萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか純文学小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.25-another,side story「陽はまた昇る」

2017-04-05 17:44:01 | 陽はまた昇るanother,side story
and this gives life to thee.
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.25-another,side story「陽はまた昇る」

桜ふる、こんな街路にも。

「ん…」

見あげるアスファルト、白い花翳やわらかい。
あの花みたいな時間だった、ほんの今すこし。

『たいせつな人に愛されるって、きっと、すごく幸運なことよ?』

そう言って、それから笑って送りだしてくれた。
その指先すこし荒れて、だからこそ美しい手を振って。
そんな優しい手がたばねてくれた花々と、桜の街を歩く。

―よろこんでくれるかな、美代さん…こんな僕からでも、

薄紅あわい、萌黄、グリーン、白の花。
春のいろ抱きしめて歩く頬、香やわらかに心燈る。
この花束こめられた言葉と願い、その祈りくれた声が歩かせてくれる。

『周太くんを知れてよかった、私は、』

やさしい深い澄んだ声、あの一言が鼓動に燈る。
進む一歩ごと彼女が響く、あの肯定がただ嬉しい。

―由希さんは否定しないでくれた、僕を、

花屋の女主人、それだけの関係だったひと。
けれど今もうそれだけじゃない、肯定してくれたから。
こんな自分を抱きとめて、聴いて見つめてくれたひと、あの温もりに今へ歩ける。

『なにも知らないより、一緒に知るほうが私は幸せなの…ありがとう、』

知らないより一緒に、その言葉どれだけ幸せだろう?
だって彼女は家族じゃない、母や大叔母とは違うただの他人。
他人なんて責任ひとつもない、だからこそ受けとめられた安堵が温かい。

―家族じゃない、それでも…受けとめてくれるひとも、いる、

家族じゃない他人、それでも肯定してくれる。
ただ顔見知りだから肯けるのかもしれない、それでも嬉しかった。
あんなふう肯定してくれるだろうか、父の夏は、父を他人と想っていないあの瞳は?

―僕が…英二を好きって言っても、美代さんに迷っても、

あのひとは受けとめるだろうか、この自分の真実も醜さも。

“Shall I compare thee to a summer's day? 貴方を夏の日と比べてみようか?”

美しい夏、輝く夏、そう父が謳ったひと。

『馨さんと見たよ、北岳にしか咲かない花だ、』

鳶色の瞳すぐ言ってくれた、父と見たって。
世界で唯一ヵ所そこに咲く花、その花にあなたをなぞらえて。

『北岳草は危険と楽園の一瞬に咲くんだ、あの男はそういうヤツだろ?』

もう解っているのだろうか、父の夏は?
あの瞳に自分の真実はどう見えるだろう、何を想わせるだろう?
想うほど考えるほど怖くなる、竦みそうで、それでも抱きしめる花が燈してくれる。

「なにも知らないより、一緒に知るほうが…しあわせ、」

声なぞらせ呼吸する。
この言葉は初めてじゃない、母も言ってくれた。
大叔母も言ってくれた、あの女の子も、それから、父の夏も。

『吐きだしてみろよ?俺は絶対に否定しない、』

ほんとうだろうか、信じても赦される?
違う、ほんとうは違う、もう信じたい。

「しゅうたっ、」

あ、

「周太っ、」

呼ばれた、どうしてこんなところで?
とまどい立ち止まりかけた肩、軽やかに敲かれた。

「やっと見つけた周太、あははっ、」

敲かれて見つめた先、チタンフレームの明眸が笑う。
今日こうして呼ばれるの何度めだろう?そんな闊達が笑った。

「田嶋先生と消えてっから戻らないから、仏文に行ったら先生に花屋だって言われてさ?祝いの花なら俺にも声かけろよ、周太?」

日焼おおらかな額かすかに汗ばむ。
ブルゾン袖まくりの腕もあわく赤くて、駆けてきた友人に口開いた。

「ごめん賢弥、僕…すこし考えたかったんだ、」

考えたかった、あふれそうで。

父の夏、昨日の海、雪の駐車場、ふたつの想い。
こんな自分すべて告げたら、この友人は離れてしまうだろうか?
それとも今日キャンパスで言ってくれたままに、ずっと夢を共にしてくれる?

「賢弥、僕…賢弥と話したい、」

想いこぼれる、言葉せりあげる。
もし話して受けとめられたなら、どんなに幸せだろう?
その幸せ願ってもいいのだろうか、願いたい真中で明朗が笑ってくれた。

「泊まりでウチ来いよ?夏のときみたいに喋ろうや、」

この言葉、前にも言ってくれた。
そうして救われた夏の時間また差しだされる、けれどその前に言わなくてはいけない。

「ありがとう賢弥、そのまえに知ってほしいことあって、」

こんな僕を知っても君、まだ泊まっていいと言ってくれる?

「なんだろ、寝言スゴイとか?」

ほら訊いてくれる、冗談まじり笑って。
こんなふう闊達な「普通」ただ眩しい、そんな笑顔に告げた。

「僕が好きになったひとは、男なんだ、」

こんな僕を知って君、それでも変わらない?

「へ?」

ほら変な声、チタンフレームの視線が瞬く。
何を言っているんだろう?そんな貌に花束そっと抱きしめた。

「前に泊めてくれたとき賢弥、僕の好きな人どんなひとって訊いたよね?その答えだよ…僕が好きになった人は男なんだ、」

言ってしまった、ずっと隠そうとも想ったのに。
それでも隠せなくなった、もう大切だから嘘つけない。

「気持ち悪がらせたならごめん、でも僕、あのひとだから好きなんだ…」

あなただから、好きになったんだよ英二?

「僕のために本気で泣いて怒ってくれる人なんだ、いろいろ困ったとこあるけど、でも大切なんだ…どうしても、」

想い声になる、こんな道端で。
アスファルト行き交う喧騒、誰も自分のことなんて見ていない。
それでもチタンフレームの瞳だけは自分を見て、そんな桜の道で声がでる。

「男が男をって変なのわかってるけど、好き…」

声になる、あなたと歩いた街角で。
この街いくども一緒に歩いた、その記憶たち桜に花に光る。

「賢弥…こんな僕でがっかりしたでしょ?ぜんぶ知ったらもっとがっかりするよ、でも好きなんだあのひとのこと、」

あなたが好き、

あなたと歩いた街で声にして、ほら鼓動ふかく疼く。
こんなふう言えていたら今あなたは傍にいた?こんなふう離れることもなくて。

「ほんとバカなんだ僕、好きだからって死のうとしたんだよ?きのうも気がついたら海に入ってた、」

自分の声が言う、よどみなく静かな声。
叫ぶでもなく告げてゆく、あふれるまま。

「あのひとに邪魔って言われるの怖くて死のうとしたんだ…そんな僕のくせに女の子を好きになりかけてる、今…いまさらずるいでしょ?」

怖がる臆病、いまさら狡い感情、これが自分の等身大。
こんな自分きっと呆れさせる、それくらい優秀な瞳に言った。

「大学だって最初から自分の夢で選べばよかったんだ、でも父を理由にして逃げてたんだよ?今だって田嶋先生から逃げたんだ僕…ずるいでしょ、」

この友人みたいに、自分の夢まっすぐ選んでいたら?
こんなふう泣くことも無かったろうか、あのひとを傷だらけにすることも。

「田嶋先生だけじゃない、自分勝手に父を理由にして僕、母を泣かせてきたんだよ?美代さんのことも僕は泣かせたんだ…あのひとからも逃げて、」 

この友達みたいに生きられたら、きっと傷は少なかった。
もう返らない後悔ゆるやかに蝕んで、ただ痛むまま微笑んだ。

「…賢弥、…ごめんなさい、」

がっかりさせたろう、この誠実な秀才を。
こんな自分に悔しくて哀しくて、呑みこんだ涙に言われた。

「周太、泊りで喋ろうや?」

どうして?

「…とまりって、?」
「ウチに泊まれよってこと、」

闊達な声が言ってくれる、その言葉に途惑う。
だって君の部屋に、あの大切なスケッチブックに踏みんでいいの?

「あの…僕は男で、男のひと好きになったんだよ?いやじゃない…の?」

嫌がられる、だって「普通」じゃない。

“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”

ほら声が響く、あのガード下の声。
この街の片隅で言われた現実は、けれどチタンフレームの瞳が笑った。

「あははっ、変な想像するなよ?せっくす目的じゃないから俺、」

抱きしめる花束のむこう、闊達な声からり笑ってくれる。
その言葉ゆるやかに思考めぐって、声がでた。

「…っ、ぼ、く、だってそんなんじゃないから!」

ああ声がでる、ほら頬もう熱い。
逆上せて首すじ熱くなる、それなのに視界ほどけて友達が笑った。

「だろ?俺はただ周太と話したいんだよ、コイバナも研究のことも人生語ろうや?それで俺たち充分だろ、」

闊達な声ほがらかに明るい、さっきよりも。
こんなこと本当だろうか?

「ほんと…?」
「信じとけよ、とりあえず行こ?」

チタンフレームの瞳が歩きだす、その手が自分の肩ふれる。

「ちゃんと聴かせてくれな、焦らなくていいからさ?」

ぽん、

軽やかに敲いて笑って、桜ふる歩きだす。

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】

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