歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

向日市・元稲荷古墳 後方部でも敷石が見つかり墳丘表面全体を石で覆う

2009年02月19日 | Weblog
 市埋蔵文化財センターが18日、全国最古級の前方後方墳とされる古墳時代前期(3世紀後半)の元稲荷古墳(向日市向日町北山)で、後方部の平坦面や外周から敷石が見つかったことを発表した。同古墳では、階段状の前方部の斜面でも敷石が見つかっており、築造当時は墳丘の表面全体が石で覆われていたらしい。同時代の大型古墳では、外周部で敷石が確認されたのは初めて。
 大掛かりな造りにすることで、被葬者の権力を誇示したのではと推測。邪馬台国の女王、卑弥呼の墓との説もある箸墓古墳など、同時代の古墳の成り立ちを考える上でも貴重な資料となりそう。
 墳丘北側の後方部計約60㎡を調査。敷石は、3段の階段状になっている平坦面(幅約1・6m)や外周で幅約1mの帯状で出土した。
 昭和45年の調査では、前方部でも敷石が確認されている。
墳丘の北端も確認され、元稲荷古墳の全長は約92mで、箸墓古墳の約3分の1の規模だったことが確認された。
 また、縁に独特の丸みを持つ讃岐産の祭儀用土器の破片約30点も出土。被葬者と讃岐地方との関連をうかがわせた。
 四国新聞社によると、土器の破片は、3段構成の後方部北側の1段目から約30点出土し、壺の口部分が多く見つかった。壺は胴が丸く、口の縁の断面がくの字状に膨らんでいる讃岐地方特有の形状という。土器は、埴輪などを置くとされる頂上部分にあったとみられ、首長を葬る儀礼の際に土器が1段目に落ちたと考えられる。
 被葬者が讃岐地方の有力者と深い政治的なつながりがあったことが分かるとする。
 現地説明会は21日午後1時から。
[参考:産経新聞、四国新聞、毎日新聞]

元稲荷古墳
向日丘陵先端部の尾根上に築かれた前方後方墳、全長92m 後方部3段、前方部2段築成、
築造は3世紀後半で乙訓地域では最も古い古墳と考えられている。陪冢を2基擁している。
埴輪は、前方部から特殊器台型と壺型などが出土している。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 大宰府条坊から、大きな建物... | トップ | 福知山市・向野古墳群 上下2... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事