萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.38-side story「陽はまた昇る」

2017-10-06 10:30:00 | 陽はまた昇るside story
the punishment and sin.
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.38-side story「陽はまた昇る」

青空が消える、また降るだろう。

「宮田、どこ目指して歩いてる?」

さくりざくり、雪踏むテノールいつもより低い。
ゲイター埋める白銀の斜面、背後の声に応えた。

「大岩がせりだしたポイントです、道の石積みが崩れやすいと国村さんも教えてくれました、」

小雲取谷出合手前、大岩せりだす隘路。
あそこは以前も転落事故があった、一度ならず。

「今回もあそこだと思います、雪が緩む今は崩れやすいはずです、」

答えながら左手首、文字盤の時刻が迫る。
これから気温また下がるだろう、それを解っている遭難者だろうか?
めぐる考え予想たどる雪の道、元上司が笑った。

「なんだね宮田、あらたまった口調になっちゃってさ?俺に怒ってんのかね、」

さくりざくり、アイゼン軽やかに笑ってくる。
いつもどおり軽快な山っ子に吐息ひとつ微笑んだ。

「月末までは上司ですから、」

今朝、たしかに別れを告げた。
でも今また共に救助へ向かう、こんな縁なのだろうか?

「ホントおまえはクソ真面目だね、安心したよ?」

ざくりさくさく、からりテノール笑ってくれる。
この声と歩く山が日常だった、もう過去になる時に訊いた。

「真面目だと安心ですか?」
「だね、そうだろ?」

かろやかな声さくさくついてくる、ゲイター埋める雪また深くなる。
ふみこんでゆく三月の冷厳、背後のザイルパートナーが笑った。

「堅物なクセ直情的がおまえさんの良さだね、ドッチもご無沙汰だったからさ?安心したね、」

ぱさん、

梢から銀色が舞う。
ゲイター透る冷厳の白、ただ行く山路がまぶしい。
白い吐息くゆらす道、ふれる冷たい春の風に微笑んだ。

「それが本当の俺だって光一は思うんだ?」
「お、近しくなったね?」

からりテノール笑ってざくざく、雪の足音が近くなる。
あわく渋い潤んだ風がふく、なつかしい匂いにザイルパートナーが言った。

「痛いケド言うよ?ココントコおまえ、観﨑とおんなじ貌だね、」

ぱさっ、雪がおちる。

銀色ゆれて午後の陽きらめく、もう傾く太陽が冷厳を呼ぶ。
残りわずかな光きらきら沁みて、そんな声にふりむいた。

「…どういう意味だよ、それ?」
「束縛ってコト、ほら?急ぎながら話すよ、」

ぱんっ、背中はたいて山ヤが笑う。
底抜けに明るい瞳くっきり自分を見て、あざやかな唇ひらいた。

「あの爺サンを五十年の鎖だ言ったのは英二だったね、束縛シタガリってことだろ?で、おまえは周太にドウだね?」

さくりざくり雪を踏む、その言葉に鼓動が踏みだす。
今どういうことを言われている?途惑いのまんなか率直が告げた。

「イイかい?周太を束縛しちまったらね、観﨑がつくった鎖の後継者にオマエがなるってコトだ、」

鎖の後継者、誰が?

「…、」

ざくざくさくり雪が鳴る、これは誰の足音だろう?

「おまえが観﨑になっちまったらさ?また湯原サン家は縛られて、人生に勝手されちまうんだよ、」

勝手される、その言葉どこかで?

“…英二はひとりぎめ独善的で自分勝手、自惚れるぶんだけ大事なこと教えてくれない、”

声が響く、まだ新しい声。
響く雪音さくざく進む尾根、ザイルパートナーが言う。

「イイかい、周太は男だよ?男として生きる自由はドンナもんか、おまえがイチバン求めてるモンだろ?周太も同じ男だよ、」

澄んだテノール語りかける、聴覚そっと深く沁みてくる。
そのとおりだと鼓動がうつ、ずっと自分こそ知っていて、だけど背けてきた事実。

「おまえは周太を護りたいだけだね?でも護るのと閉じこめるのは別モンだよ、おまえの正解が周太の正解ってワケじゃないんだ、」

君の正解、そんな言葉に解らない。
わからない自分だから「閉じこめる」なんて言われる、だったら知ればいい。

「光一、周太の正解ってなんだよ?」

解っているなら教えてほしい、君を護りたいから。
願い雪ふみわける春の道、静かなテノールが澄んだ。

「周太が全力で切り拓く全部だよ、傷まみれでも責任まるっと背負って立つ全部だ。おまえもソレに憧れてんだろ?」

憧れた、そのとおりだ。
なつかしい憧憬の真中へ口ひらいた。

「俺が雅樹さんを尊敬するみたいにってことか、光一に憧れて山岳救助隊になって?」
「ソンナ感じ、ソレって男の本懐だろ?」

さらり、言葉かろやかに言ってくれる。
もう古されたような言葉、けれど山っ子があざやかに笑う。

「自力全力が男の本懐だ、ソンナとこ登山にはあるね?だから英二は山ヤになっちまったんだろ、周太にも男の本懐がイルんだよ?」

銀色をふむ、アイゼンしずんで白銀まばゆい。
想い沈みこむ雪山しんと静まって、それでも進む道が言った。

「男であることを奪っちゃダメだ、鎖につないじまったらダメだ、進路も時間も感情もぜんぶ鎖かけちまったら周太のオヤジさんの二の舞だね?」

さくりざくり言葉が響く、ふれる冷厳に覚めてくる。
ならんだ足音かろやかな雪山、しずかな声が透った。

「そうなったら五十年どころか永遠だ、永遠の鎖が完成しちまう。違うかね?」

永遠の鎖、そんなもの君に架けたくない。
願い踏みだす白銀の道、足とめず答えた。

「自由に生きさせたい、ずっと、」

それだけ、そのために約束ひとつ叶えたい。
願いごとたどる奥多摩の懐、ぱんっ、かるく肩はたかれた。

「じゃ、さっきのメモに返事してやんな?さっさと救助ヤっちまうよ、」

朗らかなテノール透って、大岩が白銀のぞく。
雪に凍てつき鎖された岩盤、その下方はるかオレンジいろ動いた。

「国村さん!あそこです、」

まだ生きている、その断崖へザイルだした。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


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