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【61】知恵の輪はずし大会・凝血剤

 ヤシモト顧問は乗り込んだタクシーが家に向かう道から逸れつつあることに気づいてはいたが、凝血剤が効いていたため、ただ運ばれていくしかなかった。タクシーが到着した草原には、得体の知れない輩がひしめきあっていた。
 抱えられて外に出てきたヤシモト顧問は、歓声に包み込まれながら革張りの安楽椅子【242】に座らせられた。なにが起きるのかと不安だったが、心拍数を上げようにも血液は固まったままである。空には奇妙な円盤が浮かんでいた。

 心配はいらないよ、連中は知恵の輪はずしたちだ。

 不意に背中が暖かくなり、くぐもった声が響いてきた。
 そこには背もたれしかないはずなのに。

 おまえさん、床屋【53】で凝血剤を使われたんだろう。その種の薬剤の中でも、とりわけ複雑怪奇な結合を誇る商品名"血カッチン"を。すぐに クチコミ【71】で流れて、大会の開催が決定したんだ。なんの大会かって? 知恵の輪はずし大会に決まっているじゃないか。今期もプラズマ【49】の協賛でお届けされているよ。

 ヤシモト顧問にはその声があまり耳に入らなくなっていた。こめかみが切開され、太い血管が引きずり出されるのが目に入ったからだ。進行役らしき男が血管の皮に切れ目を入れて左右に剥きはがすと、赤く滲んだ半透明の血塊が露わになった。目を凝らすと、ドーナツもどき【43】が知恵の輪状に結合しているのが見えた。筒状の血塊が秤にのせられた。

 ドーナツの穴グラムを計測しているんだ。誰が穴に閉じ込められているか判ったもんじゃないからな。

 進行役がストップウォッチのボタンを押すと、一人の紳士がドーナツもどきをほどきはじめた。決して早くはないが、着実に輪をはずしていく。
 高級官吏のジジジ・リ【151】だよ。今回が初出場だが、うん、悪くない。
 ストップウォッチが止まると、ジジジ・リを乱暴に押しのけて異様に胴回りの大きな男が前に立った。焦った様子で取り組み始めるが、一向に解けないまま終了すると、円盤めがけて石を投げつけた。

 タヴィアーニの旦那【298】か。かつての栄光を取り戻したかったのだろうが――

 選手たちが次々と交替して知恵の輪はずしに挑んでいった。最初はわずかに流れの筋がある程度だったのが、コートを引きずりながら現れた小男が取り組んだとたん、ほどけた血液が一気に奔流となって全身を駆け巡った。男の姿にはなぜか見覚えがあった。

 ペテローレ御大【72】だ! ペテローレ御大のお出ましだ! 

 背中の誰かが叫ぶ。大量に流れ込んできた酸素のせいで、一瞬頭が真っ白になった。気がつくと、片方の靴が脱げているのが判った。次の選手のための知恵の輪はもはや残されていなかった。今年も六年連続でペテローレ御大が優勝を飾った。どうしてですよう、どうしてですよう、と地面に泣き崩れている者がいた。選手たちはあっけなく去っていった。ヤシモト顧問は立ち上がると、歯の噛み合わせを確かめながら草原を歩き出した。タクシーに乗り込む前に一度だけ振り返った。安楽椅子だけが残されていた。

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