萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 雪嶺 act.5-side story「陽はまた昇る」

2015-06-19 23:30:29 | 陽はまた昇るside story
Nor all that is at enmity with joy 感情の邂逅
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.5-side story「陽はまた昇る」

山は山岳レンジャーの領分です。

明瞭な言葉、その声は凛然とゆるがない。
いつもどおり底抜けに明るい瞳まっすぐに上司は続けた。

「いま山頂から雲が降りてきています、これは吹雪です。あと1時間でここも雪に巻かれるでしょう、そんな天候に出たら死にます、」

声は徹って幕営を張りめぐる。
譲る気はない、そんな凛然が問いかけた。

「現場は沢上部の小屋ですね?この幕営からいちばん近い、でも厳しい現状を浦部から説明します、」

この山で「立て籠もる」ならそこだろう。
脳裡に登山図ながめ英二はそっと笑った。

―光一が言う通りそこだろうけど絶体絶命だな、冬の今は、

行ったことがある、だから今の状況もう解かる。
あの場所なら狙撃ポイントは?考える隣から地元の男も告げた。

「ガイドとして申し上げます、あの小屋あたりは雪崩の巣窟です。今の時季とくに寒暖差で雪がゆるみます、そこでの発砲は危険です、」

ほら、やっぱり同じ意見だ。

―浦部さんは長野の山について信用できる、いつもならムカつくけどさ?

本音うちに笑いたくなる、だって今こんな時も反発したい。
それはテーブルむこう小柄なアサルトスーツ姿のせいだ、その一人が口開いた。

「班長、私も同じ意見です。出発は明朝にするべきです、」

恬淡、そんな声が朗々と告げる。
マスクで顔隠して、けれど声よく徹って聴きやすい。
身長も高くない小柄な男、けれど大らかに沈毅な声は続けた。

「吹雪と雪崩のリスクを冒したところで途中ビバークするしかありません、どうせ現場に着けないなら明日朝に出ても同じです、私は行かせません、」

落着いた声は低く深い。
この声は自分は知らない、だから当たりだ。

―やっぱり右が周太だ、そして行かせないってことは、

ほら、君が一緒に行くんだ。

いま選択の岐路にいる、その隣いるのはやっぱり君だ。
いま議論はさんで沈黙して、それでも君は共に心呟くのだろう。
そう信じたいテーブルの上、浦部が登山図のコピー1枚ひろげた。

「今いる地点はここです、現場の小屋はこちらで間違いありませんね?」

問いかけながらマーカー出してチェックする。
現在地は赤い丸されランプにゆれる、LEDの灯にマスクの顔は頷いた。

「ここです、小屋の窓を狙えるポイントを教えてください、」
「はい、窓は2方向でどちらも小さいです、」

説明しながら赤で×描く手が白い。
元からの色白が蒼いようで、それでも穏やかな声は言った。

「雪への耐性を重視した山小屋です、そのため窓は小さく2ヶ所だけ、入口も1つで壁も頑丈な造りになっています。北側に面した窓は山頂方面、もう一方は麓への尾根の眺望がいいです。周りの樹林帯も小屋より低いので隠れるポイントはありません、荷揚げや救助ヘリのホイストするポイントなため上空の動きも小屋から見えます、」

説明の言葉に現状対応は難しい。
重たくなってゆく中心で大きな手は着実にラインひいた。

「銃座になり得るのは北側の窓サイドでしょう。小屋から見つからず回りこむルートは2つです、どちらも雪のコンディション次第でリスクが高くなります、」

きゅっ、きゅきゅっ、

ペン先の鳴りながら赤く道が示される。
どちらのルートも懐かしい、そう見つめるまま呼ばれた。

「宮田さん、どちらのルートも経験ありましたよね?意見お願いします、」
「はい、」

穏やかに微笑んで脳裡に道が描かれる。
ここは昨冬も歩いた山、だからこそ気懸りな事実を告げた。

「セラック崩壊が心配です、こちらの斜面は今年もセラックがありますよね?」

こちらの斜面、

そう告げて指さしたポイントに仲間ふたりため息吐く。
何を言いたいか?なんて聴かなくても解かる、そんな信頼と微笑んだ。

「でも銃座のポイントはこの斜面でしょうか、ここは大きな雪壁が毎年できますよね、浦部さん?」

山頂を仰ぐ北斜面、そこへ回りこむルートは小屋から見えない。
そして「遮るもの」はこれ以外ないだろう、択一の場所に地元出身者は肯いた。

「できます、ただブッシュ帯なので足場から崩れる危険があります。上部でセラック崩壊が起きれば連動しやすいです、下は遮るものが樹林帯までありません、」

あやうい脆い場所、けれど他に隠れられる場所も無い。
こんな択一に解かりきった事実を微笑んだ。

「もし雪崩に巻きこまれたら止まれませんね、」

止まれない、そして長時間を雪に流されることになる。
リスク様々にからみつく、そんな現実に低くテノールが言った。

「難しい場所だね、そんなとこへ部下はやれません。行動開始は早くても午前4時です、天候の回復と雪が硬い時間を狙いましょう、」

ばっさり断言がテーブルむこうに笑いかける。
底抜けに明るい瞳の真直ぐ先、壮年のアサルトスーツ姿は言った。

「人質の安全確保が最優先事項だ、1時間後には出てもらう、」

譲るつもりはない、命令を聴け。

そんな傲岸が声を表情を覆っている。
おそらく五十前後、壮年の鋭利な顔にマスクの横顔ふりむいた。

「班長、私も午前4時以降と判断します。この天候では出せません、なにより計画が無茶です、現場を担当する方の意見を尊重すべきと思います、」

低くても大らかに徹る声、その眼差しは見憶えない。
いま初対面の男だろう、けれど信頼できるかもしれない。

―周太を庇おうとしてる、SATでのパートナーか、

おだやかに沈毅な声と視線、でも若いだろう?
若くなければ最前線には立てないはずの部署、それを示す黒いマスクの顔に笑いかけた。

「ありがとうございます、」

ありがとう、そう告げておきたい。
だって大切な人を傍で支えてくれる、だから言っておきたい。
だって自分は12時間後どこにいるだろう?その予想に壮年の指揮官は言った。

「立籠もり犯の対応なら我々が専門だ、この現場は立籠もり事件にある、私の判断が最優先されるべき事件だ、1時間後に出発しろ、」

ずいぶんと頭でっかちだな?
そんな感想つい笑いたくなる、嘲笑と、そして疑念と推測が浮びだす。

―ここまで頑固に言い張るのは観碕の命令かな、でも?

あの男、観碕征治が見ている?

そう想わされる言動と「人質」は無関係と言えない。
そして自分自身も責任無いとは言いないのだろう、もう退けない今に上司が言った。

「午前4時でも1時間後でも到着時間は同じです、この天候では行動不能に陥りますからね?ドッチも一緒なら命の安全を選びましょう、」

結果は一緒、それなら生存可能性を採るべきだ。
それは当たり前の発想だろう、けれど指揮官の腕章つけた男は首振った。

「人質の安全が我々の任務だ、1時間後の出発は上からの指示でもある、任務に命を惜しんでレスキューと言えるのか?」

あ、その言い方きっと危ないな?

―まずいな、久しぶりに切れるかも?

いまNGワードが出てしまった、もう止められないだろう。
諦めと期待とミックスされる隣からテノールまっすぐ場を刺した。

「あのさあ、ナンで俺たち七機が出張ったと思ってんの?ヨソサマの山域にさあ、ねえ?」

ほら、この言葉遣い出たらもう止められない。

「この悪天候でさあ、県内全域とっくに遭難でまくってんの、だから県警が動けないんだろが?県警が動けねえから俺たち七機が出張ってんだよ、ねえ?」

その通り、だから止めることも自分には出来ない。
怒りたくなるのも当然だ、納得するままに凄絶な横顔は唇の端あげた。

「県警がキャパオーバーしちゃうほどの遭難率だって解かんねえのかなあ、もう県警だってビバーク入るよって無線きましたよねえ?ソンクライの現場状況マサカ把握していないとかアリエマセンよね、特殊部隊の指揮官ですもんねえ?キッチリ状況わかったウエで仰ってんですよね、アタリマエですもんねえ、」

しばらくぶりな口調なんだかほっとする?
つい笑いたくなって堪える隣、上司は一撃ぐっさり微笑んだ。

「こんなサイテー状況を冗談で和ませておられるんでしょう、指揮官ラシイ心遣いおそれいります。さ、午前4時の計画キッチリ詰めましょうか、」



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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