少し前から気になり出していた作家・宇佐江真理氏の小説、『春風ぞ吹く』を読んでみた。
主人公は村椿五郎太、勘定奉行の役人をしていた何代か前の先祖が料理茶屋に刀を忘れたことが基で小普請組に格下げされた。
五郎太の父親が死ぬ間際に残した言葉が『高を括るな』、しかし父親も祖父もいずれは召抱えられるだろうと高を括っていた節があると、2ページ読んだところで、浅田次郎の女性版かと察しがついた。
五郎太は役が無いので、昼は代書屋の内職をし、朝からは『学問吟味』を受かるために精を出している。
代書屋とは字が書けない、文章がうまく書けない人の代わりに手紙を書いてやる仕事である。
五郎太と幼馴染の女性・俵紀乃が婚約相手の宗像何某と歩いていると、幾人かの旗本連中に因縁をつけられ、宗像はさっさと逃げ去ったところを五郎太が助けに入る。そのことで縁談は当然破談になるのだが、五郎太と紀乃は惹かれあっていった。
しかし紀乃の父親・平太夫と五郎太の母親・里江は実に仲が悪い。
平太夫は五郎太が『学問吟味』に受かり、役を得なければ紀乃を嫁がせないと言い張る。
五郎太の幼い頃からの手習いの師匠・橘何某の恋、昌平坂学問所の教授・大沢紫舟の名前の由来、紀乃の兄・内記の悩み事の相談、学問吟味のあれこれを記した大田直次郎との邂逅・・・等の話が構成され、果たして五郎太は学問吟味を突破し、紀乃を嫁に出来るのか。
最後はどうぞお読みになってのお楽しみにってことで。
ところで、実質上最初の学問吟味甲科の及第者主席は、お目見以上が遠山金四郎景晋=北町奉行・遠山の金さんの父親、お目見以下が大田直次郎だった。
大田直次郎は大田南畝として有名で、寛政の改革を『白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき』と揶揄した狂歌を習ったような記憶がある。
主人公は村椿五郎太、勘定奉行の役人をしていた何代か前の先祖が料理茶屋に刀を忘れたことが基で小普請組に格下げされた。
五郎太の父親が死ぬ間際に残した言葉が『高を括るな』、しかし父親も祖父もいずれは召抱えられるだろうと高を括っていた節があると、2ページ読んだところで、浅田次郎の女性版かと察しがついた。
五郎太は役が無いので、昼は代書屋の内職をし、朝からは『学問吟味』を受かるために精を出している。
代書屋とは字が書けない、文章がうまく書けない人の代わりに手紙を書いてやる仕事である。
五郎太と幼馴染の女性・俵紀乃が婚約相手の宗像何某と歩いていると、幾人かの旗本連中に因縁をつけられ、宗像はさっさと逃げ去ったところを五郎太が助けに入る。そのことで縁談は当然破談になるのだが、五郎太と紀乃は惹かれあっていった。
しかし紀乃の父親・平太夫と五郎太の母親・里江は実に仲が悪い。
平太夫は五郎太が『学問吟味』に受かり、役を得なければ紀乃を嫁がせないと言い張る。
五郎太の幼い頃からの手習いの師匠・橘何某の恋、昌平坂学問所の教授・大沢紫舟の名前の由来、紀乃の兄・内記の悩み事の相談、学問吟味のあれこれを記した大田直次郎との邂逅・・・等の話が構成され、果たして五郎太は学問吟味を突破し、紀乃を嫁に出来るのか。
最後はどうぞお読みになってのお楽しみにってことで。
ところで、実質上最初の学問吟味甲科の及第者主席は、お目見以上が遠山金四郎景晋=北町奉行・遠山の金さんの父親、お目見以下が大田直次郎だった。
大田直次郎は大田南畝として有名で、寛政の改革を『白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき』と揶揄した狂歌を習ったような記憶がある。
私は文学に興味のある人間は無いのですが・・・鬱陶しい惜しい話は嫌い。社会性のない人間も嫌だなぁ・・
春風ぞ吹くは、ボワンとしたお話ですよね。
行きました。地図まで添えていただいてありがとうございました。
いつ行ったか・・・武庫之荘から御願塚まで行った途中です。
結局のところ、最初にちゃんと読んでいなくて、武庫之荘の駅の北側を探しまくってたのでした。
時代小説は現代を映し出しているから面白い・・・って『ぼくらの惚れた時代小説』に書いてありましたが、確かにそうですよね。
現代の社会や今の自分と関連付けが出来なければ、読んでいてもつまらないだろうと思います。
『春風ぞ吹く』をsummyさんはかなり前にお読みになられていたんですね。
恋愛ものでもあるけど、構造改革とか言って庶民が締め付けられてる今とよく似た時代背景です。