霜の降りた土の匂いを鼻の奥に思い描き
コンクリートを踏みしめてバスに揺られる
古びた気の焦げる甘い香りと
肌にまとわりつく不特定の隣人の吐息
入れ替わるのは排気ガスにまみれる灰色の乾気ばかり
私はバスステップの一段をのぼりながら
本当にそこが懐かしいのかを考える
ぽっかりと空いた椅子におさまる、
そこがお前の使命だと言わんばかりの
緩やかな眠気は催眠のようで
座る人は等しく胎児さながら瞼を閉じる
重ならない夢は郷愁でも後悔でもなく
ただ空虚な違和感をつまみ取る
冷たく臭う父の声に時折呼び戻されながら
(目を覚ましなさい、時間だから)
鼻の奥では夢まぼろしの世界を嗅ぐ
まどろみから覚める胎児は夢心地
私はバスステップの一段を降りながら
泥にまみれたおかあさんの声に耳を済ませた
コンクリートを踏みしめながら
割れない霜を踏み砕く人々
兄弟に隠れる母は私の
鼻の奥で子守歌を奏でているだけ
ちいさな呼吸は吸い込まれ
ただただ温もりのない排気ガスが
なぜだかひどく優しく見えて仕方ない
鼻の奥に突き抜ける
痛みと涙のにがい味
生まれてなお羊水に揺られ
母の夢を待ちこがれている