TOPPO WORLD

TOPPO(ダックスフンド)から見た周りの出来事いろいろ。

海外の都市紹介、 その25の5 『ドバイ』

2006年09月30日 | 海外の都市の紹介
砂漠のスラロームを楽しんでいるうちに、夕暮れになってきました。



この写真が、トッポパパが撮りたかった砂漠の写真です。
誰の足跡もない、そして風紋だけの砂漠は、夕暮れに素晴らしい陰影を残してくれます。



なぜこのような急斜面ができるのかはわかりませんが、おそらく風の方向か何かで長い間に傾斜が付いてくるのでしょう。



遠くに馬に乗って砂漠を横断している人たちがいました。
望遠をいっぱいにしての撮影ですので、少しボケていますがいい感じの写真です。



後続車が日没を見るポイントに続々と集まってきます。



この写真だと、傾斜がきついことがよく分かります。



先発隊は、はやくも日没の絶好のポイントを求めて移動し始めました。



最後の車も到着しました。



どの車もスタックすることもなく、無事走り終えたようです。



次回は日没の景色を紹介します。

続く...............................。

トッポと横浜の四季の森公園散策、 その1

2006年09月29日 | トッポの世界
海外出張から帰り、そろそろ神奈川の景勝50選を続けようと考えたのですが、ドバイの出張疲れと温度差で風邪をひいてしまい2日ほど静養してました。
少し落ち着いたので、トッポと横浜の四季の森公園へ出かけました。



駐車場前で30分待ちになりましたが、何とか入場できました。
入ってすぐの広場に、噴霧状の噴水が回転していて、子供たちが半分裸で水遊びや涼を求めて遊んでいます。
トッポも、ちょっと傍まで行きましたが、濡れるのですぐ引き返してしまいました。



近くに座って眺めていたら、トッポをみつけて子供たちが寄ってきました。
トッポ、『こんにちは!』



みんなに、頭を撫でてもらってトッポもまんざらでもないようです。



中ほどから入り口方面の景色です。



小高い丘の上に、展望台が作られています。
空がとても綺麗でした。
入道雲は姿を消して、すっかり秋の空になっています。



この先に、何があるのか知りませんが、のんびり散策しようと思います。

続く..................................。

//////////////////////////////////////////////////////
のんびり日本の秋を感じる暇もなく、また早朝よりちょっとシンガポールへ行くことになりました。
なんのことはない、また暑い国へ逆戻りです。
我が家では、季節に関係なく夏服と冬服が洗濯やへ行くのでクリーニング屋さんから、変な顔をされます。
前回はドバイにいて、シンガポールの紹介をしていましたが、今度は逆になりそうです。
では、ちょっと出かけてきます。
//////////////////////////////////////////////////////

海外の都市紹介、 その25の4 『ドバイ』

2006年09月28日 | 海外の都市の紹介
砂漠に入り、今度は本格的にランクルで道なき道を奥へと進みます。
勢揃いしたランクルです。
トルクを最大にして運転するので、オーバーヒートしないように休憩時は、ボンネットをあげて、エンジンをクールダウンさせます。



ドバイに行って、時間があれば何を置いても体験したかったのが、このデザートサファリツアーが、ドバイの一番人気なのです。



トッポパパの乗る車は運よく先頭を走りましたので、後続車の写真を撮ることができました。



写真では穏やかに見える砂漠地帯も起伏は相当激しく過激なドライブです。



ハンドルを左右に大きく振らせながら、わざとコースを外したり砂を巻き上げながらの急上昇そして急降下は、さながら車でスキーをしている感じです。



ここの砂は、少し黄色っぽい色で、手ですくってみるとサラサラです。
ちょうど砂時計の砂のような感じで、風が吹くと舞い上がる軽い砂のようです。



上の写真のように、フロントグラスに直接、大量の砂を被ってもサラっと落ちてしまいます。



乗っているとジェットコースターのようですが、こうやって順番にチャレンジしてくるランクルを見ているのも素晴らしいものがあります。



サファリラリーも映像では見たことがありますが、現地で体験するとハードな競技であることが分かりました。



たぶんこの写真は二度と撮る機会がないと思いますので、良い記念写真になります。
この後、砂漠の夕暮れと日没を紹介します。

続く......................................。

トッポと横須賀の三笠公園へ、 その2

2006年09月27日 | トッポの世界
トッポ、『パパ早く帰ってこないかなー』
暑いので、入り口付近でウロウロしていたようです。



戦艦『三笠』は日露戦争中に日本の連合艦隊の旗艦として、日本海の海戦においてロシアの遠征(バルチック)艦隊38叟を全滅にする戦果を挙げたそうです。
ただ、ある本によると日本海軍に運が7割ついてまわったとの記載もありました。



三笠公園の横から、猿島行きの船が出ています。
猿島は、東京湾に浮かぶただ一つの自然の島で、虫や鳥、草花や木がいっぱいで、戦争中の要塞や砲台の跡が残る無人島です。



トッポ、『アジィー! 早く帰って来い。』
そろそろ帰らないと、トッポにしかられそうなので、早々に引き上げることにします。



写真は 『さざなみの階段』 と呼ばれて、水・光・音をテーマにしたモニュメントが後ろに建っています。
その前は、水音が涼やかな石づくりの階段になっています。



戻ってみると、トッポはバッグの中で待機していました。



後ろに 『めだかの学校』 の石碑が建っています。



作詞者の茶木 滋(しげる)は、横須賀市汐入町で生まれたので、石碑が建てられているのでしょう。

ネット上の記載に、茶木 滋は、昭和25年10月NHKから春らしくのんびりした明るい歌の作詞を頼まれたそうです。
彼は、作詞を考えている時、過ぎ去ったある日の出来事を思い出しました。
小田原市郊外の小川のほとりを歩いていた時に、幼い長男が見つけた〝めだか〟を茶木は見失いました。
その際、何気なく言った長男の「待ってればまたくるよ、ここはめだかの学校だもの・・・」という言葉が浮かんできてヒントになったと言われています。

こうしてでき上がった「めだかの学校」は、同26年、NHK幼児の時間〝歌のおけいこ〟で発表され、4月からは〝歌のおばさん〟松田トシ・安西愛子が歌いつづけ、次第に全国的に広まっていったそうです。



トッポが公園の中に入れないのでは長居ができないので、早々に三笠公園を後にしました。
あとで、いつか猿島へも行きたいので、ワンコ同伴可能ですかと聞いたところ、これもダメとの事でした。

というわけで、これも続きません..........................。

海外の都市紹介、 その25の3 『ドバイ』

2006年09月26日 | 海外の都市の紹介
翌日は灼熱の太陽の下での仕事がはじまりますので、せめてその前に砂漠の国を実体験しようと、時差調整日の午後4時よりサファリラリー体験に申し込みました。
まずは皆さんで記念撮影です。
右よりオランダ、ドイツ、フランス、日本と勢揃いです。
いったいこいつら何なんだ!という意見もあるでしょうが、それはさておき、皆さん元気な6名(一人はあとで出てきます)です。



ドバイより約1時間ほどで、砂漠地帯に入リます。
ここがミーティング・ポイントになるガソリンスタンドです。
ドバイではガソリンは1リットル40-50円で、日本の3分の1ぐらいです。



これはガソリンを入れているのではなく、空気を抜いているのです。
砂漠を走るには、空気圧が高いとタイヤが沈み込んで動けなくなるので、接地面積を増やすために空気圧を相当低くします。



さらに走ると、すぐにごらんのような砂漠に入ります。



まだまだ砂漠の入り口にすぎないのですが、砂漠を観たこともない我々は興奮してすぐ記念撮影です。



砂漠の風紋です。自然の作り上げた美しい造影です。



本当は、これから奥に入ると本格的な砂漠地帯に入るのですが、何も知らない我々は、順番に記念撮影を続けます。



砂漠は生き物と言われていますが、歩いた後も数時間で消され、また綺麗な風紋に変わるようです。



この人が、もう一人の日本人です。 
(言わなくても分かると言われそうですけど。



次回より、豪快なラリーの様子とすばらしい砂漠の写真をご紹介します。

続く..................................。

トッポと横須賀の三笠公園へ、 その1

2006年09月25日 | トッポの世界
横須賀に日露戦争時の日本海海戦で活躍した戦艦 『三笠』が保存されいるとの事で、夏休みにトッポと一緒に行ってみました。



英国のポーツマスに保存されている 『ビクトリー』 と米国のボストン)に保存されている 『コンスティチューション』と並び、当時の優秀な戦艦として『三笠』は、ここ三笠公園に保存されています。



トッポパパ、『トッポ! ここはワンちゃんは入れないんだって、ここで待ってなさい。』
トッポ、『ここで見ているから、早く帰ってきて!』
ということで、トッポパパ一人で公園の中へ入ります。



日露戦争は、超大国帝政ロシアの極東侵略に対して、当時、未だ無名の一小国に過ぎなかった日本が国家の総力をあげ死力を尽くして戦いぬき、ロシアの継戦意図を放棄させたといわれている戦争です。



ここ三笠公園は 『水と光と音』 がテーマの公園で、芝生広場や音楽噴水池、東郷平八郎司令長官の銅像などがあり、1日6~7回音楽に合わせて噴水が上がりショーが行われるそうです。



『皇国の興廃この一戦にあり各員一層奮励努力せよ』とは、明治38年日本海海戦の開始に当り、連合艦隊司令長官・東郷平八郎が全軍に発令したZ旗による信号です。



Z旗とは、黄、青、赤、黒で染められた信号旗のことで、信号旗とは、船同士の意思疎通に使われるもののようです。
アルファベットや数字など万国共通のデザインで、Z旗は『タグボート(曳船)』が欲しいの連絡に、現在も使用されています。

『Z』がアルファベットの最後の文字であることから、「この戦いに敗れれば後がない」という意味で、 日本海海戦の時に用いられることになりました。
トラファルガーの戦いのときネルソン提督がはじめて用いたと云われています。

『トラファルガー』って聞いたことあります?
1805年、ネルソン提督指揮のイギリス艦隊がフランス・スペイン連合艦隊を、ジブラルタル海峡北西のトラファルガー岬沖で撃破した海戦で、この結果、ナポレオンのイギリス本土上陸作戦は挫折したといわれています。

ここにトラファルガーの記載があります。



歴史認識はトッポパパの専門ではないので、ネット上の記載を引用させてもらいます。

当時日本は日清戦争に勝ったとは言え、近代国家とはお世辞にも言えない東の果ての田舎の弱小国で有り、一方ロシアはニコライ2世の元に膨大な財力を持ち、世界一の強力な海軍を保持していた。
日清戦争終結後、遼東半島を手に入れた日本にロシアが戦争も辞さない態度で文句を言いだし、世界の公然の議を語る為、フランスとドイツを引き入れた形で三国干渉をしてきたのだ。
当時の日本が、この三国を敵に回して勝てるわけが無く、苦汁を飲み我慢をこらえて言いなりになった。
その後ロシアは大国の論理を益々振りかざし、遂に満州を占領し、今にも朝鮮に迫ろうとしていた。
日本は自国の安全保障上、朝鮮をロシアの侵略から守らねばならなかった。
ロシアは日本の示したギリギリの譲歩である「対露協商案」を無視、朝鮮の北部を侵略する意図を変えなかった。
そのロシアの態度に日本政府は絶望、ロシアとの平和的外交を断念、追いつめられた日本は国運を掛けて防衛戦に突入していった。
当時は大国が植民地政策を力の論理で展開しており、日露戦争に負けていれば、朝鮮はロシアの支配地に成っていたのは間違いなく、日本もロシアに併合され共産主義国家に成っていた可能性も拭いきれなかった。

との、説明が記載されていました。



戦争の是非は誰もが分かっていることですが、戦争によって創造され戦争によって破壊され、また世界の歴史は戦争の歴史なく語れないのも悲しい事実です。
トッポパパが訪問した、いくつかの国はいまだ戦争と同じ状況下にあるのが現実です。

1980年に作られた映画 『二百三高地』 の中で歌われた、さだまさしの 『防人の歌』 を紹介します。


おしえてください  
この世に生きとし生けるものの  
すべての生命に限りがあるのならば  
海は死にますか 山は死にますか  
風はどうですか 空もそうですか  
おしえてください  

私は時折
苦しみについて考えます  
誰もが等しく抱いた悲しみについて  
生きる苦しみと 老いてゆく悲しみと  
病いの苦しみと 死にゆく悲しみと  
現在の自分と  

答えてください  
この世のありとあらゆるものの  
すべての生命に約束があるのなら  
春は死にますか 秋は死にますか  
夏が去る様に 冬が来る様に  
みんな逝くのですか  

わずかな生命の  
きらめきを信じていいですか  
言葉で見えない望みといったものを  
去る人があれば 来る人もあって  
欠けてゆく月も やがて満ちて来る  
なりわいの中で  

おしえてください  
この世に生きとし生けるものの  
すべての生命に限りがあるのならば  
海は死にますか 山は死にますか  
春は死にますか 秋は死にますか  
愛は死にますか 心は死にますか  
私の大切な故郷もみんな  
逝ってしまいますか

おしえてください  
この世に生きとし生けるものの  
すべての生命に限りがあるのならば  
海は死にますか 山は死にますか  
風はどうですか 空もそうですか  
おしえてください  

私は時折
苦しみについて考えます  
誰もが等しく抱いた悲しみについて  
生きる苦しみと 老いてゆく悲しみと  
病いの苦しみと 死にゆく悲しみと  
現在の自分と  

答えてください  
この世のありとあらゆるものの  
すべての生命に約束があるのなら  
春は死にますか 秋は死にますか  
夏が去る様に 冬が来る様に  
みんな逝くのですか  

わずかな生命の  
きらめきを信じていいですか  
言葉で見えない望みといったものを  
去る人があれば 来る人もあって  
欠けてゆく月も やがて満ちて来る  
なりわいの中で  

おしえてください  
この世に生きとし生けるものの  
すべての生命に限りがあるのならば  
海は死にますか 山は死にますか  
春は死にますか 秋は死にますか  
愛は死にますか 心は死にますか  
私の大切な故郷もみんな  
逝ってしまいますか

続く......................................。

海外の都市紹介、 その25の2 『ドバイ』

2006年09月24日 | 海外の都市の紹介
夜中に到着した翌日、時差解消のため早速、街の雰囲気だけでも感じようと近くを巡ってみました。
タクシーの運転手に観光客と間違えられたのか、すぐショッピングセンターへ連れて行こうとするのを断り、アラブの国らしい景観を写真に撮ってみました。



運転手さんもそうでしたが、労働者にインド人やパキスタン人が多く、独特な英語がここドバイでは通用しているようです。
公用語はアラビア語ですが、一般には英語がよく使用されているようです。



宗教的な習慣は日本やヨーロッパ諸国とも違い、建物を見てもイスラムの国だなと実感します。
ドバイは、首長国の中では戒律が緩いそうで、ドバイの観光化志向もあり他の首長国や、その他の中近東諸国とは少し違うようです。


 
写真はスーパーマーケットのようですが、こんな大きな建物の割には買い物客もあまり見当たらず、日本人的に考えると採算が取れるのか疑問です。
気になるお酒は飲めるのか? ですが、ホテルのレストランとバーでは飲むことができますが、街中のレストランでは酒は飲むことができないそうです。



気候は、もちろん砂漠地帯ですから夏は異常に暑いそうです。
50度になる日もしばしばで、40度台がほとんどで、冬でやっと20度ほどに下がるそうですが、旅行に行くなら冬がよさそうです。
写真でも分かるように、砂漠にビルを建てているので、建設中の現場は一面砂の広場になります。
上の写真の芝生に、ホースのようなものが張り巡らされているのが分かりますか。
ホースから水を常時供給してあげないと、ほとんど雨が降ることのないドバイでは、芝生が育たないのでしょう。
オイルマネーとはいえ、費用も大変です。



ドバイは海沿いの町で、予想に反して大変湿度が高く、砂漠の内陸に行かないと湿度は下がらないようです。
帽子とサングラスは必需品で、素肌を直射日光にさらすのは避けたほうがよさそうなので、日本人には夏でも長袖のほうが良いと思います。
さて、下の写真はなんでしょうか?



灼熱の砂漠の中に、巨大な室内スキー場が作られていました。
アラブ人もスキーをするのでしょうかね。
この建物は、砂漠の中のモール街にある室内スキー場で 『ドバイ・スキー』 と呼ばれています。



高さは地上25階建てと同じくらいで、22,500平方メートルもあり、約6,000トンの人工雪を70cmほど積もらせてゲレンデをつくり、難易度や長さに応じた400m前後の5つの滑降コースがあり、ほかにスノーボードやボブスレーもできるようです。



この室内スキー場は、ドイツ、オランダについで世界でも3番目に大きいそうです。
次回から、砂漠の紹介に入ります。

続く........................................。

トッポの愛車、 『BBS、さようなら!』

2006年09月23日 | トッポパパの愛車
トッポとトッポパパの愛車の紹介をします。
トッポパパは昔、周りの車大好き人間に感化され日産のスカイラインを乗り継いできました。
レースで活躍し、羊の皮をかぶった狼というキャッチフレーズや、GTR伝説に憧れていた頃です。
平成元年に、何10年の沈黙を破って、平成元年にGTRが復活しました。
銀座4丁目の日産ギャラリーで、初めて見たこの車に興奮したのを覚えています。



エンジンの音と、セクシーなボディに即注文してしまいました。
トッポ、『どうしたの? 今日は車の写真なんか撮って!』



購入と同時に、この車に合うアルミホイールを履かせようと、友人の進めもあって選んだのがBBSです。



それまでは2年おきぐらいに、車を変えていたトッポパパですが、この車に出会ってから18年ずっと乗っています。
その後も、若干のモデルチェンジがあり2代目3代目も発売されましたが、どの車もこの車以上にインパクトがなく、だんだんクラッシックカー的な感じになってきました。



今回、そろそろタイヤ交換をしなければと思いタイヤを探したのですが、当時ホイールは15インチ以下が主流の時に16インチを履いていた車でしたので、現在主流の17インチ、18インチにあうタイヤの種類はあるのですが16インチに合うタイヤが少なく困ってしまいました。
BBSは無傷で綺麗なのですが、思い切って現在のモデルのオリジナルに近い17インチのホイールを探しやっと235のタイヤを履くことができました。

トッポの、この写真を見て、1年ほど前に偶然撮れた面白い写真を思い出しましたので、もう一度紹介します。
トッポの変な写真は、こちらから。



今度は、こんな感じになりました。
ママの感想、『いい年して、バッカじゃないの!』でした。
この車は、マニュアルしかないので、家族にはいたって不評です。



トッポ、『そんな昔の話はいいから、どっか行こうよ!



でもって、交換されたBBSのホイールは、しっかりと友人が履いてくれることになりました。



しかし、この車も古いですね。
これ、フェアレディZで、GTRより1年前ですからもう19年も乗っているようです。



車を大切にしてくれる人のほうが、大事に引き継いでくれるでしょうから、少し安心しました。
写真が残っていないので、ブログに乗せておけば保存できるので今回限りのアップです。
でも、悪友にいろいろ書かれそうな予感がしますが.......



トッポ、『早く運転席に座って! どこかへ連れてって!』
トッポパパ、『はいはい。 俺は運転手か

トッポの運転はこちらから。

続かない..............................。

海外の都市紹介、 その25の1 『ドバイ』

2006年09月22日 | 海外の都市の紹介
今回よりアラブ首長国連邦(UAE; United Arab Emirates)の紹介です。
関西空港より直行便があるのですが、未明に到着のためバンコク経由にてドバイ空港へ夜中に到着です。

ホテルに向かう途中の幹線道路は片側4-5車線もある整備された道路です。
写真の整理に時間がかかりそうですが、少し歴史の勉強をしながら、まずは市街地の雰囲気を味わってください。



ドバイはアラビア半島の北東部に位置する比較的小さな国で、1971年に独立しました。



首都アブダビ(AbuDhabi)、ドバイ(Dubai)、シャルジャ(Sharjah)、アジマン(Ajman)、フジェイラ(Fujairah)、ラス・アル・ハイマ(RasAl Khaimah)、ウム・アル・カイワイン(Umm Al Quaiwain)の7首長国で構成されています。



紀元前3000年にさかのぼる居住地域跡もあるそうです。
7世紀イスラム帝国、次いでオスマン・トルコ、ポルトガル、オランダの支配を受けた後、17世紀になって、英国のインド支配との関係で、この地域の戦略的重要性が認識され、18世紀にアラビア半島南部から移住した部族が現在のアラブ首長国連邦の基礎ができたそうです。



ドバイは石油だけでなく、貿易、商業、金融、など全ての産業で外国企業への優遇政策を取り、『中東の香港』を目指しているようです。
市内のいたるところで、建築中のビル群に出会います。



ドバイは、街の中心を流れる運河によって、大きく2分されています。
ディラ地区とバール ドバイ地区に分れていて、ディラ地区は新しいビルや、高級ホテル、ショッピングセンターが立ち並び、バール ドバイは昔からの街といった区分けです。



砂漠の新都市、ドバイを順番に紹介していくつもりです。
遠くのビルが霞んでいるのは、砂漠の砂が舞っているため視界が良くないせいでしょう。

続く.......................................。

トッポの紹介する横浜港と大桟橋周辺、 その6

2006年09月21日 | トッポの世界
大桟橋からの紹介は、今日が最終回になります。
トッポも大満足の景色と、好天のおかげで楽しい朝の散歩になりました。



やはりランドマークタワーが、横浜の主役のようです。



昔は、マリンタワーが主役でしたが、周囲のビルが大きくなってきたので山下公園の景色も変わりつつあるようです。



他の船も何隻か停泊していましたので紹介します。



鉄道マニアと同じように、船が好きで写真を撮りに来る人も大勢いるようです。



トッポ、『ママ! パパは写真ばかり撮っていて遊んでくれない!



大桟橋周辺は海の銀座のようで、ひっきりなしに大小の船が行き交います。



公害対策が進んだのでしょう。
横浜港がこんなに綺麗だとは、再認識です。



この辺で、大桟橋からの景色とお別れです。

海外の都市紹介、 その24の5 『シンガポールPARTⅡ』

2006年09月20日 | 海外の都市の紹介
ペンギンさんには、シンガポールは暑いのでしょう。
水に入ったり出たりと忙しいようです。



おっかなビックリ餌をあげています。



よく見ると、結構可愛い顔をしています。



子供たちが、こうやって動物たちにふれあうのはいいことですね。



最後にドッグショウをしているとのことで、始まるのを待っていました。



いろいろなショウの後の最後は、ディスクに挑戦です。



見事なキャッチです。
子供さんたちから拍手喝采をもらっていました。



この辺で、動物園からお別れです。
次回から、ドバイの紹介になります。

トッポの紹介する横浜港と大桟橋周辺、 その5

2006年09月19日 | トッポの世界
飛鳥Ⅱと一緒にMM21方面を撮ってみました。
飛鳥Ⅱを見ている人と比較すると大きさがよく分かります。



この大桟橋の屋上は、なぜだか分かりませんが写真のように波のような形状をしています。
きっと有名な建築家?の設計なのでしょう。



屋上の一角は誰もいなかったので、『トッポ、走っていいいぞ!』



トッポ、『ここ走るの、は気持ちいいい!』



反対側から飛鳥Ⅱを見ると、陸上に乗り上げた巨大な船のように見えます。



大桟橋の左側が山下公園になります。
夏の空の下の、港の景色はどこを撮っても絵になるようです。



MM21方面に Japan Coast Guard(日本湾岸警備船?)が停泊しています。



日本の海の安全を守っている船ですね。



ここからの景色は360度パノラマで、見応えがあります。
夜景も綺麗に撮れそうですので、クリスマス前後にもう一度来てみる予定です。

続く.................................。

///////////////////////////////////////////////
帰国しました。
やはり多少疲れが残っているようで、バタンキューでした。
出張中に、コメントたくさんいただいて、まだお返事ができていませんが、落ち着きましたら、訪問させていただきます。
トッポは、期待通りに嬉ションで迎えてくれました。
///////////////////////////////////////////////

海外の都市紹介、 その24の4 『シンガポール PARTⅡ』

2006年09月18日 | 海外の都市の紹介
やはり動物園は、見ていて飽きないのは猿のようです。
日本の猿とは種類が違うのでしょうが、いろいろな猿に出会いました。
たくさん写真を撮った中で、気に入ったのだけアップします。



この写真は、逆光でしたが、きれいなシルエットになりました。



これは、勝手気ままな集団のお猿さんたちです。



やはり一番高いところにいるのが、ボス猿のようです。
猿の社会にも序列があるようです。
人間の社会のように複雑ではなく、たぶん力関係のみで決まるのでしょうから、わかり易いと言えば分かり易いのでしょう。



一人孤独を味わっている猿がいました。
もしかしたら、体の大きさからして元ボス猿だったのかも知れません。
声をかけても振り向いてもくれず、後姿に哀愁が漂っていました。



しばらく歩いたら、またすばらしい景色に出会いました。



これはコウノトリですかね。
結構大きな体でした。
トッポパパにはコウノトリとペリカンの区別もつかないので、間違っていたらごめんなさい。



もう少し歩いてみようと思います。

続く......................................。

///////////////////////////////////////////////
今回ちょっと長めの出張でしたが、早朝4時起きで日本へ帰ります。
日本はもう秋の気配なのでしょうね。
トッポがどのように迎えてくれるか楽しみです。
たぶん嬉ションで、すぐ掃除でしょうけど.............。
///////////////////////////////////////////////

トッポの紹介する横浜港と大桟橋周辺、 その4

2006年09月17日 | トッポの世界
大桟橋から船を見たいと急に思いつき、初めて大桟橋の駐車場に止めてビックリです。
トッポ、『ものすごく大きい船が入ってきて、停泊したよ!』
そうなんです、本当に偶然なんですが、日本が世界に誇る豪華客船『飛鳥Ⅱ』が、目の前で入港し停泊しているのです。
信じられない光景に、トッポパパもビックリです。



世界に誇れる客船として高い評価を受けている、日本郵船所有の『クリスタル・ハーモニー』が今年の春、いよいよ日本に舞台を移し、『飛鳥Ⅱ』として生まれ変わったのです。



あまりに大きすぎて大桟橋の端まで行かないと、収まらないくらいの超大型客船です。
トッポもあまりの大きさに驚いています。



全長・全幅 241m×29.6m、総トン数 48,621トン、航海速力 最高23ノット、客室数/乗客数 400室/720名、乗組員 360名 とすべてが桁外れの規模です。



世界一周101-102日間の費用? 想像がつきますか?
最低でも一人400万で、最高グレードでの旅は1800-1900万円だそうです。
それでも、満杯になるそうですから、すごい人気なのですね。



上の写真は大桟橋の発着所の内部です。
あまりの広さに、開いた口がふさがりません。
何人かの人が、到着の『飛鳥Ⅱ』の写真を撮ろうとカメラ片手に集まってきていました。
トッポパパも、この偶然にちょっと興奮気味でした。



700人以上のの乗客が乗っていても、パブリックスペースが混雑することがないそうです。
中には温泉、テニスコート、プール、映画館まであるようで、スタッフは20ヶ国の人が働いているそうです。



丸の内の大きなビルを横にしたより大きな船です。
客室の廊下は直線で200mあるそうで、運動会ができそうな広さです。
いったいどんな人が、世界一周旅行に行くのか興味がありますね。



最近は、日本の沿岸のクルーズもできるようなので、一度乗られてはいかがでしょうか?
数十万円??で短い旅行ならできるようです。
一度乗ってみたいような気がします。
宝くじ当たらないかなー!

続く......................................。

海外の都市紹介、 その24の3 『シンガポール PART Ⅱ』

2006年09月16日 | 海外の都市の紹介
動物園は子供さんにとっては楽しい楽園なのでしょう。
とても心温まる写真です。



海外で育った子供たちは、日本に戻ったときどのように日本を見るのでしょうね。



カンガルーです。
オーストラリアあたりから来たのでしょう。



これって、猪ですかね。 
ひとつビックリしたのは写真には撮りませんでしたが、動物園に牛がいたことです。
シンガポールの人には珍しいのでしょう。



ダチョウです。 
昔、南アフリカでダチョウの卵の殻を買ってきて今でも家に置いてあります。
一個で何人分のオムレツができるのでしょうね。



ここの景色も、とてもよかったです。
緑に囲まれた島ですので、各所にすばらしい景観を望める場所があります。



続く......................................。