萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

山岳ブンガク:慟哭の谷―三毛別羆襲撃事件

2016-03-28 23:00:00 | 解説:用語知識
摂理相克



山岳ブンガク:慟哭の谷―三毛別羆襲撃事件

クマは雑食動物です、が、草食メインの雑食だと想っていませんか?

日本にはツキノワグマとヒグマが生息しています、
どちらもドングリや栗など木の実を食べますけど、魚も肉も獲って摂っています。
そんな熊たちは味を一度でも憶えるとまたソレを食べたがります、そのため東京都内の奥多摩でもクマによる被害が問題です。

庭の柿をクマが憶えて食べにくる→遭遇×事故

人と鉢合わせして驚いたクマが攻撃してしまうわけです、
奥多摩では数年前も、世界最強クライマーを謳われた山野井泰史さんがランニング中にツキノワグマと遭遇し負傷しました。
こうした不幸な遭遇を防ぐため柿を早めに採取→干し柿にする取り組みを自治体青年団で行ったりしています。

で、こういう事故クマはどうなるか?っていうと射殺されます。
人間を襲うことを憶えてしまうと、次からは人間を狙うようになるからです。

①襲った→勝った=自分の方が強い→次からは攻撃対象
②襲った→反撃され怪我をした=敵→次からは攻撃対象

という思考パターンがクマにはあるらしく、もっと恐いのが、

③襲った→齧った=自分の餌→食べ残しは俺のモノ=所有権主張→反抗・邪魔するヤツは攻撃

これらの思考パターンが惹き起した事件が三毛別羆襲撃事件=苫前事件、
ノンフィクション『慟哭の谷』のリアルです。



大正4年・1915年初冬に北海道苫前村三毛別でヒグマによる殺人傷害事件が起きました。
死者8名・うち臨月の胎児1名、重傷3名・うち後遺症で1名死亡。
これら死亡傷害をヒグマが起こした目的は「食人」です。

事件現場になった三毛別は開拓村でした。
その村の一軒で干してあったトウモロコシをヒグマが食べ、
11月30日それを家主が狙撃したんですけど、傷を負わせたまま逃がしてしまいました。

12月9日、もう雪の開拓村は氷橋=すがばしの橋桁材を伐採し搬出する日でした。
厳冬期の北海道原野では河川が凍るため船はNG、代わる通行手段として丸太+エゾマツなどの枝葉+雪で氷の橋を作りました。
そのため開拓村の男は出払った隙にヒグマは再び集落に現れ、トウモロコシを狙うヒグマに叫んだ母子が襲われ亡くなりました。
この母親はヒグマに食害=食われてしまったわけです、ここからヒグマの食人習性が始まり次の被害者が続くことになります。

12月12日に本部編成、そして12月14日ある熟練のマタギが加害熊を銃殺しました。
この三日間に出動した討伐隊員は官民あわせ約600人、鉄砲60丁、アイヌ犬十数頭。
ただ一頭のヒグマが惹き起した被害は大きすぎました。

なぜヒグマは人を襲うようになったのか?
なぜ被害は拡大化したのか、どうしたら防げたのか?
それらを解析し未然に防ぐために事件を研究したノンフィクションが『慟哭の谷』です。

『慟哭の谷―北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』木村盛武

著者の木村さんは北海道庁林務官を勤めた方です。
その職務中からヒグマに遭遇されることもあり、食人被害の現場を目撃したご経験もあります。
実際リアルにそこで生きている、その視点から過去の事件を解析していく筆致は惹きこまれ、向きあわざるを得ません。

この本で気になった点は、人食熊の頭部+体格です。
作中には三毛別の他も事例が挙げられていますが、巨体+体に比して頭部が大きいと言うクマが何頭かいました。
詳細データが無いためアクマデ推測ですけど頭部の巨大化=脳の肥大化があったのかもしれません。
そうした脳の異常があるとしたらその原因=肥大化が何によってもたらされたのか?
を解明するとクマの残虐性・食人嗜好を根本から防げる可能性があるなと。

人間も犯罪者の脳は欠損・異常が見られるケースが多いです。
この異常部分治癒を回復させる実験がイギリスやアメリカで行われました、結果、再犯率がカナリ低下しています。
どんな方法をとったのかっていうと簡単で、

栄養バランスの崩れ→脳の必須栄養素が不足→不足分を食事療法で補う→脳の正常化

ヒグマについても栄養失調は充分に有得ることです。
作中にもありましたがクマが巨体すぎるということは、

巨体=冬籠りできるサイズの穴が少ない→穴なし熊として冬もさまよう→栄養失調

ようするに・餌不足に陥る=脳に変調をきたしても不思議はありません。
クマは蜂蜜や果実など甘いモノを好むことが知られていますが、糖分=ブドウ糖が大量に消費される体質だってことです。
で、脳はブドウ糖がメイン栄養+無機質バランスで保たれている器官になります、ってことを考えると、

巨熊は冬期に栄養失調になる→冬をいくつか重ねる=栄養失調期間が長くなる→体調から脳まで異常を起こす

というメカニズムが成り立つワケです。
コレが熊の凶暴性にある原因だとしたら、森の食糧豊富+冬籠り穴の確保が予防になるのかなと。
山や森林の環境保全が課題になるワケです、かといって人間がどこまで介入すべきかは自然淘汰を考えると難題ですが。

あとは・脳の肥大化=食人により摂取された栄養素または毒素が原因、
っていう可能性もあるかもしれませんが、いずれにしても症例研究が必要になる話です。



登山者は熊鈴をつける、コレは平成の今も山の常識です。
所在を音により知らせることでクマとの鉢合わせを防ぐ=遭遇を避けることが目的です。

なんて書くとクマは臆病だしソンナ食人とか無いでしょー?
とか思うかもしれませんけど・遭難者の遺体が短期間で白骨化するって事例が今でもあります。

短期間で白骨化=野生獣に遺体が食べられた、

ってことです。で、現代日本で肉食雑食獣がどれくらいいるのか?
タヌキもキツネも雑食動物です、そしてツキノワグマも雑食で、ヒグマは今でも人身事故件数が多いです。
ツキノワグマはヒグマより小型で獰猛性も低いと思われがちですが、野生獣の死骸を食べていたという報告もあります。
ようするに・人間の味を知っているツキノワグマも存在し得るってことです。

臆病で火の気や人間を避ける、それは自然界で健全に生きているクマの習性です。
けれど一度でも人工物の味を知ってしまえば人里に近づき、オイシイ食料を求める貪欲性が臆病を超えてしまいます。
ようするに以前の習性から逸脱するワケです、そんなクマは人の気配もオカマイナシに食欲のためなら人も民家も貪婪に襲撃します。

今、ある学者が捕獲したクマを遠方に放すって取り組みをやっているそうですが、
クマの行動範囲・貪婪性・執着性・復讐心などから考えると、戻ってくる可能性と後々どうなるか恐いなって思います。
こうしたクマのリアル生態はある意味、自然界の縮図でもあります。

クマとの共生をどうするべきか?=クマの生息地である森林問題に直結するワケです。



森が食料の宝庫であればクマは人里にくる必要がありません。
それでも柿=甘い果実や、人の食べ残し=美味しいモノを知ってしまえば人里に来る可能性は大です。
ソコラヘン考えてから山歩きすると「森」にある陰翳も美しさも見られるんじゃないかなって思います。

いま登山はテレビ番組も多く流れて、ちょっと前には山ガールなんて言葉も生まれて、
ボルダリングやってるイケメン俳優はカッコいいみたいな空気もあるらしく、
山=ファッションみたいになっていますけど、

でも、山は危険だらけです、マジで、笑

遭難事故なんて当り前みたいに起きます、その大半は山を知らない人間です。
スポーツジムのクライミング施設とリアル山は違います、が、そこらへん解かっていないから事故るんだろうなとも。

クマなんか遭わないと思ってるし、
踏みこんだ落葉or雪の下が崖である可能性も知らないし、
登山道以外のルート=遭難ヶ所が多いんだよってことも知らない、だから道に迷って崖から転落するし、
食べ残し放置→クマが里を襲うことも・ビニール食べた鹿が腸閉塞で死ぬことも、タヌキたちが食品添加物で中毒死することも知らない。
山の日没が平地よりカナリ早い・南斜面と北斜面の温度差も知らないし、雪崩や雷雨の予兆も気づけない。

山は綺麗です、その美しい恩恵には危険もあります。
そうした自然の二面性を『慟哭の谷』は考えるヒントをくれるかなと。


撮影地:撮影地:森@神奈川県、湯川@栃木県、鹿@山梨県八ヶ岳山麓

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