わじゅ カタル

山里・龍昌寺

本読み

2018-02-21 21:03:01 | 日記

 この冬、寒さがことのほか厳しい。雪も毎日降る。んだもんで、雪作務は毎日あるんだ。東京にバイトに行っていた若者が一時、所用で帰ってきている。このチャンス逃すまじとばかり、軽トラを引っぱりだして薪運びを。本堂裏手の雪除けも。毎冬は、本読みに集中したいのだが、なかなかさせてもらえない。昨冬は歎異抄を読んだから。こんどは正法眼蔵随聞記をともくろんではいたんだ。ところが、図書館からの借りてくる本だけで手一杯の状況なんだ。

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だらがかってる

2018-02-17 21:39:12 | 日記

 昨日はマリオが富山から富山の山里で暮していると言う山里のおっちゃんを連れてきた。まことに快活な方で、婦中町の山の中で代々暮してきた方である。65歳というけんど、見た目もおしゃべりもまことに絵を描いたような爺様で。しかしながらじっさいにやっていることを聞いたら、お一人で田圃は2町、レンコン栽培が6枚、椎茸も300本、舞茸、ナメコなどと食菌して出荷しているとのこと。それらを朝早くから夜遅くまでやっているとのこと、全身リュウマチにかかってリハビリしながら。これだけの仕事をこなしている。田舎の在所の人のパワー、おそるべきものを持った人が時にいることは、知ってはいたけんど、この人もそうだ。

 方言まるだしで一人でつばを吐きながら、とつとつとしながらエネルギッシュに語る。こちらは合いの手を入れるだけでいっぱいなのだ。語りは田圃の話しから、奥様との離縁した話しやら、親父さまのことなどあちらこちらに飛びながらである。そんななかでこの「だらがかってる」が出てきた。ダラとはバカとかアホの意。金沢あたりもダラはよく使う。このダラ、強い調子でダァラ!というのと、自嘲気味にダラぶちでね。などなどと、とうぜん相手とのもんだいや話しの内容で意味合いは微妙に違う。このだらがかってるは動詞になっている。これは親父さんとの話しで、昔親父から説教されているとき、バカにして聞いておった。そのことをだらがかってるというのだ。こういう使い方をする方とはじめてだった。この話しの流れは、そうやって聞いた説教、今頃になってようやく解るし、親父の気持ちもすこしだけわかるがやっちゃ、と。そして親父っちゅうもんはいつになっても越せないもんながやねぇ、としみじみとしながらいたるところでお陰さんで、と連発するのでした。

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醍醐味

2018-02-15 20:13:58 | 日記

 ひさしぶりにこちらから出かけてある方に会ってきた。以前から、哲学の会に参加しているし、こちらにも来られてはいるけんど、なんせ対面でゆっくり語ったことがない。こんなこと、ぼくにしては珍しいことで、こちらに来られる方とは、二人だとゆっくりとお話はできるけんど。なんというか、だいたい会話をするということがほとんどの場合、ヘタクソというか、その醍醐味を知らないように思う。なんかね、情報交換か、相手に合わせての話しになってしまって、何をどう考えているのか、ということの中味をかみしめ会う深さの掘り起こし作業を知らないのだと思う。さいわい彼女はこちらから見るところ、自分で考え自分でかんずることができるタイプなのだ。その連れ合いの彼にも一度お会いしたかったし。自分で考えるということのむずかしさを最近になってようやくすこしだけ学ぶことができつつあるかなぁ、と思うから。こんな彼女のように、まっすぐ深くそのまま考えることができるタイプと話すと、どきどきするくらいおもしろいのだ。(こちらの偏見かも知れないけんど、知識や知恵があるとか、切れものなどということとは違う)そして彼女はまだ40代まんなかぐらいか。しみじみと今の時代は女性性の時代なんだなぁと実感しました。こんないい方も月並みなのだろうね、混乱期、動乱でも生じると、男性性の暴力装置(腕力、論理、知識知恵の振り回しなど)の出番がある。だけんど、一見とても平和なこの島国社会のなかでは、暮しにそったというか、大地に足をつけた物言いが大きな力を発揮するからだと思う。彼女云く「わたしバカとはお話しできない人なの」と、照れもはじらいもなくそのままいう。たとえば、「いろんな学者さんや政治家さんに会ってきたけれど、ほとんどばかじやない。だいたい自分のことを、バカだと思ったことがないものね」とずばりくる。うん、おもしろかったのだ。

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オリンピックのこと

2018-02-14 20:38:53 | 日記

 オリンピックたけなわである。テレビも新聞もこれ一色といっていいくらい。ニュースでながれていると、つい見入っている。けんど、あのニッポン騒ぎにはついていくことできず、というかまともに聞いておれないのだ。といってなにも中国の選手を応援したいとか、そんなことを言いたい訳ではない。ようするにうるさいのだ。もうすこし静かに観戦させてもらえないものなのだろうか。といって積極的に見たいとも思っていないのだが。なにか一言言いたいのだ。宮本常一(民俗学者、忘れられた日本人、庶民の発見)ではないが、明治からこのかた文化だ、教育だといって、国家にまるめとられてしまったんだ。それまでの庶民は、暮らし向きは厳しかったけれど、ともあれエネルギーにあふれており、なによりも都市社会も村落社会も能動的で活気があった。お祭りひとつ、弔いひとつどれも自主的で、元気に溢れていたことを、全国に古老たちの話しを聞き取りをして見えてきたことだ。たとえば全国に大根の種類も方言もともに300はあったんだ。それが大根は、種業者が売り物にしたことで、わずかなものにしてしまったし。各地に残っていた方言はそれこそ文字以前から伝えられてきた大きな宝だった。それが学校教育とともに、やめさせられ、あげくテレビやラジオなどの情報の発達で若い世代はほとんど消えようとしている。これはひとえにやることが受け身的になり、知識の量だけはずいぶんあるにもかかわらず、みずから人間関係を築くこともできず、食事のおいしさを自分で判断することも造ることも、できなくなっている。想像力も創造精神も萎えてしまっている。とまぁこうである。(半分はこちらの言い草も混じってはいるが)

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仏舎利

2018-02-13 20:37:57 | 日記

 先日誰ぞが書いていたものを読んで、ははぁーんと思ったものやから、書いてみる。明後日は2月15日でお釈迦様の涅槃会。いまだにお釈迦様を偲んで法要を営んでいます。そのお釈迦様の骨のことを舎利といいます。これ日本に来ると、ご飯のシャリ、いわゆる銀シャリ。になっている。このことの由来は、お釈迦様の舎利を盗んで逃げた鬼を捕まえたものが韋駄天さま。彼は守護神のなかの武将で足が早くて強い。舎利は日本においてはお米の別名になり、そのためお釈迦様の舎利を守った韋駄天がお米を守る神さまに。それゆえ禅宗の台所である庫裡には、韋駄天さまが祀られてある。ちなみに涅槃会のお参りには米粉で造った団子を、法要の最後に豆まきのようにしてまく。それをひろって大切に持っていると、無病息災だとか言われて毎年大にぎわいの行事だったのです。ぼくなんかの子どもの頃、この涅槃団子、炭火であぶって食べた。今から思うと、そんなに美味しいものでもなかったように思うけんど、ともあれうまいうまいと食べていた。もののついでにもうひとつ、ご馳走は、韋駄天が馳せ走ってよい食材を集め回ったことに由来していると。ほんに言葉というものは長くながれてきたんやねぇ。

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