デスティニーの構造についておもうところを・・・
「戦争」という世界へのアプローチについて、種運命ではふたつの道を提示していたとおもいます。
それも二部構成になっていて、第一部は、
ひとつは、「客観的に見て悪い方を撃つ」というやり方、主にミネルヴァのシン達が担っていたやりかた。
台詞としては、シンの「悪いのは全部地球軍」アスランの「その後の混乱はどうみたって連合が悪い」等に表されているとおもいます。
そして、ふたつはアークエンジェルのキラ・カガリ達が担っていた「オーブの理念」他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない、「他者不干渉主義」です。
キラの言葉、「地球軍を討っても、ザフトを討っても駄目」というところに端的に現れているんだと思います。
ただ、後者は、そのやり方が、理念をあきらめきれない故の、オーブが出征した戦闘への介入という無茶なやり方をしていたりして、どうにも作中での説得力が乏しいですが(汗)
とりあえず、第一部では、この二つが戦争が起こる世界へのふたつのアプローチだったんだとおもいます。
そして、第二部が、デスティニープランです。
というか、議長対キラですね。
ここで、キラと議長については前述の記事でかいたとおりですが、
「役割を果たす」という意味では、共通の認識ながら、
それを自分で選ぶか適正によって選ばれるか、に対立軸があったのだとおもいます。
ところで、無印種から変わった変わったといわれるキラですが、
殺したくない、戦いたくない、とないていたキラが、
「僕は闘う」と宣言する。
もちろん、これは戦闘を意味しているわけではありませんが、
闘うと宣言し、自分のために準備されたMSに感謝し、無印時代では敵対していた「僕はザフトなんかじゃ」ザフトの白服を着るという道を選ぶ。
その無印自体が、壮大な「伏線」で、
MSパイロットして、軍人として、戦うキラというのは、
なかなかブラックな経過にして結末だったんじゃないかなぁ、ともおもったりします。
第一部前半の対連合線。後半の対ロゴス戦。連合を討てば、ロゴスを討てば。
そして第二部のデスティニープラン。
それぞれの転換期は「議長の演説」によって表され、
その軸に一貫して対立するあり方として準備されていた無印キャラをメインとした、
アークエンジェル陣営、
というのが、運命の構成だったのではないかなぁ、とおもいます。
ふたつの道。
OPのタイトル場面、タイトルバックがストフリだったのは、それをイメージしていたんじゃないでしょうか。
タイトル「バック」はストライクフリーダムでも、「タイトル」はデスティニーだったわけですから、
ふたつを同時に描くイメージとして、(主役交代でもなんでもなくて)ああゆう演出になっていたんじゃないかなぁ、と思います。
「戦争」という世界へのアプローチについて、種運命ではふたつの道を提示していたとおもいます。
それも二部構成になっていて、第一部は、
ひとつは、「客観的に見て悪い方を撃つ」というやり方、主にミネルヴァのシン達が担っていたやりかた。
台詞としては、シンの「悪いのは全部地球軍」アスランの「その後の混乱はどうみたって連合が悪い」等に表されているとおもいます。
そして、ふたつはアークエンジェルのキラ・カガリ達が担っていた「オーブの理念」他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない、「他者不干渉主義」です。
キラの言葉、「地球軍を討っても、ザフトを討っても駄目」というところに端的に現れているんだと思います。
ただ、後者は、そのやり方が、理念をあきらめきれない故の、オーブが出征した戦闘への介入という無茶なやり方をしていたりして、どうにも作中での説得力が乏しいですが(汗)
とりあえず、第一部では、この二つが戦争が起こる世界へのふたつのアプローチだったんだとおもいます。
そして、第二部が、デスティニープランです。
というか、議長対キラですね。
ここで、キラと議長については前述の記事でかいたとおりですが、
「役割を果たす」という意味では、共通の認識ながら、
それを自分で選ぶか適正によって選ばれるか、に対立軸があったのだとおもいます。
ところで、無印種から変わった変わったといわれるキラですが、
殺したくない、戦いたくない、とないていたキラが、
「僕は闘う」と宣言する。
もちろん、これは戦闘を意味しているわけではありませんが、
闘うと宣言し、自分のために準備されたMSに感謝し、無印時代では敵対していた「僕はザフトなんかじゃ」ザフトの白服を着るという道を選ぶ。
その無印自体が、壮大な「伏線」で、
MSパイロットして、軍人として、戦うキラというのは、
なかなかブラックな経過にして結末だったんじゃないかなぁ、ともおもったりします。
第一部前半の対連合線。後半の対ロゴス戦。連合を討てば、ロゴスを討てば。
そして第二部のデスティニープラン。
それぞれの転換期は「議長の演説」によって表され、
その軸に一貫して対立するあり方として準備されていた無印キャラをメインとした、
アークエンジェル陣営、
というのが、運命の構成だったのではないかなぁ、とおもいます。
ふたつの道。
OPのタイトル場面、タイトルバックがストフリだったのは、それをイメージしていたんじゃないでしょうか。
タイトル「バック」はストライクフリーダムでも、「タイトル」はデスティニーだったわけですから、
ふたつを同時に描くイメージとして、(主役交代でもなんでもなくて)ああゆう演出になっていたんじゃないかなぁ、と思います。