秋高し都偲びて式部像
(あきたかしみやこしのびてしきぶぞう)
福井県越前市に、紫式部公園があります。
長徳2年(996年)、紫式部は、越前国司に任ぜられた父と共に
越前市にやってきました。
秋深し母の書確と式部園
(あきふかしははのしょしかとしきぶえん)
↑その紫式部を忍んで造られた公園の門の書、
母の手になるものです。
紫式部の歌碑の一つです。
「はるなれどしらねのみゆきいやつもり
とくべきほどのいつとなきかな」
9月~10月の写真俳句を、デジブックとアルバムにまとめました。
宜しければご覧ください。
投稿句有難うございました。
秋果てて雨の寒さのいや増せり よしさん
リンク→鎌ちゃんの写真短歌、写真俳句アルバム
お帰りなさい。
紫式部公園ですね。何度か行ったことがありますが・・
懐かしいですね。武生の地に来ていたのですから嬉しいですよね。
>秋深し母の書確と式部園
この書はお母さんが書かれたものでしたか。
相当な書家なのですね。お母さんもご一緒されましたか。
また一度行ってみたくなりました。そろそろ菊祭りも始まりますね。
紫式部。
才女ですね。
それにしても、昔のことはみんな達筆ですね。
「秋深し母の書確と式部園」
紫式部・・・・・美しい人だったのですねぇ。
お母様の書、堂々とした立派な文字ですこと。
鎌ちゃんさまの育ち方が想像できます。
尊敬されるお母様なのでしょうね。
利発そうで美しい式部は
越前の誇りですね。
秋深し母の書確と式部園
見事な筆跡、書の大家ですね。
こうして句に残される鎌ちゃんさんも
血筋を受けていらっしゃいますね。
素晴らしいです。
京の都を離れて地方へ赴くことは、当時の方にとってはなんとも寂しい
辛いことだったようですね。
父についてやってきた紫式部はこのとき何歳くらいだったのか。
この像の面差しからは、都を偲びつつも、下向きな気持ちよりも
未来への希望が満ちているようにも見えました。
なんと、歌碑に刻まれているのはお母様の書ですか。なんと素適なこと。
高名な書家でいらっしゃるのですね。そうでしたか。
鎌ちゃんの才能に繋がっていますね。
平安時代の女性の行動は狭かったと思うのですが、和泉式部にしても意外と移動していてそういう足跡を感じて旅をするのもいいでしょうね。宮廷でない世界を見ることができた式部は心理を読む力もあったかもしれませんね。
「秋高し都偲びて式部像」
「秋深し母の書確と式部園」
紫式部公園の事知りませんでしたが、公園の顔とも言える門の書、お母様とは、凄いですね。
以前にお母様からのお手紙をご披露されたときも素晴らしいご筆跡に感嘆しました。
とても良い親孝行されましたね。
お作もぴったりです。
< 秋深し母の書確と式部園
お母様の書!温かみのある良い字ですね♪素晴らしい♪
一時離れ離れになって居たとはいえ、
鎌ちゃんの母親を慕うお心が強いのも、解ります♪
その門の書が母上様の手によるものとは大したものです。
大事にしたいですね♪