萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

紅葉点景:橙の明滅

2017-12-11 23:58:29 | 写真:山岳点景
橙色に瞬く。


近場の森は爛熟晩秋、雪の便りが近づきます
撮影地:森@神奈川県2017.12

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secret talk45 独占act.4 ―dead of night

2017-12-11 12:11:05 | dead of night 陽はまた昇る
この隣に、
英二side story追伸@第5話 道刻


secret talk45 独占act.4 ―dead of night

わからない、と言うのは時に残酷だ。
たとえ悪意が無くても無視より酷い。

かたん、

点呼の扉を閉じて独り、空間が沈む。
さっきまで賑やかだった寮の時間、けれど個室の薄闇しんとする。
せまい素っ気ない小さな寮室、それでも昨夜より楽で英二は微笑んだ。

「実家より楽だな…、」

昨夜は実家の居室、今は警察学校の寮室。
普通なら実家が懐かしいだろう、でも自分はこの部屋が慕わしい。
その理由この壁ひとつ隔てた隣にいる、それくらい毎夜いつも通って、でも今夜は竦んでいる。

『よくわからない…どう言えばいいのかも』

どうして君、わからない?
解りたくないという拒絶?

「はー…、」

ため息ふかく深く、ほら鼓動が軋む。
だって「わからない」と言われてしまった、ほら記憶が疼く。

“わからないわ、私には”

記憶というより瑕、嫌だ。
嫌だ、思いだすことも疎ましい、だから実家も嫌いだ。
だから警察という進路は都合よかった、附属寮があたりまえの世界だから。

―そこは検察官になるより都合よかったかな、警察も山岳救助隊なら実家暮らしは絶対ないし、

本来の進路と今を比べて眺めて、なにが優先順位か混ざりだす。
こんなにも「実家」が疎ましくて、その嫌悪から道まで選ぼうとする。
こんなにも離れたいと願う現実に笑って独り、警察学校のジャージを脱いだ。

ぱさん、

脱いだジャージ落ちた床、Tシャツの腕かすかに涼む。
まだ夏の夜は炎暑を残して、窓からりベランダへ出た。

「…月もか、」

つぶやいた空、雲こぼれる月光あわい。
隠れてしまう月に言葉が重なる、真昼の公園の森の声。

『…ちがう、』

掠れそうな声、でも聴こえた。
聴こえたけれど心が隠れる、だって君自身が「わからない」隠れたままだ。

「言えよ…好きか嫌いかくらい、さ?」

ひとりごと淡い月光、ベランダつながる窓を見る。
隣室の窓も灯まだ消えない、今そこで君は何しているだろう?

―あまり話せなかったな、電車でも、

新宿からの車窓、警察学校までの帰路は静かだった。
こんな自分でも「わからない」会話に迷って、そのまま夜に月が昇る。

「俺こそわからないよ…湯原?」

ベランダの窓そっと呼びかける、今この隣で呼べたらいい。
今ここで話せたらいい、けれどノックの勇気も隠れこむ。

―でも俺こそ勝手に携帯いじったし、一方的に待合せてあんな問い詰めたんだ…嫌われてあたりまえかな、

強引すぎた、いまさら反省うなだれる。
こんなこと自分こそ不慣れだ、自分から手を伸ばしたことなんかない。
こんなふうに惹きこまれて引き寄せたくて、その相手が男だという現実に風が薫る。

―埃っぽいな、でもすこし木が匂う…お祖父さんの家みたいだ、

昨夜の帰路、寄道した懐かしい場所。
もう主が逝ってしまった屋敷、それでも踏みこんだ庭の香。
繁らす樹木の呼吸は涼やかに温かで、その残滓かすかな風が頬ふれる。

―お祖父さんは、男同士で恋愛はどう思う?俺もよくわからないんだ、

ふれる風に問いかける、鼓動の底に面影ふれる。
深い聡明の眼ざし見つめかえす、あの眼に憧れた時間へ還りたい。

―お祖父さんが生きてたら俺、京大から検察官だったかな…お祖父さんなら応援してくれただろ?

清廉潔白、そのままに生きた祖父。
それは自分の誇りで憧憬、そのままに自分も生きたかった。
けれど歪められてしまった現実、そこで見つけた願いに月が薫る。

―そうしたら俺もっと迷わなかったろうけどさ、でも今は…唯一人のために生きたいとか、お祖父さんはどう思う?

月光に森が香る、懐かしい面影に問いかける。
憧れて誇らしかった人に尋ねたい、今の自分と話してほしくて。

―もう少し生きててほしかったな、お祖父さんにはさ…あと5年だけでも、

5年、

その5年で自分は道を違えなかった。
それくらい喪失は大きくて深くて、だから抉られた傷が疼いて止まない。
そうして自分で自分を壊して背いて、それでも辿りついた場所に声が届いた。

「…みやた?」

オレンジの香かすかに、でも甘い。
午後ずっと香っていた声に鼓動ひっぱたかれて、ゆっくりふりむいた。

「湯原、」

窓のむこう、君がいる。

―部屋に電気ついてるのに湯原、なんで俺の部屋にいる?

ベランダつながる隣室、灯りカーテン零れる。
灯つけっぱなしの隣人は自分のベッドの前、くちごもるよう言った。

「ぼ…おれもそっちいっていいか?」
「うん、」

即答うなずいて、こんな自分に呆れたくなる。
今も「わからない」を責めていた、けれどオレンジの香が近い。

かたん、

かすかな音ひとつ、ジャージ姿が歩みよる。
真夏の夜にも詰めた襟元うかぶ、その小柄な肩が隣ならんだ。

ほら、オレンジがあまい。
それから石鹸なまめく風。


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