萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第83話 雪嶺 act.24-side story「陽はまた昇る」

2015-08-25 23:10:00 | 陽はまた昇るside story
And see the Children sport upon the shore 瀬際の聲
英二24歳3月



第83話 雪嶺 act.24-side story「陽はまた昇る」

あなたが殺した男は生きています。

そう言われたらどんな気持ちするだろう?
恐怖だろうか、怯えか、それとも後悔だろうか。

「…何を言ってるんだ、君は…」

問い返す声は低く落ち着く、でも眼ざし微かに揺れる。
あの視線は答もとめて揺れて、この探していた瞬間に英二は微笑んだ。

「狙撃手ならご経験あって当然です、そうでしょう岩田班長?」

Special Assault Team 警視庁特殊急襲部隊

通称SATの狙撃班をまとめる男は過去、狙撃手だったろう。
そのとき何を任務としていたのか?訊くまでもない相手はため息吐いた。

「…どうやって何を知った、君は…誰なんだ、」

途惑い、恐れ、疑惑、感情さまざま交錯する。
それでも乱さない声の男にベッドから笑いかけた。

「私の正体を知りたいのは、また殺すためですか?14年前と同じに、」

これだけ言えば反応するだろう?
投げかけた言葉に男は首ゆっくり振った。

「誤解しないでくれ、私は殺人鬼じゃない、」
「命令は免罪符ですか?」

また言葉なげて男の眼が止まる。
きっと単語に揺すぶられた、そんな貌に微笑んだ。

「なぜ命令に従うんですか、司法の番人の義務とプライドですか?それとも家族にばらすと脅されていますか、あなたの殺人すべてを、」

あの男なら彼に何を言う?
その答ふたつに窶れた貌は薄く笑った。

「宮田君こそ私を脅してるじゃないか、私の何を知って言ってるのか知らないが、」

どうせ証拠など無いはずだ。
そう笑ってくる男へ事実を告げた。

「10件、うち6件は容疑者本人の自殺、2件は殉職とされていますが、」

言葉にしながらTシャツの下ちいさな合鍵ゆれる。
肌ふれる輪郭は硬く温かい、その持主の俤と微笑んだ。

「また殉職にしますか?ここは新宿のガード下と違って防犯カメラがありますけど、岩田さんなら何とでもできるでしょうね、」

いま微笑んでいる自分の貌はいつもと違う。
それが目の前の男を固まらせて、強張る声が尋ねた。

「君は、湯原の息子なのか?…復讐のため現れたのか、」

名前を言った。

―この男ですね、馨さん?

いま誰の息子と自分を呼んだのか、それが自白になる。
このまま揺すぶってやればいい、訪れた瞬間に微笑んだ。

「ご自分のパートナーを殺した瞬間、何を想いましたか?」

ずっと訊いてみたかった。

後悔か、それとも安堵なのか?
その答ようやく聴ける今に昏い瞳うすく笑った。

「…答え次第で殺すのか、それとも裁判か?宮田君の祖父は有名な検事だそうだな、伝手があるんだろう?」

蛍光灯に声は沈む、それでも落着いたトーンは越えてきた現場の厚みだろう。
こういう男をどう使うべきか?考えるとおり笑いかけた。

「法で裁くことは難しいでしょう、だからマスメディアに裁かせます、あなたの全てをね、」

それが最も効果的だろう、この男には。
だから仕掛けた罠に昏い瞳が瞬いた。

「マスコミか、それなりの証拠なしには動かんだろう、」
「証拠を潰されない伝手も必要ですよ、」

肯き笑いかけた窓辺、雪音やわらかに聞えだす。
まだ止まない音はガラス撫でて白い、そっと冷えこむ空気に低い声が訊いた。

「…君はあの人より権力を持っているということか、だが二年目の警察官がなぜ?」

その名前はまだ言ってくれないんだ?
早く言わせたくて質問なげ返した。

「権力に殺してきた罪だからこそ権力に隠され許されてきたでしょう、でもマスメディアは容赦しません、ご家族は苦しむことになります、」

きっと彼の家族がいちばん苦しむ、それでもあの男は守ってくれない。
そんな優しさがあるなら今は違う今だったろう、その現実に微笑んだ。

「冤罪でも一度マスコミに曝されたら世間はそういう目で見ます、ガセネタとして握りつぶしても同じです、あなたの命令者はそこまで守ってくれますか?」

この答もう訊かなくても解かる。
だからこそ持ちかけたい取引へきれいに笑った。

「私なら守ります。老人の明日と私の明日、どちらが信じられますか?」

さあ、なんて答えてくれるだろう?
穏やかに見つめる真中、制服姿の男は口開いた。

「信じろというなら教えてくれ、君は知ってるんだろう?本部長と…観碕と湯原の関係を、」

やっと証言が出た。

―これで話が進められるな、やっと、

待ちかねていた名前に笑いたくなる。
もう自分の手中に墜ちた駒へ微笑んだ。

「私にも教えてください、岩田さんが湯原馨を殺したメリットはなんですか?」

この答で運命を決めてやろう?

―馨さんは信じていましたか、この男を?

この男どう扱ってゆくのか答ひとつで決められる。
信用か、それとも利用か、境界線のナイフリッジに男は言った。

「…家族の安全と私の出世だ、私は自分を守りたくて湯原を…殺した、」

ほら、道が決まった。

―馨さん、今聴きましたか?

心裡へ呼びかけて胸もと鍵ふれる。
Tシャツの下ちいさな金属は温かい、その約束に微笑んだ。

「誰の命令で殺したんですか?」

この尋問ですべて明かされる。
ずっと捜していた瞬間に、窶れた貌は吐きだした。

「本部長、元神奈川県警本部長の観碕征治だ、」

さあ、最後の鍵が墜ちた。

「…ふっ、」

つい笑いたくなる、だって待ちかねていた。
この一年半ずっと待ちわびた瞬間はもう近い、その証しが問いかけた。

「私は話したぞ、君も教えてくれ、なぜ観碕は湯原を殺したんだ?」
「知ってどうするんですか?」

返しながらポケットから携帯電話だす。
そのボタン操作して、すぐ制服姿が訊いた。

「君は、今の会話を録音していたのか?」

気づけるだけの才覚はある。
そんな駒へきれいに笑いかけた。

「僕はしていません、ここでは出来ないでしょう?」

ここでは出来ない。

この言葉に偽りはない、けれど気づくだろう?
それも可笑しくて微笑んだ前、シャープな眼があえいだ。

「…君はどういう人間なんだ、」

その質問またするんだ?
繰りかえされる言葉にベッドの上ただ微笑んで、その沈黙に訊かれた。

「…宮田君、君の笑った貌は湯原そっくりだ、声も似ている、観碕のこともよく知っている口ぶりだ、君は復讐のために警察官になったのか?」

呼びかけて問いかけて声は低いまま熱してゆく。
それだけの後悔が岩田にもあるのだろうか、そんな眼ざしが問いかける。

「今日も君は湯原の息子を助けた、あのマスクを剥いだままにしたのもワザとだろう?顔を曝してSATにいられなくするためだな、そうだろう?」

なんだか立場ひっくり返してくるな?
すこし気に障るようで静かに笑った。

「私を尋問するつもりですか?」

そうしたいならすればいい、けれど結果どうなるかは保証しないけど?

―知りたがり過ぎるのは面倒だな、申し訳ないけどさ?

本音そっと笑って肚底なにか迫り上げる。
これは怒りだろう、その感情まかせ嗤った。

「湯原馨を殺して、次は息子の周太も殺すつもりでしたね?二人も殺して守るほど、あなたの命は価値があるんですか?」

こんな言い方「最悪の結果」を招くかもしれない?

―プライドが自殺も考えるだろうな、特殊部隊員に選ばれる性格なら、

警察官かつ狙撃手の適性はどんな性格か。
その分析に見つめる真中、苦悶の貌が言った。

「…私は家族を守りたいだけだ、」
「それは湯原馨も同じです、周太も、」

即答きりかえして、また苦悶の陰翳が深くなる。
そこにある良心を揺さぶりかけた。

「十四年前あの日、湯原馨とその家族が願っていたことは同じです、ただ家族で食卓を囲みたかっただけだ、」

ほら、願いごと声にして泣きたくなる。

―本当は俺が願ってるんだ、あの家に帰りたいって、

ふるい美しいあの家に帰りたい。

古いけれど清らかな擬洋館建築の屋敷、緑あふれる花の庭。
山茶花の下にはベンチがある、あの憩いの場を作った男は待つ人がいた。

「岩田さん、あなたのパートナーだった男は母親を早く亡くして、父親も殺されました。その天涯孤独の底からも温かい家庭を築いた男です、」

この事実は知らなかったろう?
すこし見せた現実にシャープな瞳ゆっくり瞬いた。

「…湯原の父親が殺された?どういうことだ、」

やはり知らなかった。
その無知に警告を微笑んだ。

「あなたは知る必要ないことです、あなたの命令者にも尋ねない方がいいですよ?湯原馨の父親は観碕さんのタブーです、」

知れば、きっと彼は生きられない。
それでも知ろうとするだろうか、この行く先に嗤いかけた

「湯原馨は哀しみの底にも絶望しなかった男です、そういう男のささやかな幸せをぶち壊して今、あなたもあなたの家族も生きているんですね?」

この罪悪感に男は何を応えるだろう?
その瞑目する貌にただ事実を告げた。

「あなたは犯罪に加担した、あなたがしたことは司法の正義ではありません、利己的な虐殺の加担者です、」

さあ、罪悪感に苦しむがいい。

―馨さんの苦しみをすこしでも味わえ、周太と美幸さんの痛みを、

この男と馨の間にあったはずの時間、それが想像と痛覚を加速する。
その荷重に男は何を決めるだろうか、そんな時間を蛍光灯が白く照らす。

「…君は、私を裁くためにきたのか、」

ほら罪悪感が問いかける。
もう答え声にする必要もない、ただ微笑んだ真ん中で苦悶が訊いた。

「君は…あの観碕を倒せるのか?君は誰なんだ、」

これこそ愚問だろう?

こんな質問者に可笑しくて笑ってしまう。
つい笑って左腕じくり疼かせる、その痛みすら愉快に微笑んだ。

「あなたの連絡先を頂けますか?リストに載せていない電話番号を教えてください、」

こう言えば彼にも解るだろう。
その僅かな信頼とベッドサイドのメモ用紙さし示す。
ただ白い普通のメモ用紙、その一枚を男は受けとりペン執った。



(to be continued)

【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】

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深夜雑談:深紅の麦

2015-08-25 23:05:00 | 雑談
赤い酒



深夜雑談:深紅の麦

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越後ビールさんのレッドエール、地酒らしい香とコクが自分は好みです、笑

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深夜雑談:Art×Wine

2015-08-25 23:00:00 | 雑談
Ravel、山の夢



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