ぼんくら放浪記

Blogを綴ることによって、自分のぼんくらさを自己点検しています。

百間山渓谷

2007-03-30 05:30:37 | 田舎
300円を支払って、山の中に入っていきます。
山へハイキングに行くのに、入場料を払うのには少し抵抗がありますが、払わないと入れない(と思う)ので、払わなしゃぁないのです。

  

最初の写真は1番目の滝『梅太郎渕』です。

          

『梅太郎渕』に行き着くまでは平坦なハイキングコースが続くのですが、一旦滝を見ると「こんなとこ歩くの?」と思いたくなるようなコースを辿らなければなりません。

      

これは2番目の『かやの滝』でしょうか。
あまりにも日にちが経ってしまったので、細かいことは忘れてしまいました。

      

ゴミも落ちてなく、水も岩肌もきれいなところでした。

          

定員2名と書いてありましたが、小さい子供はここを渡るのは怖いだろうと思います。

        

この辺りで困ったことが起こりました。デジカメの電池が切れてきたのです。
車を降りるとき予備を持って行くべきかと思ったのですが、ケースのファスナーを開けるのが邪魔くさく、ケースも持たずに出てきたものですから・・・

     

肝心の所は撮れずじまいでした。
またいつか再挑戦です。

          

携帯で撮れば良かったのに、それにも全く気もつかず・・・
仕方が無いので、コース半ばで帰ることに、まぁ歩いた距離的には丁度良かったかなぁ。

       

かもしか牧場には、かもしかは1頭しか居らず、かもしかも可哀そうやけど、せっかく楽しみにしていた人間様も可哀そうなのです。

          

特別天然記念物を1頭のまま放置しておいて良いものか?

合川ダムから百間山渓谷へ

2007-03-29 05:33:30 | 田舎
3月21日に大阪を出て、和歌山方面に車を走らせました。

阪和道を終点南部で降り、田辺へ山越えし、稲成からバイパスに乗り、天王池の交差点で左折、道なりに311号線まで走って、富田川沿いに北東へ、鮎川新橋を渡り、合川ダムまで道を間違えないように・・・

    

合川ダムはきれいなところでした。
           

エメラルド色の水に山桜のピンクが妙にマッチしています。

     

流れの先は熊野川、『いやがわ』と読むらしい。
その熊野川沿いに車を走らせると30分足らずで百間山キャンプ場に到着します。

          

桜ではありませんが、きれいなピンクの花が咲いていました。

          

駐車場の先は百間山、結構高い山です。
春のお出かけには少し早いのか、私の車の他は誰も停まっていません。

     

この先に入場料300円の渓谷がありました。

  

この案内板の文章を読んでしまったので、300円を払って渓谷の中に入っていったのでした。







潮岬の漁港巡りⅢ

2007-03-28 05:33:30 | 田舎
3つ目の漁港が、望楼の芝を越えたところにある潮岬漁港です。

       

自然の磯を利用したところを見ると、3つの漁港のうちで一番古いのかも知れません。

       

望楼の芝ですね。奥に観光タワーがあります。
傾いているように見えますが、まさかね。撮り方が下手だったんでしょう。

       

望楼の芝の最も西に『一切魚族霊』と刻まれた碑があり、隣で瓜田渡船が営業しています。
この前に車を停めておくと潮岬灯台に行くにも近く、駐車場代300円も要りません。

望楼の芝の最も東側に浜渡船があったのですが、今回行ってみると潰れていました。潮岬の磯にはその浜渡船を利用して、何度か上がったことがあります。
そういえば、漁港には渡船が1艇しか泊まってなかったなぁ。

潮岬の磯は樫野の磯と共に人気があり、有名磯などは場所の取り合いになるので、私の足はあまり向かいませんでした。

     

波止の先端です。
漁港としては3つのうちで一番美しいような気がします。

     

反対側(左側)の波止から眺めると、こうなります。
潮岬灯台も顔を覗かせます。

       

近づいてパチリ!


潮岬の漁港巡りⅡ

2007-03-27 05:25:54 | 田舎
出雲から西へ行くと青少年の家を過ぎて、浪の浦という景色のいい所に出ます。

ここに萩尾の波止があり、浜岡渡船が営業しています。
ここの磯に一度は上がりたいと思いながら、とうとう一度も訪れることはありませんでした。

       

山の上中央辺りに白い建物が見えますが、青少年の家でしょうか。

海側から見ると先の出雲崎を越えてマキ崎を越えたところが浪の浦です。
写真右の先端がマキ崎です。

            

道の途中に浜へ降りれるようロープが張ってありました。

ここからではありませんが、道を見つけて降りてみました。

       

こんな所でした。
単車が3台停まっていましたが、人影はありません。

波は静かでしょう。

       

望楼の芝の手前の坂から浪の浦を展望するとこんな風景です。

右の磯の右先端にグレ釣りに丁度良さそうなサラシが出来ていますが、誰も竿を出していませんでした。

       

望遠で撮ってみましたが、色が薄くなりますね。


潮岬の漁港巡り

2007-03-26 11:34:26 | 田舎
潮岬を半日かけて周ってみました。

東の入口から車を走らせました。

ここは出雲漁港。『いずも』と読むのではありません。
『いつも』と読むのです。

私は磯釣りに出かける際は、ここの谷口渡船をいつも利用していました。

     

左の美智丸が谷口渡船の船。

初めてこの出雲に釣りに来た時、写真右の小川丸の小川渡船を訪ねたのですが、「今日は休みや!」と怒鳴られて、二度とこの渡船屋にはやっかいにならんと決めたのでした。

谷口渡船の船頭さんはとても優しい人で、歳を召されてたので今はどうされてるか判らないのですが、当時はよく弘法湯ぼたん荘で出会ったものでした。温泉にはいつも夫婦で来ておられました。

写真を撮ってるのは、渡船が出る波止からではありません。その手前の誰もが初めて訪れた時はこちらに降りるだろう波止からです。

     

ここから眺めた串本大橋、普段目にするのとは反対側から見ていることになります。

神社がありました。大漁祈願のえべっさんでも祀ってるのでしょうか?

        

横道を入っていくと、景色が開けました。

灯台が立っているのは出雲の名礁『双子の親』です。
私の長男のことか。

       

手前に『双子の子』という磯があるのですが、よ~く考えると『双子の子』ってどんな意味なんでしょう?変ですよね。
奥に写ってるのが串本大島です。

       

きれいな浜です。小さい子供4~5人なら海水浴が楽しめそう。

       
波止場の突端から出雲崎を眺めた写真です。

寺町Ⅷ

2007-03-21 05:21:01 | 大阪にて
実は寺町の一番西の専念寺寺を見落としてた私ですが、一番東にあるお寺も見落としていたのです。

それが本興寺の東隣の全昌寺です。

門の左右に何か白書きされていますが、よく解りません。
左は『頭頭爲汝闢玄門』
右は『莫限江山千萬疂』と書いてあると思います。

          

曹洞宗のお寺だそうで、禅宗でも同じ寺町にあった廣徳寺の臨済宗とは違うようで・・・どこがどう違うのか、そこをよく説明していただきたいと思うのですが・・・



廣徳寺と同じ文字が刻まれています。
禅宗では般若湯も許されてないのかなぁ?

          

福井県の永平寺には行ってみたことがあるのですが、総持寺は行ったことがありません。大阪の茨木市にも総持寺と言う阪急電車の駅がありますね。

この曹洞宗というのはそうとう厳しい修行をするのが常のようです。

          

境内に鐘楼が建っていて何気なく上ってみると・・・
鐘の真下に足型が描かれていて・・・

          

まさか足つぼではないのでしょうが、おおかた左右対称に意味有り気な絵が見えます。こんな絵を見たのは初めてです。
これを解読するのは私には無理です。

          

全昌寺を後にして、寺町の東の道を尼崎駅の方に歩いていくと、寺町の北角に商魂逞しい仏壇屋さんが存在しているのでありました。
奥に本興寺の三重塔が見えています。

今日は祝日、本来はお休みするのですが、明日・明後日と臨時休業しますので、本日はおまけの出稿です。



大黒屋光太夫

2007-03-20 05:15:58 | 読書
吉村昭著『大黒屋光太夫』を読んだ。

三重県の白子浦から江戸に向けて乗組員17名の神昌丸が出帆したのが1782年12月13日、風向き・日和を窺うために鳥羽浦へ向かうが、ほとんどの船は日和が良いというので出港していた。

光太夫たちもすぐ後を追うように出港したが、夕刻には雲がたち込め、夜には雨が降り出し時化になった。

大きな波に揉まれた神昌丸は、真っ先に舵を破壊され、海の怒りを鎮めるため全員髷を切り、荷を捨て、最後には帆柱を切るが時化は収まらない。

当時出港した船は全て難破したが、光太夫たちは潮の流れに身を任せるしかない浮遊物と化した船に揺られ、北へ北へと流されていった。

積荷の米は献上米だったので捨てずにおいたのが、食糧を確保できた要因だった。

          

7月に入って水主が一人亡くなる。

その後、島を見つけるのだが、それはカムチャッカとアラスカの間のベーリング海に浮かぶアムチトカという島だった。

たまたまロシアから原住民に獣の皮を獲らせていた一行に出会い、ロシアに赴くことになったが、本国からの迎えの船が破船し、船を作らなければ帰れない状態になり新たに船を造り、カムチャッカ半島に向かう。島ではすでに7人の水主が亡くなっいた。

カムチャッカでは厳寒のため3人の水主が死んだが、ロシア人のキリロという人に出会う。このキリロが光太夫たちを励ましロシア皇帝に引き合わせ光太夫たちを日本に帰国させる。

カムチャッカ半島を横切り、チギリという地からオホーツクに船で向かい、ヤクーツクという街に滞在するようになるが、水主の1人が凍傷で足を切断しなければならないハメになってしまう。

ここから皇帝に対して、日本に帰らせてもらえるよう2度も願書を出すのだが、ロシア政府の意向はロシアに滞在して、日本語を教えよというものであった。
それを拒否すると、政府からは生活するための援助を打ち切られ、光太夫はじめ生存者達は皆絶望感に襲われる。

そのうちに又1人の仲間が亡くなり、仏教徒の水主たちは埋葬してもらえず、屍を野ざらしにされてしまい、宗旨替えをしてしまう者が2人出た。

しかしキリロは励まし続け、皇帝の元に直訴に出かけようと光太夫を誘ったのだった。
ロシアの東方ヤクーツクから西方の都ペテルブルグを目指し旅をする2人。
勿論、キリロの自費であった。

避暑に出かけている皇帝を追いかけて、ツワルスコエ・セロに向かい、そこでようやく女帝エカテリナに拝謁することが出来た。当時の日本の民衆にとって皇帝=天皇あるいは将軍に直訴するなどと言うことは、死を覚悟してのことだったが、ロシアでは寛大であった。

やがて日本に帰れる措置が執られるが、宗旨替えをした2人は無論帰れない。
そこに光太夫たちのやるせなさが漂う。
船出を前に一緒に帰りたい思いを募らせる2人、どうしようも出来ない光太夫たち3人・・・

蝦夷の地に到着して、日本に帰れた実感を喜ぶうちに、また1人が亡くなってしまい、江戸に帰れたのは出帆時17人いた者のうちたったの2人であり、出帆時32歳だった光太夫は44歳になっており、12年に及ぶ放浪であった。


今からおよそ220~210年前のことになりますが、読んでいて当時の人々の様子はとてもスローなのです。こうもゆっくり事が構えられたんですね。
まぁ、急ぐことも無かったのだろうし、急ぎたくても速くするものが無かったんですものね。

吉村昭を読んだのは初めてですが、文章が淡々としており、脚に色が付いていないので、沢山の仲間が死んだり、ロシアの皇帝に拝謁したりしているのに、何故か感動がないのです。涙無しには読めないようなものを書いて欲しいなぁ。



祝辞

2007-03-19 05:10:02 | 大阪にて
先週土曜日、友達の娘の結婚式があり、北区の全日空ホテルへ出かけました。

          

時間があったので5階の庭から外を覗くと、大阪市役所が。

骨折する2週間前にも親戚の結婚式があって、その時は何も頼まれていなかったのに、今回は祝辞を賜りたいという要請。

友達の結婚式と違いまっせ、友達の娘の結婚式でっせ・・・何を喋らせるつもりやろ?
20年も前から知ってる子やから、子供や子供やと思ってたけど、この日もいつもと同じように思ってたけど、撮った写真を眺めていると大人になったんやなぁと、つくづく思ったものです。

          

キリスト教を信じているわけでもないのに、何故か教会での式が好まれますね。
先の結婚式では日本人が牧師だったけど、今回は外人が説教を・・・やはり外人の方が雰囲気が出ますね。

          

これは2人が鳴らす鐘、鳴らした後は『ウェディングマーチ』が続いて鳴っていたのです。

          

なにはともあれ幸せそうな二人、祝辞を述べないわけにはいきません。

          

参加者が集ってくる披露宴会場の前、私は緊張して座って眺めているのでした。
一応気を使ってもらって、1番に喋ることに・・・その方が早く楽になれるからやて、それって気を使ってくれてるの?

結局は20年前からの話と『和を以って、尊しと為す』というお話をさせていただいたのでした。

          

仲間内で歌を披露・・・その方がよっぽど気が楽やったんですけど。


尼崎商店街

2007-03-16 05:23:50 | 大阪にて
阪神電車尼崎駅前の商店街です。
駅の真前に在るわけではないのですが、次の出屋敷駅近くまで連なっています。

          

この時何故か人通りが少なくなりました。
早くもプロ野球開幕ムードが盛り上がっています。
スピーカーからは『六甲颪』が流れます。

びっくり価格のスーパーがありました。
優勝記念セールが早くも始まっているのか?

  

          

型は悪いが大根1本39円! 白菜1束88円!

  

          

新キャベツ1玉78円! ほうれん草2束120円! レタス2玉100円!

いくら安くても、ここで買って持って帰るわけにはいきません。

     

100も勝てば優勝間違いなしやけど、マジックはいくつから始まるのでしょうか?

     

前から見るとこうなんやけど、ちょっと暗かったなぁ。


今日でしか

2007-03-15 08:31:47 | 大阪にて
載せれないので、今日2件目の投稿です。
1日1件、土日休みを基本的に守ってきましたが、今日は特別です。

我がマンションの1階にあるスーパー『カナエ』が今日3月15日午後6時をもって閉店となります。

            

朝7時頃の撮影です。

昨日は買い物してないし、今日は6時までに帰って来れないし、最後にここで買い物をしたのは13日の午後8時頃ということになりました。

なかなか計画的に閉店を目指していたようで、今ではほとんど商品はありません。
最後の最後には残ったものを投売りするのか・・・?

私にとってもいろいろあった店でしたが、何せ場所が便利でしたから、ほとんどの買い物はここで済ませていました。

しばらくは不便になりますが、どうせまた別のスーパーが進出してくるのでしょう。