祓戸王子跡があったのは山の頂上ではなく、その手前には上へと続く道があったので、もう少し登ってみようと思い、根っこだらけの道を少し歩いたらすぐ頂上の平らなところへ到着することが出来ました。広場は結構広く、丁度サッカーが出来るくらいの広さがあります。
その北端に碑が二つ並んで建っており、右側には英霊の碑と書かれた自然石、左側は故先生生徒の霊と刻まれていました。
説明が無いので意味が不明ですが、右下に百周年記念改修と書かれた新しい石柱が建っているので、先の戦争で犠牲になったものではなさそうです。この新しい石柱がいつ建てられたのか、それが分かれば100年前にこの海南の地で何があったのかわかるのですが。
祓戸王子跡を訪ねてみようと思って歩いて山を登ってきたのですが、広場の南側には車でも来れそうな道が付いていました。
北東側にももう一つ舗装された道が付いており、下まで降りようとは思いませんが、何があるのか少し下ってみようと思ったのでした。
すると海南の街を眼下にしてズラッと沢山のお地蔵さんが並んでいました。丁度南極のペンギンが同じような方を向いて並んでいるように見えます。
お堂が見えたのでお寺があるのでしょうが、下まで行くのは憚られます。お寺があったのだと確認して再び元の道を頂上へ、でも舗装された道路を上ってくると、きっと祓戸王子跡へ降りる道は判らないのではないかと思います。
広場から少し王子跡への道を下ったところにも海南の街を一望できるところがありました。そこにもお墓が並んでいますが、先のとは違うお寺のもののようでした。
苔生した山道を歩き続けます。
そして竹林の中の小道、如何にも熊野詣をしているという気にさせてくれます。
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