番私たちらしい生き方なのかもしれない。

1年間見守ってくれた皆さん本当にありがとうございました。

次、世界に出発するのはもしかしたら、あなたかもしれませんね。


無事帰国しました1

2007-04-04 14:38:49 | 旅のつながり

ただいまぁ、とうとう帰ってきちゃいました!

シドニーからは世界水泳メルボルン大会で、大活躍だった日本選手団のみなさんと同じ便で帰ってまいりました。

帰国一週間前はドキドキの毎日だったのに、いざ飛行機に乗ってみると意外と平常心に戻っていました。

夜遅かったためその日は成田に一泊。

腹ごしらえするために、宿近くの「吉牛」へ。私は以前から「吉牛」を好まない。でも他に選択がなかったので仕方ない。

夫は牛丼、私は定食を頼む。早い、安い、そして

うま~い

ではありませんか!

何がうまいって、米がうまい。日本の米はやっぱり世界一。お百姓さんありがとう。

翌朝は宿の日本食ブッフェでがっつり食べさせていただいた。

もちろん納豆は一人2パック。小松菜のおひたしやら、切干大根の煮物やら。

何度「うまっ、うまっい、うまっ」と絶叫したことか。

日本食最高!やっぱり私たち、紛れもなく日本人であることを再確認した時間でした。

そしてこの日は私の実家に一泊し、翌日は新宿から5000円の夜行バスに乗って、夫の実家伊丹へ。

なんて都会は人が多いこと多いこと、わかっちゃいるけど多すぎない?

これじゃあ、ぶつかるでしょ、どう考えても!

それに、女の人が白くて細くてめちゃ奇麗!きれいな人も不細工な人もそれなりにみんな小奇麗に着飾り、メイクアップしている。

ふと自分たちを見ると、ぞっとした。ダサい!どこからどうみても、今日田舎から出てきちゃったぁ~と言う感じ。しかも肌も外国人並みに、垢黒い。まずいでしょ、これは!ほんと今、気が付いた。自分たちの小汚さに愕然とした。旅人に告ぐ、それだけは覚悟しておくべきでしょう!しかも1年間よくも飽きずに、毎日毎日おんなじ洋服着れたもんだ。ユニクロさんに表彰してもらいたいくらいだわ。(つづく)


旅の終わりに

2007-04-03 17:20:23 | 旅のつながり

いよいよ旅も終わりだぁ。


あぁ~ほんとうに楽しかった。


これで二人とも一文無しのぷー太郎になっちゃったけど、この旅に後悔は無い。


またがんばって次の目標に向かって日本でがんばろう、と思う。


 


長い間の貧乏旅行生活でも大した病気もせず、元気に旅が出来るほど丈夫な体に生み、育ててくれた4人の両親に感謝します。


 


自分勝手に思いのまま旅を続けてきた私たちを、遠くから理解し時には強力なサポートし、そして最後までこの旅を見守ってくれた、家族に感謝します。


 


日本からメールやらコメントやらで、叱咤激励してくれ声援し続けてくれた古くからの友人に感謝します。


 


旅中で出会い、意気投合し楽しい時間を共有してくれた旅人、調査不足の私たちにいろいろな情報を講じてくれ、ヘルプしてくれた旅人に感謝しています。


 


現実的に考え長期の旅に出ることを反対する私を、長い時間を割き「世界一周旅行」というこんな素晴らしい旅へと導いてくれた夫に感謝します。そして、夫のおかげで危ない目にあうこともなく無事に旅することができたことにも感謝しています。


 


いろいろな人に支えられ今日があります。


これで私たちの旅ブログは一旦終わりますが、また新しい生活が始まり、いつの日かまた旅ブログ第2弾が始まるかもしれません。


今までほんとうにいろいろありがとうございました。


 


最後に帰国第一声ブログだけ後日アップし、終了したいと思います。


日本もこうだったらいいのに・・・

2007-04-02 17:10:29 | 日常のぼやき

今日は旅に出て、日本もこうなったらいいのになぁ、って思ったことを書いてみます。

旅中もっとたくさんいろんなことを思っていたのですが、年のせいか今全てを思い出せませんが...。

 

まずやっぱり一番は、これでしょう!

道路は全てただ(無料)にしてほしい。100歩譲って、何処まで行っても高速道路は1100円。日本みたいにびっくりするくらい高い道路ってどこにもないよ。有料はあってもあの値段は間違いなくない!何とかならないのかなぁ?

 

電圧を100Vから220Vにしてほしい。

あっという間にポットのお湯は沸くし、ドライヤーであっという間に髪も乾くし、オーブン使ってお肉だってすぐ焼ける。パワーが違います。そうなるとキッチンのガスコンロがまず必要なくなって、電気コンロになり火事も減る。一石二鳥どころかいいことずくしのような?どうでしょう?

 

 

キッチンの話しをもうひとつ。

ディスポーザーの普及を進めてほしい。だってあれほんといいよね。

生ゴミが出ない→ゴミだししなくていい→臭くない→小バエも発生しない。

いいことづくし。わたしはぜひディスポーザー付の家に住みたい!!

 

国際空港をもう少し都心のそばに持ってきてほしい。成田空港ちょっと都心から遠すぎませんかぁ?羽田くらいでもいいんじゃないの? 25箇所以上の国際空港に足を運びましたが、成田ほど遠いのは他にありませんでした。どうなのでしょう?

 

もっとあいさつしませんかぁ?

外国ではバスに乗るときも、降りるときも、スーパーでレジでチェックしてもらうときも、ガソリンスタンドでお金払うときも、どんなときでもまずは挨拶から始まります。

おはよう、こんにちは、元気?、ありがとう、そんな一言の挨拶からはじめるだけで、対応がぐっと違うものに変わります。

知らない人と話してはいけないと教えられる現在。もう、日本では挨拶から始めるのは無理な時代なのでしょうかねぇ?

 

24時間運行の市バス。

都心には必要なんじゃないの?大きな街では24時間、しかも昼間と同じ値段で運行される街が多かった。残業も夜遊びも心配なく出来る!まぁ私は間違いなく夜遊びのために・・・だけどね。ついでにATM24時間オープンにしてほしい。世界ではこれはほぼ当たり前の状態なのにね。

 

最後に、サラリーマンの年間長期休暇の日数を増やしてほしい。

世界中の旅人と話していて、4日や5日、1週間で海外旅行してるのなんて、欧米人ではありえなかった。みんな3週間4週間。1年に一回でも1ヶ月近くまとまった休みがもらえるなんて、夢のよう!もしそれが普及したら、今以上にサラリーマンがんばって働くんじゃないかな?たった1ヶ月その人がいなくたって揺るがないシステムさえ構築しちゃえば、みんなで順番に休めるのに・・・。1年に一回リフレッシュしたら働く意欲も変わりそう!だめぇ?あぁ夢みたい。

 

もっといろんなこと感じたはずなんだけど、今思い出せない。だめだね、ちゃんと記しておかないと。これも老化現象か??

他にもこんなんあったら・・・って感じてる人。こっそりご一報ください。

ほんといろいろあるもんね。


活気付くサーファーズ

2007-04-01 17:39:18 | オセアニア

変わらないきれいなビーチ

ライフガードも健在

    

ラプティスプラザ

カビルモール

  

老舗アベニュー

カビル背後には高層ビルが。

ビアガーデンも健在

 

通産4度目となったオーストラリア、サーファーズ。

何度来ても、この乾いた空気とうるさいくらいの波の音、黄金に輝くビーチ、人々の明るさだけは変わらない街だった。

いくらいろんなことが変わってしまったと思っても、やはり私にとっては心地よい場所であるのは間違いない。

私が知っている限りでは、かつてないほどにこの街は今、活気付いている。

街中の高層ビルの建設ラッシュを見ても、もちろん感じることは出来るけど、一番それを感じたのは週末の夜だった。

週末のある夜、ゴールドコースト唯一のカジノに出かけてみた。

私が今まで見たこともないほどの盛況振りで、しかも当時はワーホリや観光客の日本人がほとんどで、旅の途中に楽しんでいるくらいの感じだった。

しかし、今は大騒ぎして楽しんでいるのはどっからどうみても地元の老若男女。レストランもバーもナイトクラブも大混雑で、あちこちから雄叫びが聞こえてくる。

まさに今オージーは好景気のようなのが、ここカジノだけでも伺い知ることが出来る。

カジノで遊ばせてもらったあと、サーファーズの街のメインストリート、昔からある老舗「アヴェニュー」へ繰り出してみた、11:00PM

もうすごいのなんのって、若者に混じり私たちと同世代と思われるおじさんおばさんまで、いるわいるわ。昼と夜が逆転してると思うくらい、街中にわんさか人が夜遊びに繰り出してきていた。

今ワーホリで豪訪していて若者はめちゃ楽しいだろうね、と思わずにいられなかった。

こんな小さなサーファーズが、とてもエキサイトな街になってるもん。

17年前私が受けたこの街の人たちの印象は、「お金はなくても、人生楽しく過ごそうよ」だった。

でも今は違う。

「お金もあるから、もっともっとお金使って人生楽しもうよ」になっているように思えた。

私がはじめて訪れた1990年は、オンボロ車が普通に走ってた。

床に穴が開いてる車、窓ガラスのない車、ドアのない車・・・。

今は凄いよぉ、真っ赤なフェラーリを見かけることも珍しくはないし、輸入高級車がほとんどで、逆にオンボロ車見つけるほうが至難の業くらい、みんなピカピカの車に乗ってる。

はぁ~思わずため息が出ちゃいます。

景気がいいのはとてもいいことだ。

でも、もしかしてバブル、たぶんバブル・・・???

私が覚えているかつての、街の有名店はほとんどない。

健在なのは、チャーリーズ、OKギフトショップ(場所は違うけど)、ダニッシュアイスクリーム、ラスティペリカン・・・。

無くなっていてショックだったのは、ANAホテル。ホリディインに変わっていた!

そして、交差点近くにあったバーバリアンステーキハウス、毎日通った定食屋ハッピーハウス、日本の居酒屋さん(名前忘れた!)・・・。

前にも書いたけど、街中不動産屋があふれかえっている。

17年前土地だけでも買っておいたら、もしかして今頃私は大金持ち???残念!!!