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韓国・京畿金浦で3世紀の馬韓勢力墳墓を大量に発掘し、鉄器類、鉄製武器類などが多数出土

2009年09月16日 | Weblog
 京畿金浦の漢江流域で3世紀頃の馬韓(마한)勢力の墳墓群が大量に発掘された。
埋蔵文化財専門調査機関の漢江文化財研究院は16日、漢江下流に隣接した海抜65mの丘陵頂上部にある金浦市雲陽洞発掘調査現場で青銅器時代住居址3基と原三国~三国時代の墳墓17基、統一新羅~高麗時代の石槨4基などを確認したことを明らかにした。
 原三国~三国時代墳墓は3世紀始め~後半代のことで、墓周辺を方形あるいは円形の溝で囲まれている。
 この周溝墓(주구묘)は主に忠清湖南地域で確認された馬韓の墓形態で、最近仁川東陽洞金浦鶴雲里などの地でも発掘された。
 墓と共に土器類と鉄器類、装身具など遺物も出土したが、特に環頭大刀(환두대도)などの鉄剣など鉄製武器類が多く、金製装身具は現在まで国内で類例のない最も早い時期の金製品だという。
 また長さ120cmの鉄剣と水晶玉などを見ると、この遺跡の周溝墓は、当時楽浪など周辺地域との交易で重要な役割をした支配階層の墓であるようだ。馬韓の墓は金剛流域や栄山江流域で主に出てきたし、仁川と金浦など漢江下流側から1-2基が出てきたことはあるが10基以上大量発掘されたことは今回が初めてであり、土器類と鉄器類など楽浪と嶺南から持ち込まれた遺物が出土して、この地域と違った地域と多様な交流をしたという事実が明らかになったとする。
[参考:2009.9.16聨合ニュース]
(注1) ソウルから東北東方向に約30km、漢江の南側に位置する。

これまでの出土品より100年遡る、金製イヤリングと推定される金製装身具が出土
 全3点が確認された金製装身具は反円錘形(長さ2.5㎝)であり、上部の狭い側を切り取って巻き上げたのが特徴である。
 これまでに確認された最も古い時期のイヤリング、百済・石村洞古墳出土品(4世紀)と新羅・慶州月城路古墳出土品(4世紀末)、より100年以上古いイヤリングが出土した模様としている。中国東北方の金製イヤリングと類似しているという。
 出土品としては、ほかにも水晶玉、玉類などがある。
[参考:2009.9.17ソウル新聞ほか]

キーワード:雲陽洞遺跡

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