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種々

世界の片隅でキラへの愛をこっそりと囁くブログ

DESTINYリマスター「星屑の戦場」「癒えぬ傷痕」

2013-04-27 11:51:47 | SEED DESTINY
現状、アスランのザフト復帰への道筋を書いてるなという感じ。
4話とか特にね。

わりと1,2話段階から、アスランのプラントへの共鳴みあいなのを仕込んできて、
ここでいっきに振れたかな。

最大のきっかけは、もちろんユニウスセブン落下の危機、なんだけど、
カガリの失言(「やはりそういう考え方なのか?お前達ザフトは?」
が大きかった気がする。
現状、カガリへの愛情は、アスランの立ち位置への唯一のモチベーションなんだけど、
そのカガリに感じた僅かな違和感や失望感ってのは大きかったのではないかと・・・
じゃあ、これでカガリに冷めたかっていうとそんなことはないと思うんだけどね。
カガリへの愛情も執着も、運命終了後もけっこあると思う。

最近エース買ってないけれど、福田監督と池田さんの対談書き起こしてるのたまたま見て、
デュランダルのキャラに対して、先の戦争で一緒に戦った仲間ともう一度敵対するに対して、
この人になら籠絡されても仕方ない、思わせるキャラが必要だった、という話がでてて、成程と。
(ところで、ツイッターで監督が、キラとラクスはけして懐柔できないとみなして 初めから抹殺を図った
といってらしたので、単純にデュランダルがそれだけの人物ってよりは、
懐柔される人間、になんらかの弱み・・・というか、甘さがあるのも事実だとは思うけど)

4話は正直、露骨なくらい。
アスランの優秀さ、それが生かされていないこと、アスランの本来の居場所はザフトだという雰囲気の強調。
それが、5話の、アスラン・ザラ、出る。で視聴者側に対して、安堵と高揚を齎す演出になっている気もするな。


ただ、厳しいことをいうならば、アスランが「この介入は俺自身の意思だ」「貴方方と同じだと思っています」「君は俺が守る」と、彼自身の意思で選択したのも事実。
その延長線上にある”今が”思ったよりも充足したものじゃなかったとは言え、
それをアスラン可哀想、演出で進めるのは正直どうかと。
先のアスランのこのあたりのシーンが薄っぺらくなった印象は否めないのではないかと・・・
アスランはオーブという国に対して責任がある。オーブの戦闘に参加し、ムウに、「軍を抜ける重さ」を再確認され、以後も、国家元首の近くに曖昧な身分といえいたのだから。

アスランがカガリを慰めていたわけだけど、カガリという元首の立場にいる人間に対して、
状況や周囲の人間が厳しくするなら、自分は優しくする、というポジションを選んだなら、それを貫くべきだと思う。


一度誰かをトップをして掲げたならば、それを真っ当する責任はある。
すくなくとも対外的には、立て続けるべき。
カガリが元首なんだかというならば、そこには不可侵的な尊厳を認めなければいけない。
元首としての失策、間違いには当然なんらかの責任が発生し、権力を監視するのも市民の義務だけど、
個々人が個人的裁量で、公然と罵ったり、責任を押し付けていいもんじゃないんじゃないかと。
自分が悪いんじゃない、誰誰が(敵とかトップ)悪いんだは、逆に結局甘えてるだけ。
甘えてる人間は結果利用されるわけで、自分の都合・感情を物差しにした結果、アスランにせよシンにせよ、議長に利用されくことにはなったんじゃないかなと・・・
カガリは元首なんだから元首なんだからとうならば、それを掲げた人間には掲げた人間の責任があるわけで・・・


アスランのもっとも根本的な問題は、考えすぎるとか真面目すぎるという表層的なものの他に、
自分自身がどういう人間か、という物差し、が自分自身の中にまだ形成されたないのではないかと。
アスランの甘さ、というのは「ザフトに入る(=人を殺す)」「軍を脱走する」という選択を、
人に褒めてもらえる、という感覚がどこかでベースに残っていて、
その辺り、覚悟どうこうってよりは、状況的になにが正しいか、の優等生的なところある気がする。平たくいえば空気。
人を殺すというのが最たるものだけど、例えば、コーディネイターという技術もそうだけど、それを測る倫理の物差しがアスランの中にはいまいちない。
コーディネイターがそれなりに多数で優勢だから、自分自身の存在にも疑問を抱かず、
時勢に乗ってやっていること(間違っている相手を叩く、撃つ)ことに対して疑問も乏しい。
あいつはコーディネイターだという感覚から、キラの守ろうとするものを、キラの目の前で殺してしまえるし、
パトリックの言っていることがおかしい、からと脱走の罪自体の絶対値、を軽く見てた。
そして、以降アスランの口から出る「その後の混乱はどうみたって連合が悪い。それはやめさせなくちゃならないんだ」
という、自分が相手を撃つ理由を外部に依存してることが多い。

今回、アスランの最後の名乗りに、ほっとした、という感想をいだかせる意図ってか・・居心地悪そうにアレックス・ディノを名乗っていたアスランが、
はっきりと、アスラン・ザラと名乗ったことを、ひとつの前進、と見る演出になっているように見せかけて、
ラクスに前作で相対化させられた、「ザフトのアスラン・ザラ」というものが、
アスラン自身と視聴者双方に、アスランの居場所、本来のアスラン。という風に感じさせて、
さらにそれを否定する、という仕掛けはあると思う。(その仕掛けが視聴者によりストレスを与えた気がするけど)
ザフトのアスラン・ザラではなく、なにを望むか。
「お前が欲しかったのは、本当にそんな力か?世界か?」「思い出せ、シン。お前は本当はなにが欲しかったんだ!?」
(43話回想みるに、多分キラとカガリ(まぁ、幸せだった過去とか、自分の居場所だと思えた瞬間とかもちっと象徴的なんだろうけれど))
正直巷で言われているけど、アスランがプラント愛してるかっていうとそんなことないと思うんだよね・・・
人格形成期の大半を月で過ごしているのもあるし・・・。


シンとカガリ。この2人が似た者同士として描かれているというのはわりと当時から言われていたとおもうけど、
その印象確かに強いなぁ。
シンとカガリは、現状ではお互いの傷をぶつけっている印象。
4話見るに、カガリもまるきりアスランを気にしてないわけじゃないし、
「早期の解決を~」とそれなりの対応もできるわけで・・・
4話のカガリ、部屋で寝てるようにみせて、目開けてたりするんで、アスランが悩んでいる横で、
寝たふりしてる感じもするんだよね・・・

シンも通常的には仲間と上手くつきあっている以上、
別に常に怒りに凝り固まっているわけではない。

ただ、なにかきっかけ、があると暴走してしまってるという感じは強そうだなあ、と。

今回のぶつかり合い、
ヨウランの言ってることは正直ひどすぎるし、で、カガリが看過できない、というのも必ずしも間違っているとは思わない。
ただ、3話の時もそうだったけれど、自分自身の言葉のコントロールができてなくて、
どんどん軌道を外れてしまっていったというのは、やはりまだ未熟にすぎるし、
一人の人間の暴言を、ザフトは、とひとくくりにしてしまうのは、正直論外。

ザフト側の認識(どこか対岸の火事間隔が抜けきれない)に違和感あるのは事実だけど、
新米だからってだけなのかと。
「なんの罪もない人が死ぬ」ことに対して、
それがナチュラル相手だからといって、正直なんでこんなに鈍感なの?とは思う。
無人島で、アスランの言ってたことも(なんの罪のない人達が、一瞬のうちに死んだんだぞ、子供まで)
ナチュラル側だって一緒のはずなんだけど・・・・
正直コーディネイターは、なんの罪もない人が殺される、ことに対してもうすこしアレルギーがあると思ってた。

当然、現段階では、それがまさか人の手に依るものは思ってなかったってのも大幅にみなきゃいけないんだけど。


メイリンがユニウスセブンの遺体に言及していたり、アスランと話してるシーンあるのも、
わりと以後のアスランとメイリンの繋がりの前振りだったりもするのだろうかと・・・


わりと、カガリとシンは、こういった状態になった時に、お互いの傷をぶつけあってるイメージ。
内容的には、どうしてもシンの方に分があるんだけどね。
ただ、カガリも、お父様への信頼、に今の立場の根拠を由来していたから、
わりとこのあたりで、土台部分は一度ガタガタになったんだと思う。

アスランもさ、自分の出生に疑問を持つカガリをキラから少し待ってやれよと引きずり離し、
彼女なりに、キラを守る、私は戦うと決意したカガリを、君は俺がまもるって言ったんだからさ・・・
そりゃ、期待しちゃうよ、カガリは。信じるよ、アスランを。

カガリはアスランをわかっていなかった以上に、アスランもカガリをわかっていなかったと思うよ。期待と不満が先行してる。
カガリに厳しい作画になってるけどさ。
正直、シンやカガリの方が、現状の作劇、アスランより潔いと感じる・・・

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