(新版)お魚と山と琵琶湖オオナマズの日々

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(資料)倉重篤郎のサンデー時評 「野党共闘」の大研究 「安倍1強」打倒の方策(サンデー毎日)

2017年09月19日 09時46分04秒 | 政治的なこといろいろ
倉重篤郎のサンデー時評 「野党共闘」の大研究 「安倍1強」打倒の方策 https://mainichi.jp/sunday/articles/20170918/org/00m/070/001000d

▼共産党幹部の祝賀会に与野党重鎮が勢揃い

 山尾問題に、相次ぐ離党者、民進党が揺れている。このままで野党共闘はできるのか? 7月30日に行われた穀田恵二共産党国対委員長のパーティーに、二階俊博自民党幹事長や小沢一郎自由党共同代表ら、与野党重要人物が集ったことの意味を明かしつつ、今後の政局を見透す。

 民進党内が相変わらずガタついている。

 幹事長人事でケチが付いただけではない。離党予備軍がいつ何時出ていくかわからない状況だという。

 もしかしたら選挙が近いかもしれない。そのときに今の民進党では勝てないだろう。むしろ、この局面は、民進党の看板を下ろし、個々に別の新党を立ち上げるか、小池百合子都知事を抱いた国政版・小池新党入りしたほうが得策だ、との考えであろう。

 この2年間、共産党主導で動いてきた左からの野党再編政局に対し、そのリアクションとして右からの動きが出てきたものと見られる。前原誠司新代表率いる民進党がこの二股を裂かれるような試練を乗り越えて、さらなる野党共闘の発展、強化に進めるかどうかが、問われることになる。

 ただ、この政局、なお共産党がカギを握り続ける、というのが私の見立てである。

 理由は簡単だ。自公政権に対抗するためには、現実問題として、それを裏で支える公明党の集票力に(757万票=2016年参院選比例区)対抗できる共産党の規律の高い集票力(602万票=同)に頼るしか道がないからだ。

 実際に2009年衆院選で当時の民主党が大勝、政権交代を可能にしたのは、民主党に対する追い風もあったが、全選挙区の半数ほどしか候補を立てなかった共産票が民主候補に回ってきたおかげともいえるのだ。そのことを民進党議員たちは体で理解している、と私には見える。

 もう一点は、この共産党の構えが、伝家の宝刀である安倍晋三首相の衆院解散権を事実上封じ込めている、と思われるからだ。昨年の参院選とのダブル選を含めて、安倍首相がなぜこの間、解散権を行使できなかったのか。最大の理由は共産票が野党統一候補に回ると、微差で競り勝っていた自民党の若手、中堅たちの議席が最低でも30議席前後失われる公算が高いと読んだからだ。安倍首相としても、議席大幅減とわかっているリスクを取るわけがない。

 その意味で政局の主導権は、なお共産党が持っている。共産党が野党共闘路線を放棄すれば、安倍首相はただちに解散総選挙を行い、共産党抜きの野党共闘を完膚なきまでに壟断(ろうだん)するであろう。そのへんの機微を深く理解しているのが自民党ではなかろうか。ここまで自公を追い込んだ共産党を敵ながらあっぱれ、とする空気があるように感じる。

 そんな私の見立てに沿うような出来事があった。

 共産党の穀田恵二国会対策委員長(70)が7月30日に開いた委員長在任20年を記念するパーティーだ。

 穀田氏の地元・京都で開かれたにもかかわらず、河野洋平、伊吹文明、大島理森氏ら歴代自民党衆院議長が顔を揃(そろ)えたのである。それだけではない。自民党の二階俊博幹事長、浜田靖一衆院予算委員長、民進党の横路孝弘元衆院議長、川端達夫衆院副議長、安住淳元国対委員長、自由党の小沢一郎共同代表ら与野党関係者が一堂に会したのだ。

「日本の政治が全部ここに集まった」
 共産党の国対委員長のお祝いの会合に、しかも地方で開催した会合に、これだけの重鎮が集まるのは異例だ。そこにどんな意味がこめられているのか。こだわってみたい。

 現職衆院議長として発起人の一人だった大島理森氏は次のように言う。

「穀田氏の人徳のたまものではないか。嫌みがないというか、率直だ。主張すべきところは主張するが、戦いの納め時もよくわかっておられる」

 当日の会合ではあいさつで「日本の政治が全部ここに集まったようでびっくりしている」と語っていた。

 共産党の仇敵(きゅうてき)ともいえる公明党はどうか。漆原良夫同党中央幹事会会長は言う。

「やはり人柄かな。共産党にはいないタイプだ。幅広く柔軟だ。教条主義的ではない。二階幹事長ともきちんと話ができる人だ」

 漆原氏も会の賛同呼びかけ人の一人。当日は別件で参加できなかったが、自らが国対委員長時代に穀田氏とは随分と付き合った、という。「よく共産党の控室にお茶を飲みに行きましたよ」と親しみを隠さない。

 皆さん一様に人柄を評価する。共産党らしくない。へんなほめ言葉だが、言わんとするのは、教条的ではなく柔軟性がある、ということだろう。約束をきちんと守るという評もあった。

 穀田氏本人はどう思っているのか、聞いてみた。

「それは国対委員長20年という、長い付き合いがあったということだと思います。その中で議会制民主主義を守る、という私なりの筋の通し方を評価してくれたということではないか」

「議会制民主主義とは何か。私にとってそれは二つある。一つは、それによって憲法前文の精神を生かすことだ。『政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言』する、というくだりだ。二度と戦争を起こさないという政治本来の目的を達成すること。もう一つは、議員に当選した我々は、その時点で必ずしも選挙民からすべてについて白紙委任を受けたわけではない、という自覚だ。多数決に至るまでに、その場その場で(の国会での議論を)常に国民に返していく作業がないといけない。国民に主権がある、と一貫して言ってきた」

 議会制民主主義のあり方についてはその主張を降ろさないが、その場その場での柔軟対応もできる。その硬軟両様のスタイルと、各党と渡り合って20年という時間の蓄積が各党要人との太いパイプを作り上げた。

「共産党は変わったな」
 確かに、きさくな人である。1947年岩手県水沢市に生まれ、県立盛岡一高卒業後、末川博・立命館総長の平和と民主主義の教えにあこがれ、京都にある同大へ入学した。学生運動から入党した筋金入りの活動家だが、そうは見えない。今回のインタビューも議員会館の秘書さんに対し、申し込みがてら名刺を置いていったところ、早速穀田氏本人から電話が返ってきた。話の節々でニコリと笑い、こちらの反論を誘うソフトな態度も悪い気がしない。

 その意味では、穀田氏の仕事ぶりと人柄ならではの集客だったのだろう。ただ、それだけではあるまい。共産党という冠にも大きな意味があったはずである。

 前出・大島理森議長が「今回これだけ人が集まったのは、穀田氏ということもあるが、共産党の変化というものも大きいような気がする」と語る。例えば、共産党が昨年1月の通常国会で、同党として69年ぶりに開会式に出席したのがそのいい例である、と大島氏は指摘する。天皇が開会式でお言葉を読むのは「憲法の天皇の『国事行為』から逸脱する」としていた従来方針から「儀礼的、形式的な発言が慣例として定着した」と転換したケースだった。

 大島氏は、その際に穀田氏を通じて志位和夫同党委員長がわざわざあいさつしてきたことを明らかにし、「その時に、政権をうかがっているんじゃないですか、と冷やかしたが、本音は共産党は変わったな、だった」

「議員で出てくる人たちもずいぶん変わった。昔は学生運動上がりとか、いかにもという人が多かったが、今は若い人、茶髪の人、さまざまだ。登壇して演説する人たちを議長席から眺めていると、その変化が一目瞭然でわかる。議員の中には、現場の生活者の要望、不満を吸い上げる地道な活動をしている人もいる。自民党の若手にもまねしろ、と言いたいくらいだ」

「共産党の変化がますます穀田さんみたいな人を必要としているのではないか。あのパーティー自体が共産党の変化の表れだ」

 元社民党国対委員長として穀田パーティーに出席した民進党の辻元清美幹事長代行も共産党の変化を実感している。特に、昨年の参院選で岡田克也代表の下、役員室長として32の全1人区に野党統一候補を立てる、という実務作業を担った時のことが忘れられない。

「本当に譲るところをきっちり譲ってくるし、政策的にも民進党よりむしろ柔軟との印象だった。それは国会議員レベルだけではない。市議や自治体議員でもそうなっている。変えようという明確な意志を感じる」


こぴーはここまで。続きは上記URLに入ってお読みください。
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