萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.24-another,side story「陽はまた昇る」

2017-04-03 14:25:10 | 陽はまた昇るanother,side story
So long lives this,
harushizume―周太24歳3月下旬



第85話 春鎮 act.24-another,side story「陽はまた昇る」

陽だまり、やさしい花が燈る。

「チューリップが好きだったわよね、周太くんのお友だちって?」

深い澄んだ声が透る、やさしい手そっと花をとる。
白く透ける指やわらかに綺麗で、その荒れた指先に微笑んだ。

「はい…ピンク色のが好きです、」
「あの女の子らしいわ、進学のお祝いだから門出のスイートピーもね?」

花言葉やわらかにアルト澄む、白い腕から花あふれる。
袖まくりしたシャツやさしいミントグリーン、ゆれる春色に花が謳う。

「ガーベラは希望って意味があるの、ユーカリは記念、お祝い記念にね?トルコキキョウは良い語らい、大学はたくさんお話しするでしょう?」

薄紅、白、萌黄、グリーン、束ねる春の色やわらかい。
すこし荒れた指やさしく花ふれる、その涼やかな瞳が微笑んだ。

「あとクリスマスローズ…周太くんはクリスマスローズのお話を知ってるかしら?」

長い睫やわらかに陽を弾く。
ガラスふる光の窓辺、花を抱くエプロン姿に尋ねた。

「知らないです…どんなお話ですか?」
「天使が咲かせた花なの、大切なプレゼントのために、」

澄んだ瞳が笑って花をとる。
萌黄色ゆらり花かしいで、優しい声が言った。

「お祝いしたいのにプレゼントが支度できなくて泣いた女の子に、天使が咲かせてくれたのよ?お花をプレゼントできた女の子は幸せになったの、」

プレゼント、贈り主を幸せにした花。
萌黄色ひそやかな花びら、澄んだアルト微笑んだ。

「花言葉も、私の不安をやわらげて、っていうの。プレゼントできない哀しさを救けてくれた花よ?」

チューリップ、スイートピー、ガーベラにトルコキキョウ。
愛らしい花たちに萌黄色ひそやかに咲く、どちらかといえば地味な色、姿。
それなのに惹きこまれる想い見つめて、そっと唇が開いた。

「由希さん、僕…好きなひとがいるんです、」

話して、拒絶されたら?

拒絶されたら怖い、けれど声は唇をでた。
もう声になってしまった想いに、花やさしいひと微笑んだ。

「すてきね、どんな恋なの?」

どんな恋?

訊いてくれる、その声やわらかに温かい。
花たばねる瞳も温かで、抱きとめられる眼ざしに声こぼれた。

「おとこのひとです、でも…たいせつな女の子に、僕は」

男、それなのに男を好きな自分。
それなのに大切な女の子まで、こんな自分は?

「由希さん、僕ずるいでしょう…?」

こんな自分はずるい。
ずるいから吐き出してしまいたい、ただ想い花の瞳に告げた。

「男のくせに、男を好きになって巻きこんで、なのに女の子を好きになったんです…こんなずるい僕でがっかりするでしょう?」

いまさら、こんなになって今更。
もう取り返しつかない現実、穏やかなアルト澄んだ。

「ずるいなんてないと思うわ、誰かを大切に想うのに、」

花の陽だまり、涼やかな瞳が見つめてくれる。
光ちりばめる睫そっと瞬いて、桃色やさしい唇ほころんだ。

「彼のことも彼女のことも、それぞれ真剣に大切に想ってるのでしょう?真剣に悩んで泣いた眼をしてるもの、違う?」

クリスマスローズに陽が透ける。
栗色なめらかな髪しずかに佇んで、穏やかな瞳が笑ってくれた。

「違わないでしょう?真剣に悩んで泣けるほど大切にできるって素敵よ、がっかりなんてしないわ、」

ことん、静かな足音そっと来る。
見つめてくれる瞳そっと近づいて、白い手ふわり肩ふれた。

「二人いっぺんに好きになると二人とも苦しめるかもしれないわ、でも、二人ぶん泣いている周太くんはずるくない、」

苦しめる、それでも?

「苦しめています僕もう、だって美代さん泣いたんです、いっぱい僕のせいで、」

肩ふれる温もりに声こぼれる。
閉じこめてきた想い迫りあげて、熱にじみだす。

「知ってるんです美代さん、僕が誰を好きかって…それでも僕のため泣いてくれたんです、あんなかなしいやさしい涙はじめて見た」

あの女の子を泣かせてしまった、この僕が。

「泣かせたくなかったのに、ぼくっ…ぼくは、みよさんだけは泣かせたくなかったのに」

ずっと笑顔でいて、あの女の子だけは。
そう願っていた自分にいまさら気づく、もう遅い。

「すきになった男のひとも泣いています、でも男だから、おとこどうしだからまだいいって想えます、でも女の子はどうしたらいいんですか?」

男なら耐えられると想えても、女である君はどうなんだろう?

「おんなのこ泣かすなんていやなんです、あんなにちいさい手…もう進学のことでいっぱい泣いたのに、僕なんかのために泣かせて僕は」

君を泣かせたくない、だって女の子なのに?
こんな想いするなんて思わなかった、こんなふう君となるなんて?

「同じ夢がんばろうって約束してくれたはじめての友だちなんです、僕なんかのことで泣かせたくなかったんです、こんなきもちぼくは」

君と約束した、

あの約束どれだけ嬉しかったろう?
あの約束どれだけ自分を支えて、どれだけ励まして、そして光だった。
君との約束が絶望も燈して明るませて、それなのに泣かせてしまった涙にもがく。

「もう泣かせたくないんです、なのに、なのにあのひとをあきらめきれない僕はずるい」

あなたを諦められたら、楽になれる。
あなたも楽になれるのに?

―えいじ、英二どうして?

どうしてだろう、諦められない忘れられない。

諦めたら忘れたら誰もが楽になれる、あなたも自分も。
自分の周り誰もが楽になる、世間的にも幸せで、もうこんなふう泣かずにすむ。
それくらい解っている、それなのに心臓から熱あふれる、瞳ふかく揺れて熱くて声こぼれる。

「おとこが男をこんな、変でしょう?女の子をたいせつにおもいながら、あきらめられない男のひとがいて…どっちつかずのぼくは、ずるいです、」

どうして、唯ひとり想えない?

去年の自分なら答えは唯ひとつ、唯ひとり見ていた。
けれど一年で自分は変わってしまった、こんな変化は、自分勝手で、ずるい。

「こんな僕をがっかりされるのこわくて、逃げてきたんです…こんなこと父の大切なひとに言えません」

逃げて、がっかりさせたかもしれない。
けれど「知らない」なら疎まれることもない、そんな卑怯がもがく。

「たいせつな、親友でライバルだって父を…その息子が、おとこに、って…しらないほうが幸せだとおもいませんか?」

こんな自分だ、だから何も言えない。
それでも知りたいのだろうか、父の夏は?

“Shall I compare thee to a summer's day? 貴方を夏の日と比べてみようか?”

父が輝いた夏、その光を今も生きる人。
あの鳶色の瞳に真実はどう見えるのだろう、何を想わせる?

こんな自分であることが哀しい、ただ竦んだ肩しずかに包まれた。

「周太くんを知れてよかった、私は、」

肩やわらかな温もり包む、香おだやかに頬ふれる。
あまやかな馥郁しずかな温もり、澄んだアルトが微笑んだ。

「なにも知らないより、一緒に知るほうが私は幸せなの…ありがとう、」

知らないより、知るほうが。

ああ、この言葉はなつかしい?
どこで、ああそうだ、前も新宿で言われたんだ。
あれはそうだ、新宿あの場所あのベンチで、たいせつな大切な母の声。

『やさしい嘘なんて、私達には要らないのよ、』

あの言葉にいくど押されたろう?
それくらい秘密に生きた2年間、秘密が義務でもあった2年。
けれど今もう退職する、そんな2年間いくども自分も投げかけた、あのひとに。

―英二、えいじ、僕も知るほうが幸せなのに…どうして?

英二、あなたは秘密ばかりだ。

なにも知らされず、あなたの素顔を知らず、それが苦しい。
苦しくて解らなくなる、あなたを想う感情すら秘密まみれて割れてゆく。

そして同じことを自分も、しようとしていた。

「由希さん…ほんとうに僕のこと、知ってよかった?」

問いかける唇が渇く、ふるえる。
怖くて、けれど温もり抱き寄せられた。

「よかったわ、」

よかった、

ただ一言に抱きしめられる。
やわらかな香やさしい腕、静かな花の光に息つける。

「…僕のこと気持ち悪くないんですか?おとこが、おとこに…されてきたって、わかってますか?」

告白ふるえる、唇が喉が渇く。
それでも慰められ声になる香、あまく温かな腕が微笑んだ。

「たいせつな人に愛されるって、きっと、すごく幸運なことよ?」

きっと、幸運なこと。

微笑んで花が香る、あまやかな温もり鼓動ふれる。
エプロンにシャツに馥郁まとう声やさしくて、その言葉しずかに掴まれる。

「由希さんは…すきなひと、いますか?」

問いかけて、もう解っている。
もう告げてくれた想い微笑んで、深いアルト澄む。

「いたわ、」

過去形、やっぱりそうだ。

「…どんな恋?」

問いかけてもう解る、きっと今、さっき話してくれた。
その痛み気づきながらも訊きたくて、花ふわり微笑んだ。

「やさしい恋よ、愛してはもらえなかったけど…たいせつなひと、」

やさしい声、おだやかな微笑。
おだやかな明るい澄んだ声、その涙あふれないまま澄んで。

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】
クリスマスローズの花言葉「私の不安をやわらげて、慰め、中傷」


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