意思による楽観のための読書日記

迷走する民主主義 森政稔 ****

世界の民主主義が行き詰っているのではないかと感じ、この本を読んでみることにした。日本での政権交代は1990年代に一度、そして2009年には当時の民主党によりなされたが、いずれの政権交代でも大いなる期待への反動があった。自民党による一党支配政治は、金権、派閥支配、腐敗など長期政権に伴う嫌悪感から当時の野党勢力に政権奪取を許したが、国会運営や官僚との関係の稚拙さ、そして予算見直しのパフォーマンスに終わってしまった事業仕分けなどがあり、沖縄普天間基地の「最低でも県外」発言の底の浅さ、大震災対応の未熟さも相まって、一気に有権者から見放される結果となってしまった。一方、欧州では極右政党が正当な選挙でも勢力を伸ばし、アメリカでの大統領選挙、フィリピンでの新大統領と、国内向けのパフォーマンスとも思える政策、主張、ナショナリスト的な発言が支持を得る現状がある。これは日本での安倍政権の長期政権とも共通する基盤がありそうだと感じる。欧州では難民問題、日本では中国脅威論、と異なる背景ではあるものの、ソ連からロシアへの移行、アメリカの勢力減退に伴う世界的パワーバランスの変化と大いなる関連がありそうである。そこで、戦後の日本における民主政治の変遷を振り返り、民主党政権はいったい何を間違ったのか、現代の世界の民主主義に共通する問題点はあるのかを考えてみたいと本書を手に取った。ここからが本書の内容である。

世界規模でみれば、普通選挙や議会制の達成など民主主義的だと思われる国々では、1980年代の東欧諸国の民主化に始まり、アジアでの軍事政権から民主主義政権への移行、アラブの春に至るまで民主主義国家は増加してきている。この流れが逆行するとは考えにくい。また先進諸国で民主主義に反対する主張は大勢ではない。それでも日本をはじめとした諸外国でも、格差拡大や巨大企業活動へのコントロール不足などから、民主主義への期待感が薄れてきているのは現実である。しかし、独裁主義やイスラム原理主義に移行したいと皆が思っているわけではない。新自由主義によって市場原理主義に変質してきた資本主義への反発こそが民主主義の内部の敵なのではないか。つまり民主主義が新自由主義の資本主義に従属してしまっているのではないかという懸念である。

では現在の日本での自民党と民進党の対立軸は何だろうか。「新自由主義」「保守主義」「社会民主主義」と書いてみると、現在の自民党と民進党の主張と重なる部分と交雑する部分があることに気が付く。アメリカ合衆国でいえば、リベラル側の民主党が市場経済を放置するのではなく、政府が景気刺激策を施し、再配分、福祉などによって介入するタイプの改良主義的な自由主義を主張する。反対勢力からは「大きな政府」と批判される。一方の共和党に代表される保守勢力は、政府の介入を最小限に抑え、自由な市場競争にゆだねる立場である。欧州で保守といえば、キリスト教政党に担われることが多く、経済的には市場中心的な考えよりも、政府による保護を中心に据え、一方の社会民主主義との対立が一般的である。アメリカとの違いは、欧州では社会民主主義政党が労働者階級に支持されてきたのに対し、アメリカではリベラルはマイノリティ集団による支持が大きかった。日本では戦後の自民党政権に対する社会党は労働者階級に支持されてきたが、近年では、その対立構造は大いに変化してきたといえる。

日本での戦後55年体制後最初の政権交代であった1993年は、1989年の東欧革命、共産主義の崩壊、その年に自民党により発表された消費税導入にたいする反発があり、日本新党、新生党などの新勢力が非自民、非共産8党政権を誕生させた。総評、同盟が統一した連合誕生も一つのきっかけとなった。しかし、政権内の主張は左右で大きく異なっていたため、社会党は離脱、自民党との連立を組む際に、安保賛成、自衛隊容認を唱え、歴史的に社会党を支持してきた有権者から見放され、結局は党の消滅にまで至った。しかしこの1993年の政権交代は2009年の政権交代の設計図となっていた。縦割り行政刷新、事業改革、規制緩和など、総理大臣を中心とした総合調整による大きな改革を目指すという方向性に、国民は期待を持ったのである。

この後に登場するのが、新自由主義を標榜する小泉政権誕生であり、「自民党をぶっ壊す」として人気を得た。郵政改革、道路公団や住宅金融公庫など特殊法人の民営化、など構造改革、規制改革を実行した。また、文化的主張はナショナリズムであり、当時のアメリカのネオコン勢力に協力する形で対テロ戦争、対イラク戦争にも協力した。しかしその後に続いた安倍、福田、麻生の政権は方向性が明確でなく、新自由主義政策で切り捨てられたと感じていた若者や地方の有権者の支持を得られず、2009年の民主党政権誕生へとつながっていく。

政権奪取時の民主党は「国民の生活が第一」「コンクリートから人へ」をキャッチフレーズにして政策を進めようとして、当初は国民からの期待を集めた。しかし実際には、子供手当や高速道路の無償化政策などの所得再配布的政策だけでは、経済のデフレ化は一向に収まらず、賃金の下降傾向や共働き世帯の子育ては、むしろ保育施設の充実や経済刺激策のほうが有効という皮肉な結果をもたらすこととなる。2011年3月に起きた大震災は民主党菅政権の時であった。災害時の人員輸送に最も役立つのは大型の船であるが、高速道路無償化で打撃を受けていたフェリー業界は震災時への対応が難しく、自衛隊が大活躍した。また鳩山政権が国際的に約束したCO2の25%削減の約束は、高速道路無償化による自動車排気ガス増加と裏腹の関係になった。このように民主党が進めようとした政策は、個別でみるとその効果を期待できるかに見えたが、その他の政策やマクロ経済がその結果どう動くのか、国際的な評価をどのように受け止まるのか、など、総合的視点が薄かったため、期待したような成果は得られないことがわかり、民主党政権は多くの政策分野で再考を迫られた。そして社会保障と税の一体改革では、自民党等の違いが見いだせなくなり、再度の政権交代を余儀なくされた。

現在の政権は長期政権となっている。大震災を契機として国土を守ることの重要性が認識され、中国、韓国との領土紛争が重なって、国家防衛に話がスライドしていったことも事実である。しかし、戦後の自民党政権が、党是に憲法改正を掲げながらも、平和憲法を変えずに来た背景には、アメリカとの安保条約の存在、社会公共インフラ整備を基盤とした日本経済の発展、という政治モデルの成功があったからである。しかし、世界情勢は変化し、現政権は憲法改正を図っている。安倍首相は2013年、靖国神社参拝で中国の反発だけではなく、アメリカ政府からの苦言をも得ることになり、その後の参拝をひかえている。価値観が異なる相手の言い分にも耳を傾ける必要性を感じたからに他ならない。現在世界ではグローバル化が進展する中で、各国のナショナリズムが力を得てきているという皮肉な状況になっている。TPPへの参画はそうした中での一つの決断であるが、今後の方向は不透明である。

ここまでが本書の内容。有限な地球資源、国家資源のなかでは、資本主義の拡大的な一方向だけの発展は難しくなってきている。こうした中で、巨大企業が国家の支配をかいくぐって、税金を逃れたり、政府規制を逃れたりする実例を見せられた国民は、自国政府にこうした状況への対応を迫るが、一国の政府だけでは対処できない事態でもある。関税撤廃やグローバル市場自由化を図るTPPはその一例のはずなのだが、反対派はナショナリズム的対応を唱え、一方でパナマ文書などが公開され、世界の目は国を超えた規制にも期待が集まる。国の政治と経済の体制である、資本主義を基本とした民主主義で、こうした状況を乗り切れるのか、日本で進められようとしている憲法改正が、こうした流れの中で正しい方向性を見いだせるのか、重大な分岐点に私たちは立っていると考える必要がある。「目指したい国の形」を定めるのが憲法である。平和主義、基本的人権の保障、言論の自由を定めている日本国憲法、一体どこを見直すべきなのか。太平洋戦争における日本の敗戦、サンフランシスコ条約と日米安保条約締結後の制定という歴史的経緯を踏まえ、アメリカとの安保関係は維持するのか、国連との関係に変化はあるべきか、政府と国民との関係のあるべき姿はどうか、今後の民主主義の進むべき方向など多様な視点から議論を進めるべきである。


↓↓↓2008年1月から読んだ本について書いています。

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