Kou Farm

畑の話と日々の雑談

えっ・・

2016-09-27 20:17:44 | 日々の事
『浜に でぇ~けぇ貝が上がったんだと』
『何だそれぇ ホントげぇ』
『みんな言ってぺよ ホントじゃねえげ』
『んで 行ってみっけ』
『行んぺ 行んぺ』

『おっおっ オ~!』

『何だっぺ これ でっけなぁ~』
『どっからきたんだぁ』
『貝だもん 海に決まってぺな』
『ごじゃっぺ言うな こんな岩みてえなモン海にいっか』

『いや それにしても食ったら何人前だぁ』
『んだなぁ 百人前ぐれぇか』
『きかめぇ~』
『そうがぁ 実が入ってぱな』
『入ってめぇ~ 見でみっか』
『見でみっぺ 反対側だ』

『・・・・』
『・・・・』

『く・・食えんのげ?』


茨城県北芸術祭でしたぁ~

堆肥撒き

2016-09-22 20:28:48 | 畑の事
先週の土曜日 やっと晴れ間が出ましたので 堆肥を撒きました
冬場は切り返しながら4~5ヶ月置くのですが 夏で気温が高いので約3ヶ月

全体に茶褐色 あの香しいアンモニア臭はほとんど有りません
肥効を残すため 完熟の手前 中熟状態 
それでも十分温度は上がってますので 含まれる雑草の種は随分やっつけたでしょう
一日で 約半分撒き終る

この日は 久しぶりに気温も上がり 作業中は汗が止まりません
休憩の度に冷たい水をガブガブ 
汗止めのバンダナを絞ってみたら汗がダバダバ落ちる
後で体重計に乗ってみたら2kg落ちてました 痩せたい方ウエルカムです(笑)

堆肥について 教科書通りに書けば皆眠くなってしまうので 僕が期待している効果をかいつまんで
土が養分を蓄えやすくなります
主要な養分は+の電荷を持っています それに対して堆肥を入れた土は-の電荷を持ちやすくなります
プラスとマイナス  くっついて保持される訳です

その他にも 隙間ができて水分保持や空気層ができるので根っこが伸びやすいとか・・色々あるのですが
仕事場としての畑は トラクターや軽トラが走ったり 100年に一度の雨が降ったり 真夏に1ヶ月も雨が降らなかったり
理屈でははかれない事象が多々おきて 教科書通りにいかない事がよくあります
それらの影響を最小限に抑えるべく人は努力する訳ですが 自然の力は絶大です 勝てるものではありません
克復したと思えば 親切にも 次の試練が必ずと言っていいほど待っていてくれます(笑)

それに 今の農学も 全てを解明してる訳ではありません 経験による感や 昔から伝わってきた方法を基に
素晴らしい作物を作る方もいらっしゃいます
堆肥は科学的な分析とは別に 長い長い使用実績があり 続いてきた事に価値を見ています
おかしな物であれば消えてるはずです

ともかく まっとうな野菜を作りたい
美味しい 日持ちがする キャベツならキャベツらしい味がする・・などなど 

収穫は初冬の頃
どんな野菜ができるでしょうか・・期待が膨らみます
もちろん不安もありますが 今は作れる喜びが勝ってますね

ニンジン その後

2016-09-13 20:53:52 | 自然
最初に蒔いたニンジン

まだ10cmもありませんが 本葉が出てます
小さくとも ちゃんとニンジンの葉っぱです
後蒔きの方も

なかなか良好
雨が多いのが幸い 発芽には適度な水分が絶対条件なのです
ただ 太陽熱消毒の効きがちょっと甘い 雑草がちょろちょろ顔を出してきます
まぁ 今季はテスト作 忙しくは無いので チョコチョコ抜きながらやってます

ジャガイモも

芽がでました
大産地の北海道や九州は大雨でしたので 今後の影響が懸念されますが
うちの芋達 無事に育ってほしいものです


さて

野菜を売る 或いは提供する という事を よく考えます
考えるほどに どう作るか に繋がります
独立して つくばでの8年 引き売りは約7年 対面販売を続けました
毎週ママさん達とよもやま話 お子さん達にも随分遊んでもらいました
その時間が 僕の野菜作りに対する姿勢を醸成していった と思えます

『お母さんが安心して子供に食べさせられる野菜』

どんな野菜を作る?と問われれば
色々な回答があると思います
僕にしても 一言では答えられません
リスクが高いのに無農薬無化学肥料で作るのは
理屈では何とでも言えます・・が 経験で身についた上の 言葉 思い は色あせません

そして もう一つ これは理想も含まれますが
『食卓に楽しさを』
美味しい 面白い 驚き などなど 
そこに楽しさがある その一助になるような野菜

それから もう一つ
これは自分への戒めでもあります
『万人に受けようと思うな』
誰にでも受け入れられるという事は 誰にも受け入れられないと同じだと思えます
そもそも 万人に受けるなんて 空気を作れと言ってるようなもの
一歩間違えれば とんでもない間違いを犯しそうです

まぁ 今のところ そんな思いが中心です

何となく思う

2016-09-08 15:34:42 | 日々の事
先日の台風10号では 東北 北海道で大きな被害がでました
去年の今頃 常総の水害で 救助のヘリが飛び回っているのを 畑から見てたのを思い出します
被害にあわれた皆様の一日も早い復旧をお祈り申し上げます

さて

高萩は予想ほどの事は無く 僕の畑も含めて大きな被害は無かったようです
日中は残暑がまだ厳しくはありますが 朝夕は随分涼しくなって
山では乱舞するトンボ達が秋の訪れを告げているようです


最近 野菜の作付のヒントにならないかと 過去200年ぐらい この地の百姓の歴史を調べてました
が・・誰の何兵衛が何々を作った・・なんて資料は見当たらず
そもそも詳細な百姓の記録そのものが全国的にみても少ない

お年寄りに聞いた話から類推できるのは せいぜい80年ほど前まで
だいたい米 麦 大豆 が定番 それに菜っ葉などの蔬菜
近年 長ネギを産地化しようとした時期もあったようですが 続かなかったようです

まあ色々しらべていると 意外な事を発見します
茨城県の海側 県北三市 北茨城市 高萩市 日立市 は昔凄かったんです!(笑)
わが街 高萩は家老のお城があった都合で 明治大正時代は役所が置かれ 行政の中心でした
そして北茨城と高萩の炭鉱 日立の銅山に人が集まり その子供達のため小学校がバンバン出来ました
昭和に入ると ご存じ日立製作所の急成長 高等教育のため旧制中学(今の高校)や専修学校もでき
一時は県庁所在地の水戸をも凌ぐ勢いだった様です

僕は産業の有る無しが 都市の発展に大きな影響をおよぼしてきたと思ってました
それは それで大要因なのですが それだけでは無いようです
そもそも江戸時代 藩や村に縛られて 人の移動は制限されてました
明治に入り 今に続く中央集権国家が仕組みを整え 富国強兵に伴う工業の発展が 因習に捕らわれた農村
から人を引きはがし始めた と思えます
中央に対して他は全て地方です 水戸藩が全てだった時代とはちがって 茨城県も神奈川県もすべて等しく地方なのです
当然 関所もありません そして教育(知識)も大きな要因だったでしょう
広域ではないにせよ 人の流動性は活発になり 労働集約的な日本の初期産業を支えたのでしょう

そして農業についてですが
昭和の大恐慌によって地方の農村は大きなダメージを受け 何とか復興しようと
生産者の協同組合など 流通も含め大きな改革(?)がありました
これが現代農業の始まりかもしれません
それ以前は 明治とはいえ江戸期同様 個々の農家が重税に喘ぎ 同じ百姓でも庄屋と水飲み百姓では天地ほどの差があったようです
高萩では江戸期の村名が そのまま残っている所が多く 又 そのほとんどが農村であったことから
現在の田畑は長い歴史を有している事が推測されます

僕たちは 何とか今を乗り切ろうと 必死にあたふたしているのですが
歴史を俯瞰して見れば その あたふたの結果が仕事を変え生活を変えてきた事が分かります
ただの農村地帯が 鉱業都市から 工業商業都市へ 衰退が取沙汰される昨今ですが 
あたふたする限り 次の変化への可能性はあるのだと思えます


そういえば

いまいちの発芽状況だった人参が 台風一過 ぞっくりと芽を出しました
二番手も成績良好
これまでの経験から 蒔いて8日程度で発芽は決まると思っていたのですが
10日以上経っての発芽がありました なんでしょう? 台風のおかげ・・気圧のせい?
まぁ こんな事もあるんですねぇ~
ジャガイモもボチボチ芽が出てきました