車止めピロー:旧館

  理阿弥の 題詠blog投稿 および 選歌・鑑賞など

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引っ越します

2011年02月22日 | その他
不調のため、ブログを引っ越します。

新サイトはこちら→新しい車止めピロー

どうか、ブックマークの変更をお願いいたします。
こちらは旧館として残しておきます。
これからもどうぞよろしく。
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たてがきにしてみた。

2011年02月10日 | その他
昨年の題詠ブログの百首を縦書きにしてみました。
縦書き文庫さんで。

皆さんも自分の歌を縦書きで読んでみては?
また違ったイメージで見えてくるかも。

「月に輪ゴムを。」(題詠blog 2010投稿歌百首)
「錆の冷たさ」(題詠blog2009より六十四首)

(寂しかったのでタイトルつけました。2/13)
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ツイッターで歌会した。その記録。

2011年02月05日 | その他
こんにちは。理阿弥です。

題詠blog2011にも参加されている西巻真さんが催された、
「気まぐれツイッター歌会」に第一回、第二回と参加させていただきました。
(略して気まぐれ歌会 or ツイ歌会)
第二回ツイ歌会の投稿歌、および講評のログを以下にリンクします。

二十人が一首ずつメールで歌を寄せ、匿名で発表。
二十首に対し、気に入った歌を五首、各人が投票。
それから、ツイッター上にて繰り広げられる講評。

評は各々が好き勝手に歌を取り上げましたので、
バラバラに入り乱れています(第三回からやり方が工夫される見通し)。

ですので、まず「投稿歌二十首」を読んで、あなたなりの
評(好き・嫌い、疑問点、改善点など)をまとめてから「講評のまとめ」を
読まれると良いと思います。
ネット歌人(一部ですけど)が何を気にして歌を作っているのかが分かるでしょうし、
通して読めば、ご自身がどういう短歌観をもっているのかも、
少し見えてくるのではないでしょうか。
(誰がどの歌を詠んだのかは、まとめの最後に各自が明かしています)

改めて、場を設けてくださった西巻さん、まとめを作って下さった goki さんに感謝します。

投稿歌二十首
 注:各歌のあとに記されている名称は投票者のもので、作者名ではありません

講評のまとめ
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参加します(理阿弥)

2011年01月25日 | その他

またお世話になります。

三度目です。

 

いつものんびりやっていましたが、今年は4月くらいに走り終えたいと思っています。

後半は鑑賞に専念できますし。(昨年は消化不良だったので…

一題につき三首ほど詠んで、そこから選べるくらいの余裕があるといいのですが。

ま、一応の目標ということで。

よろしくお願いします。

 

素晴らしい歌がたくさん集まりますように。

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懺悔

2011年01月09日 | その他
さっきのさっきまで、歴史的仮名遣いに関して重大な勘違いをしてまして…
昨年の題詠ブログの投稿歌、二首、見事に赤っ恥の間違いを犯していました。


 きゑゆけるけもののけものひとをくひひとにくはれて正義をわらへ
  ↓
 きえゆけるけもののけものひとをくひひとにくはれて正義をわらへ


 帰還後にタレットレンズを磨したれどあしたは見ゑず厚く睡りぬ
  ↓
 帰還後にタレットレンズを磨したれどあしたは見えず厚く睡りぬ


穴があったら入りたい
他にも間違いがあったらどうぞご指摘ください。よろしくお願いします。


 _______________

他にもあった・・・ ぎゃーっ
こっそり直します
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ちょっとしたまとめ、&題詠ブログ2011に向けて。

2011年01月08日 | その他
完走された方の作品を、ちょうど50名まで鑑賞させていただきました。
全完走者の三分の一弱ですね。
昨年は作業が遅々として進まず、読もうと思ったら既にブログごと
削除されている完走者の方も数名いらっしゃいました。
未読の分は、これから少しずつでも目を通せたらな、と思っています。

2009とは違って、歌そのものの感想を書くというよりは、
その一首から感じたこと、思ったことを広げてだらだらと綴ってみました。
「何を言いたいんだかよくわかんねーよ」と思われた方もいらっしゃったかと思います。
すみません。
反省はいろいろありますが、次に活かしていければ。

さて、題詠blog2011ですが、すでに会場が数日前に設置されています。
また参加させていただこうと思っています。
鑑賞の方は、また違ったかたちでやろうと考えています。
完走者ごとではなく、お題ごとになるかな?
どんなお題が出てくるか、楽しみですね。

訪れてくださった方々、どうもありがとうございました。
今年もまたよろしくお願いします。
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佐藤紀子さんの百首から

2011年01月07日 | 五首選 - 題詠2010
100:福
 福の神のやうと皆より慕はれて友は涙を流せずにをり


004:疑
  疑問符のやうに頭を巻き込みて五月のわらび首をもたげる
067:匿名
  日本に一番多き「佐藤」なり 匿名性あるわが本名は
070:白衣
  薄紅の「白衣」を着たる女医もゐて和やかさうな神経内科
083:孤独
  「孤独っていったいなあに?」青豆が身を寄せ合ひて莢に並べり


立場や役職が人を創る、とよく言われる。
妻から「パパ」と呼ばれて父となる。母君から「殿」と呼ばれて一城の主となる。
暗示の効果というのは馬鹿にならない。
周囲に言われることで、だんだん、だんだんとそのような人間性が実際に形作られていく。
梨園に生まれた子を「坊ちゃん、坊ちゃん」と呼び、不自由なく甘やかして育てれば、
もちろんそういう人間が出来上がるわけで、問題を起こした当人だけを責めるのは妥当でない。

古代の人々が呪術を恐れたのも故なきことではなく、
彼らは「ことば」が現実の事象を動かすことを本能的、また経験的に知っていて、
その業を言霊と呼んだ。
「わたし、本番に弱いんだ~」などと冗談めかして言っていると、
実際にその人はイザといった場面で緊張するようになってしまうし、
「スズキさんは穏やかな人だよね」と仲間に言われ続ければ、
スズキさんは人前で怒ることを躊躇うようになる。
「まじないは非科学的だ」と断じるのは虚しい。
実際に及ぼされる影響、その可能性について考えるべきだろう。

こういった人間性を規定していく外的な要因は、集団ごとに別々に働き、
そのそれぞれで同じ人間を違うふうに振舞わせるのが通常である。
ビジュアル系バンドの森くんも、大学では目立たない。
家では女房の尻に敷かれている坂崎さんは、勤め先ではコワモテで通っている。
誰もが複数のペルソナを使い分けるのが当たり前。そんな時代が長く続いてきた。
たくさんの仮面を持つことで救われる人もいれば、
自己を引き裂かれて苦しんでいるひともいる。

もう少し時代が進んで、我々が小さなムラ意識から脱し、
「私は私だ」と、胸を張って言えるようになるにはまだ時間がかかる。
だから「福の神」と慕われ疲れ、創り上げられた自己イメージに縛られてしまった彼には、
どうか心置きなく涙を流せるときと場所を、どこかに見つけてほしい。
手遅れになる前に。

  年月は涙のかたち神々の峠を越えて落つるを見たり   理阿弥
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EXYさんの百首から

2010年12月23日 | 五首選 - 題詠2010
007:決
 目指すのは 決勝戦の スタジアム 去年の借りを 返しにきたぜ!


085:訛
  名古屋弁 訛って悪い?ケッタマシン! 全国区へと 流行らせたいぜ
062:ネクタイ
  ついに俺 ネクタイ締めて スーツ着る 自由が少し 減るのがヤだな
033:みかん
  青春の シンボル称す ニキビ面 みかんの皮を 連想するぞ
024:相撲
  相撲部屋 特製ちゃんこ 召し上がれ 心身ともに 満足するぜ!


シンプルなEXYさんの百首から。
元気のいい五首を選ばせていただきました!

  一敗地に塗れた彼ら梅茶漬かき込む仕草ことにおおきく   理阿弥
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生田亜々子さんの百首から

2010年12月22日 | 五首選 - 題詠2010
049:袋
 一枚の袋となれり猛りたるやさしきものを受け入れた夜


099:イコール
  イコールで話が終わるものばかり手元に置いてカーワーイーイー
094:底
  母さんが骨盤底筋体操にいそしんでいる夜のいりぐち
010:かけら
  先端にわれのかけらを付着させ鼻から煙吐き出しおりぬ
009:菜
  菜の花の一輪の中一本のおしべとなって月を見ている


日々、様々なものが私たちの体に入ってきて、少しだけ留まり、変化を与えて、
いろんな方法で出ていってしまう。
身体が袋や筒の生物学的シノニムであるというのは、忘れられがちな事実だ。
いつの間にかうまれた「意識」が、自分という個を引き止めるようになって、
私たちはやがて、自分が堅固な核をもった「個人」であると信じ、
自分を構成するすべてが、「個」に属する自分由来のものであると思いこんでしまう。
「生かされている袋」であることを忘れてしまう程に「個」の意識が肥大してしまった私たちが、
そのことを思い出すのは、食事、排泄、生殖のような原始的な行為をするときである。
これらの欲求は我々の頭の最奥にある、原初の形をとどめた小さな脳に支配されている。

そのような、外界との関わりのなかで生かし生かされているという喜びを、
特権的かつ本能的に知るのは女性だ。
一方、男は学習によってその喜びを知るしかない。個を撒き散らすことに懸命だからだ。
そう考えると、共同体に依って生きることがなにより大切であった古代の国々に、
女系の王族が多いことや、日本の太陽神アマテラスが女神であるのにも納得がいく。
男が幅をきかせるようになるのは、時代がくだり「蓄える」ことを知って、
個人が少しずつ豊かになってからのことだ。

産道を通って初めて世界を眩しく思った瞬間のことを、
私たち大人が記憶していないのは本当に残念なことだ。
その喜びを覚えていれば、一人で生きているのではないということを、度々忘れたりはしないだろうに。
大御神だって岩戸を開けて、眩しく照らされたファミリーの顔をみたときに、
喜びと共に再生したのである。

食事や排泄、生殖などの原初的行為のおおくで、快感や痛みを伴うのは、
「つながっている」という喜びを思い出させるために、天が与えた仕組みのように思う。

…男が妊娠・出産を経験できるようになったら、世界は一体どんなふうに変わるのだろう…

  膨らんだお腹に話す声を背に葛根湯を飲む年の暮れ   理阿弥
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おっ さんの百首から

2010年12月19日 | 五首選 - 題詠2010
014:接
 首筋にぽこぽこ並ぶなめらかな溶接箇所を触るのが好き


079:第
  安全が第一でした好きだけど好きだったけど立ち入り禁止
043:剥
  理科室にある剥製は人間の模型以外はすべて本物
036:正義
  それぞれに抱く正義が違うので足を踏みあうヒーローの群れ
017:最近
  水分が失われていく片思い最近はよくさみだれがふる


五感で得る感触は儚いもの。
いま・ここで・あなたに触っている。
その「いま・ここ」という性質は体験を替えがたいものにします。
そこから「いま・ここ」の感覚が取り去られてしまうと今度は、
後に想起される記憶が、どんどん甘美なものになっていきます。

そっと触れてみた肉体がもつ性を、美しく、かけがえなく思う…
そう感じるように脳が進化してきたと言ってしまえばそうなのかもしれません。
しかし、そう考えるだけでは少し寂しい。
いまここにある、肉体の不思議。
やがて崩れ、地上から消え去る運命であるのに、
時間をかけて組み上げられた、二つの身体。
その出逢い。

私たちは、自分たちの一過的な性質を知っています。
だから世界のいろんな場所で、たくさんの人々が、
「いま・ここ」に存在しているあなたとわたしを確認するのでしょう。
ぽこぽこ並んだ奇跡のカーブに、すっすっと手を滑らせて。

  雪吊りをする庭師なぞ眺めつつなぞるミチコの中斜角筋   理阿弥
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只野ハルさんの百首から

2010年11月29日 | 五首選 - 題詠2010
044:ペット
 寂しいとひとりごと聞かせてたペットショップの猫たちぼくを見てない


086:水たまり
  みずたまり悲しい恋の夢の跡ジャンプインして弾けて跳ばす
011:青
  倒れた赤い自転車が青い街路灯に照らされ不安な夜
009:菜
  春菜という名前を見ると思い出す幸せになっているよねきっと
006:サイン
  そのサインわからないよと泣き笑いしながら言うのわかったからでしょ


「人間とは全てに慣れ得るものである」
と、ロシアの文豪は言った。

自らをごまかす、というやり方で寂しさに慣れる術を身につけたので、
人はかえって、寂しいことがいかに辛いのかを知ってしまった。
さらに残念なことに我々はいま、
お金があれば一人でも生きられるのだ、
という思い込みが許される世界に生きている。

一方動物たちは、「社会的」なつながりが無いと生きられないということ、
そして恥ずかしさなど何の役にもたちはしないと知っている。
その分我々よりも甘え上手である。

寂しさを口にできずに一人ひきこもり、年間三万人を越している自死を選ぶ者たち、
その仲間入りをする前に、目の前の動物を連れて帰って名前をつけて、
まずはその一匹のために、生きてみるのも悪くはない。

  孤独死のニュースを余所に小綺麗なロップイヤーが顔洗ひをり   理阿弥
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草間 環さんの百首から

2010年11月26日 | 五首選 - 題詠2010
095:黒
 さよならと動画のきみにいう時の黒い影には花が咲かない


024:相撲
  北の町女相撲の季節には妻を誇りて男は生きる
022:カレンダー
  月齢を数えた青いカレンダーわたしもやがて満ちて欠けゆく
009:菜
  菜園の片隅にいる虫たちにくれてやりたい豆一粒を
006:サイン
  小荷物を受け取りサインした後で母の思いが花になり降る


この歌を十分に語るだけの言葉が、自分の中にはない、
そう分かってはいたのですが、取り上げずにおくことは出来ませんでした。

黒い影とはなんだろう。動画の中の?それとも自分の心に差した影?
歌意は様々に取れるでしょう。
いずれにしてもここにあるのは、コミュニケーションの一方通行性、
届かなさ、実らなさ。
動画の君は、生の質感を濃く残している分だけ、
絵画や写真の中にいるよりも、罪深いのかもしれません。

咲くべきは、何色の花だったんでしょう。
鮮やかな赤色の花、私にはそう思えます。
多くの読み手の心に、引っ掛かる一首ではないでしょうか。

  モノクロの街路にひとははや遠く鎮まる胸の赤き一輪   理阿弥
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じわじわと、年末が近づいております。

2010年11月06日 | その他
あと数カ月で、新しい題詠blogのお題が発表されるんですねぇ。
この一年で自分が成せたことの少なさを思うと、時の速さに気が遠くなりますが…

時間が取れず(時間の使い方が下手なもので)、
鑑賞記事も滞っていますが、なんとか五十名の方の作品までは、と思っています。


now playing: Glory Box / John Martyn
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新田瑛さんの百首から

2010年10月23日 | 五首選 - 題詠2010
024:相撲
 指相撲しようよまるで行く先を忘れかけてる天使のように


085:訛
  各地から訛りを乗せたトラックが来ては幾らかこぼして帰る
030:秤
  吐き出した声の重みを示すため秤に乗ってみようじゃないか
022:カレンダー
  先月のカレンダーから液体が染み出してくるので剥がせない
010:かけら
  サイダーの瓶を揺すればかけらかけらきれいな骨の鳴る音がした


忘却は美しい。
悲しみは、忘れ去られる側のみに残り、涙もまた同じだ。
老人の目は子供と同じ色をしていて、
それは多くのしがらみを持つものには、
残酷な光を放って映る。

二人連れの天使はどこへ?

生まれ持った残酷さで、偶然にすれ違ったものたちへ、
気まぐれに矢を射掛けながら、どこまでも堕ちていく。
手に手をとって。

無邪気な戯れは、きっと長くは続かないことだろう。
外界は、何人にも無垢で居続けることを許さないのだから。

  楽園はまだなの八十七発の雨がそそげば遊戯もおわり   理阿弥
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新井蜜さんの百首から

2010年10月17日 | 五首選 - 題詠2010
063:仏 
 人形の小さな首の喉仏 男はいつも暴力が好き


083:孤独 
  日盛りの五条坂にて無防備に孤独をさらし陶器買ふ人
049:袋 
  胃袋に笹の葉つめた心地して雷雨の中を母に会ひにゆく
039:怠 
  怠け者と言はれたくないドーナツを口にくはへてきみの手にぎる
032:苦 
  腰痛のきみを迎へにゆく坂の右手の藪に生ふる苦艾


「性」について考えると、神秘的な思いに囚われる。
なぜ、オスとメスなのだろう。なぜ、二種類なのだろう。
生物学的に考えれば納得のいく答えはある。
しかしその仕組みを知ったあとでも、自然の驚異と奇跡を感ぜずにはいられない。

生きとし生けるものは、その違いと類似に、喜びと苦しみを与えられてきた。
一方、この二種類の狭間には、無数の点からなるグラデーションも存在し、
我々は自分の色に属さないものを、社会的な通念に従いレッテルを張り、
持ち上げたり貶めたりしている。

掲げさせていただいた一首は様々に読むことが出来る。
人形のように華奢な女性に接して膨れ上がる、自らの感情を詠んだ歌。
私はそう読んだのだが、それでは単純に過ぎるだろうか。
それとも男を模した人形(喉仏ゆえ)を眺めている、
女性の(あるいは男性の)思考なのだろうか。

多くの優れた歌がそうであるように、この一首も各々の境遇や思想、
生き方が読み手に跳ね返ってくる、鏡のような懐の深い作品だと言えるが、
それは内容ばかりではなく、喉仏や暴力といった、はっとさせる単語の選び方、
さらには説明過多に陥らない作歌力にもよっているのだろう。

二つの性に、多用なジェンダー/セクシャリティを持つ我々。
そのそれぞれがこの歌をどのように読むか、とても興味深い。
みなさんはどのように読まれただろうか。

  後朝に天窓ながむるひとの眼の虚ろでありてあはれ人形   理阿弥    人形=ひとがた
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