萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.22-side story「陽はまた昇る」

2017-06-11 18:09:18 | 陽はまた昇るside story
They see idolatrous lovers weep and mourn,
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.22-side story「陽はまた昇る」

涼やかな金属音、蝶番かすかな軋み。
なんでもない聞き逃す音、それでも今は聴覚から縋りつく。

さあ、扉が開く。

「まあ…?」

穏やかな声が見あげて香、ふっと甘い。
水あわい香かすかな草の匂い、花くゆらす店に英二は微笑んだ。

「おはようございます、朝一からすみません、」

背にした街、喧騒まだ静かに凪ぐ。
見下ろす視線の先、色白の女性は穏やかに笑った。

「おはようございます、花屋より朝が早いんですね?」

澄んだアルト静かに深い。
見あげてくる瞳も涼やかに静かで、落ち着いた空気に笑いかけた。

「急ぎの用なんです、お願いできますか?」

断れるわけがない、客ならば。
解って言った台詞に女店主は微笑んだ。

「はい、どうぞ?」

かららん、

涼やかな音にドア大きく開く。
すれ違うエプロン姿の肩は華奢で、けれど遠くはない。
女性にしては長身の背ふわり、栗色なめらかな髪とリボンひるがえる。

「どんなお花、おつくりましょう?今日はクリスマスローズとバラがおすすめですけど、」

涼やかな瞳が笑いかける、白い手かろやかに一輪とる。
けれど英二は口開いた。

「昨日、彼と何を話しましたか?」

これだけ言えば解る、もし「正解」なら。

「…彼?」

穏やかなアルトが訊き返す、でも解る。
花から自分を映す瞳を見つめて、きれいに微笑んだ。

「来たでしょう?昨日、お祝いの花束を買いに、」

君なら来たはずだ、昨日きっと。

『あの…これニュースになるんですか?』

そう言って君はテレビの中、とまどっていた。
とまどう黒目がちの瞳の貌、その下に示されたテロップの文字。

“東大に合格も恋も咲く”

ずっと聴きたかった君の声、見つめたかった君の瞳。
けれど示される文字は見たくなかった、それでも君のヒントだ。

「大学の合格祝いの花を買いに来ましたよね、あなたに素敵な花束をつくってもらったと思うんですが?」

微笑んで問いかける唇、甘い花の香。
やわらかに優しい香る色彩、ここは君が好きな場所。

だから君はここに来た、あの女のために。

「女の子のためにお祝いの花束、買いに来たでしょう?彼が、」

きれいに笑いかける、心は隠して。
こんなふう笑えば誰も口つい開く、自分の思うまま動いてくれる。

―このひとも動くだろうな、俺に視線むけるし?

いつも向けられる「求める」女性の眼。
この女店主も同じだ?そんな予想に笑った先、涼やかな瞳ゆっくり微笑んだ。

「なぜ?」

問いかける、深いアルト。
見つめてくる瞳やさしく深い、けれど、自分の思うままと違う。

“なぜ?”

ただ一言、問いかける瞳。
涼やかな瞳やわらかに微笑む、けれど逸らさない。
まっすぐ深い優しい瞳、穏やかで、そのくせ一歩の妥協もない強靭。

誰だ、誰かに似ている?

「なぜ、って何を?」

笑いかけて視界、深い瞳が見つめてくる。
以前と変わらない優しい穏やかな視線、けれど前の印象と違う。

―前は俺のこと物欲しげに見たのに、なんだ?

女なら向けてくる視線、それは彼女にもあった。
けれど今は違う、そして誰か思いださせて肚底を刺す。
こんな感覚いままで知らない、揺する苛だち隠して英二は微笑んだ。

「何ついて、なぜ、って訊くんですか?」

こんな返答、求めていないのに?
きれいに微笑んだ前、涼やかな瞳が見返した。

「そのままです、」
「そのまま?」

問いかけ微笑んで、見返す瞳まっすぐ深い。
こんな眼どこかで知っている?かたすみの思案、しずかな唇が開いた。

「ここは花屋です、なぜ花じゃないご用でいらしたんですか?」

凛、まっすぐ逸らさない瞳。
穏やかで深い、けれど遥かな明瞭が見つめてくる。

―誤魔化しなんか効かなそうだな、この女は…誰か似てる?

見つめられた記憶。
そんな感覚が揺すってくる、なにか抗えない。
ひとつも威圧的じゃない瞳、その静謐に明るく包まれる。

「なぜ?」

深い澄んだアルトが透る、肚底まで。
こんな感覚どこか知っている、けれどこの相手からは初めてで、それでも途惑い隠し笑った。

「彼が心配で来たんです、それじゃダメですか?」

誤魔化しなんか効かない、それなら曝けだせばいい。

―本音を見せる方がいいな、このひとには?

本音を曝す、それが同意と共感へ惹きこむ。
そんな遣り方に笑った前、栗色なめらかな髪は動じない。

「なぜ、ここに探しにいらしたんですか?」

問いかけ透る声、この声は誰とも似ていない。
見つめてくる色白の顔も他に知らなくて、それなのに視線なぜか捕らわれる。

「さっきも言ったでしょう?彼が昨日、花束を買いに来たからですよ。大学合格のお祝いに女の子へ贈るって来たでしょう?」

答えながら笑いかける、今きっと自分は「きれい」だ。
今までなら彼女の視線も讃美した、でも違う眼ざしに微笑んだ。

「彼、相手の女の子と色々あったみたいで。心配で事情を知りたくて来たんです、ダメですか?」

嘘はない、ただ事実だけ微笑む「きれい」な自分。
気遣わしさ優しい貌しているはず、それなのに澄んだ声は言った。

「心配なのは、あなただわ、」

声のむこう、あわい馥郁かすかに甘い。
花くゆらすガラスの部屋、その女主人に微笑んだ。

「俺ですか、なぜ?」

なぜ?

同じ言葉で問いかける同調、どんな反応くれる?
あわい愉しみに涼やかな明眸ふわり笑った。

「ごめんなさい、お茶を一杯飲ませて?朝の習慣なんです、」

バラ一枝たずさえて、エプロン姿くるり踵を返す。
栗色なめらかな髪ひるがえる、その背が凛として否めない。
こんな空気どこか知っている?

―誰だ、さっきからずっと?眼の感じとか、

否めない制止できない、あの背中。
見つめられると逸らせない、誤魔化し一つ出来なくなる。
この自分が思いどおり動かせない?

なぜ?

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


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