野田順康 

つぶやき

沖縄パート3: Villa Dela Sera

2018-09-14 10:12:04 | Weblog
私がこよなく愛する古宇利島。フィジーにだってバヌアツにだって負けない自然の楽園です。まあ、2003年に橋が架かってからは随分と観光化され、誰もいなかったダブル・ハート・ロックは訪問客でごった返すようにはなってしまいましたが
この島でVilla Dela Seraを経営していた岡山さん(東京都出身)。3年前に不慮の事故で逝去されました。いつも暖かく迎えてくれて、夜遅くまで一緒に泡盛を付き合ってくれました。本当に残念でたまりません。ご冥福をお祈りいたします。
今年の夏は祈りの日々でした。でも今日からは後期授業が始まります。さて頑張って行こうっと








  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄パート2:辺野古2018

2018-09-10 22:26:15 | Weblog
随分前にも沖縄・辺野古について書いたことがありましたが、今回はどうしても現場が見たかったので、行って来ました。
軍事戦略上、普天間基地を移転するなら集中化を促す辺野古への移転となるのは当然の検討結果でしょう。
しかし、我々が考えないといけないのは軍事戦略上の強化よりも沖縄の負担軽減です。江戸時代から今日に至るまで日本本土が沖縄に大きな犠牲を払わせて来たことは紛れもない事実です。沖縄戦の悲惨さは筆舌に尽くしがたく、現在でも米軍基地の70%が小さな沖縄に集中しているのです。
ましてや辺野古は貴重な自然環境を有する我々の誇りの自然の楽園。ジュゴン、希少サンゴ、ウミガメ等の生息する地域なのです。護岸工事が始まってから産卵に戻って来たウミガメが行き場を失う姿が頻繁に観測されています。
自公は、名護市長選挙の時と同様に、県知事選挙においても傀儡政権を作るのに必死です。むしろ、総理のお膝元に移転する方法や他地域に分散する可能性を追求してもらいたい。
もう沖縄に負担をかけるのは止めよう!








  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄パートⅠ:上原康助先生を偲ぶ

2018-09-06 23:32:56 | Weblog
今年の夏は悔んだり偲んだりすることが多かったです。
上原康助先生の一周忌となったので沖縄まで御焼香に行って来ました。
1993年の7月の衆議院選挙で自民党が過半数割れし、新生党、さきがけ、日本新党、日本社会党による政権交代が実現しました。1993年8月9日に組閣された細川内閣です。
当時、私は国土庁長官官房の総務課長補佐でしたが、上原康助先生が国土、北海道、沖縄の大臣に任命されると同時に、大臣秘書官(事務取扱)を命ぜられました。ここから1994年4月25日まで上原大臣と運命を共にしたのです。
小沢率いる新生党の社会党いじめは激しいものでしたが、上原大臣は自分の信念に基づいて大変な努力をされたと思います。国土行政もさることながら、沖縄の基地問題に真剣に取り組まれました。那覇港の返還や国道沿いの射撃訓練の中止など、上原大臣の果たされた功績は極めて大きいものです。如何せん、日本にある米軍基地の70%以上が小さな沖縄に集中しているわけですから、辺野古も含めて何とかしないといけません。
上原先生は昨年8月6日に84歳で亡くなられました。どうぞ安らかにお眠りください。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする