車止めピロー:旧館

  理阿弥の 題詠blog投稿 および 選歌・鑑賞など

「粘」

2009年09月02日 | 鑑賞:題詠2008
題詠2008のお題「粘」から気になった歌3首。


 死にちかき猫の泪をぬぐひしに粘性かそかありてかなしき
  本田鈴雨

もう自分で顔を洗うことも出来ない飼い猫の、目やにを含んだ涙。
そのわずかな粘り気は生の証であり、同時に老いの象徴でもあります。
かなし、という直接的なことばが、けして陳腐に響かないのは、
当事者でなければ描き得ない状況と行為が、きちんと掬い取られているからでしょう。
とても好きな一首です。


 いくら転校しても世界が脛を蹴る 粘着テープで小犬を縛る
  岩井聡

歌意はそのまんまだと思うんです。転校を重ねざるを得ず、
鬱々とした少年は、子犬をガムテープでぐるぐる巻きにしたと。
作中主体の行為はさすがに共感は呼ばないだろうけど、でもこの一首はもともと
共感を求めてる歌ではなくて、力の関係を描写したある種の構造図なんですね。
実際にテープで巻いたかどうかは、まあぜんぜん問題ではない。
突然出てきた子犬ってなんなのか。これは少年自身ですよね。
大人の事情に縛られている、作中主体の姿の投影。
蹴られているだけではなくて、自分はがんじがらめになっているんだと、
そう感じている。だけど叫べないから行動で示すのだと・・・
「世界に蹴られる」・「子犬を縛る」と、行為を二つ並べただけの歌ですが、
見過ごせない一首だと思いました。


 粘性が高すぎるのだ君といる時間は なんだか  このまま   で       い
  あおゆき

こういう視覚に訴える歌も、私は好きです。
相手に話しかけながら、ネバーッと引き伸ばされていく時間を感じている作中主体。
それを詠み手が追体験できるような感覚がある。
この一首を活字として印刷した場合、短歌というのはたいてい縦書きで印字しますから、
今度は加速しながら落ちていく感じになるかもしれません。
ネット短歌は当然なべて横書き。このことが歌に与えた影響を考えても面白いでしょうね。

そういえば2009のお題のひとつ「→」。
縦書きにしたときに、矢印を下向きにするのか、そのまま右向きで通用するのか。
「順路→」「→標識」なんて場合は右向きのままのほうがいい気がするし、
そのほかの場合は・・・

これ以上はまた項を改めて。

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